2-5:猫と海 怪我が治ったらすぐに現場を離れよう
「ところでさぁ、なんか全身あちこち痛いんだけど、魔術とやらでどうにかならない?」
砂浜に仰向けに寝そべりながら、胸の上で座っているクロに語りかける。無事に鬼火擬きを処理出来たのはいいけど、強化魔術で全身を酷使したせいなのか、そこら中が痛い。とにかく痛い。関節という関節は熱を持っているし、全力で砂浜を踏み込んだ右足は痛みで動く気配すらない。
ここは『一発で怪我を治す魔術』みたいなものを期待したいところ。最悪、痛み止めだけでもいいけど、帰りもバス・電車なのだから・・・って返事が無いな?
顔を上げてクロの様子を見てみると、猫特有の何処を見ているのか分からないボンヤリしているような集中しているような顔をしていた。
流石に付き合い一日では表情から考えは読めん。特に猫の表情を読むのは熟練が必要だから。
「おーい、クロや?回復の魔術とかは無いのかな?」
再度、呼びかける。すると、どっかに飛ばしてた意識が返ってきたようだった。
「ごめん、マスター。ちょっと考え事してて。いま治癒の魔術を使うわね。ジワジワと組織の復元を行っていくから10分もすれば元通りになるわよ」
そう答えながら、クロは右手をこちらに掲げ薄っすらと光らせた。今回は青っぽい。
10分か。治療の速度としては破格、というか意味分からないほど速い。医療者に紹介したらメッチャ喜んでくれそう。とは言え・・・暇だ。星空を見て楽しめるほどの趣味人でもないし。
「そういやさぁ、さっきの強化魔術だけど。なんか知識にあるよりスゲェ動きがピーキーじゃなかった?あんな派手に飛び回る気とか全然無かったんだけど」
「そうねぇ、いきなり明後日の方向への大ジャンプだったからびっくりしたわよ。マスターが恐怖でおかしくなったのかと思っちゃった」
残念。本職の猫も分からないみたい。というか、微妙に飼い主への評価がキツイな、この猫。僕、頑張ったよ?
まぁ、強化魔術が変にピーキーだった原因は、案外、簡単なとこにあるかも。
「単なる思い付きの推測なんだけどさ。強化魔術って、元の身体の能力を元にそこから強化していくんだよね?んでもって、魔術師って勝手なイメージだけど貧弱そうじゃん?その一方で僕は趣味は筋トレって感じの人なわけでさ。結果として、想定している元の身体の力の差が全力で現れてあんな事になったのかなって?」
クロは可愛らしく首をかしげてから
「そうかも知れないわねぇ。覚えては無いけど、確かにムキムキの魔術師とかあんまりイメージないものね。でも、確かに筋肉はあった方がいいわね!力こそパワー!」
無意味に朗らかなトーンでそう答えてくれた。でも、そんな話はしてないよ。
「それはそれとして、さっき何か考え込んでたみたいだけど、何か問題あった?鬼火擬きからうまく魔力を吸えなかったとか?派手にやり過ぎて収支が赤だったとか?」
これはマジで気になるところで、突発的命の危機をも乗り越えて頑張った結果が赤字なら流石に軽く泣きそう・・・・嘘です、普通に大泣きです。
「いやいや、それは大丈夫よ。安心して。というか、さっきから考えてたんだけど、むしろその逆。なんか異常に大量の魔力があったみたいで。強化の魔術も略奪の術式も使ったってのに、全然余裕。それどころか今使ってる治癒の魔術も魔力が潤沢すぎてサクサク終わっちゃいそう。それこそ、しばらくは魔力の補充とか考えなくても問題ないぐらいに余裕が出来ちゃった。何だったのかしらね、あのレイス」
なるほど。色々あるみたいだけど、なんか知らんが今回の遠征は大成功と。やったね。
「そこのクロさんや、細かい事はいいじゃないか。結果よければ全て良し。治療が終わったら帰って風呂入って今日は寝ましょう!反省はまた明日!」
すがすがしく終わりの予定を宣言出来た。うまく終わる仕事は素敵で最高だ。
仰向けのまま夜空を眺める。心なしかさっきよりも綺麗に見える気がする。
途中で命の危機もあったけど、そもそものクロの危機回避には成功してるんだから、今回の仕事の出来は満点と言っても過言ではないだろう。ちょっとした試練こそあったものの、これで明日からは飼い猫?との普通の日々が始まるわけです。仕事を終えて家に帰ると猫が待ってくれている、そんな素敵な生活が始まるわけです。
なんて素敵なんでしょう。そう考えると日々のつまらない仕事も、そう悪くは
「確かにしばらくは外からの補充なんて必要ないぐらいの魔力があるんだけど、それだけの量があったって事は『誰かの遺物』とかじゃなくて、『現役で稼働している何か』を壊して横取りしたって事かなぁって」
顔を上げると、クロは思いっきり横を向いて目線を逸らしていた。まじかよ。命がけで窃盗したって感じなん?海辺の危険物の撤去をしつつ必要なものを確保出来てwin-winぐらいの清々しい気分でいたのに。
「うん、まぁ、あれだ。怪我が治ったらすぐに現場を離れよう。家からも離れてるし・・・バレないでしょ、たぶん」
というわけで、治療が完了次第、砂を掃って速攻で帰宅と相成りましたとさ。
当初目的は無事完遂。ただし、手段を間違えた。まさかの他人の所有物?の破壊と強奪。
やっちまった。
警察に行けるようなものでもないし、被害者が泣き寝入りしてくれる事を祈るしかない。ホントどうしてこうなった。
ちなみに、クロによると右足は普通に折れていたそうです。治療の魔術の凄さに驚けばいいのか、強化術式の出鱈目さに驚けばいいのか。これからのクロとの生活を思えば、色々と考えたり準備したりが必要な予感。




