3-3:猫と汚染の拡大 爆弾を出荷しました。
俺は磐田。魔術協会極東支部の責任者をやらせてもらっている。責任者と言ったところで、俺を入れてもたった6人しか正規職員がいない超が付くほどの弱小組織。実際のところはただの雇われ事務員ってのがいいところ。
極東支部は20年ちょっと前に起こした大不祥事を切っ掛けにほぼ全ての権限を停止されている。人事権も無ければ予算の裁量も無い。支部と言いつつも、その実態は本部と日本にいる魔術師を繋ぐだけの連絡係。
下らない立ち位置ではあるが、この歳までのんびりとやらせてもらえた事には正直感謝している。別に俺は権限が欲しかったわけでも高給取りになりたかったわけでも無かったから。自分の道を諦めた魔術師が生きていくのに「悪くない場所」を提供してくれてありがとうって感じか。
本当にこの20年余りは平和に過ごして来れた。ちょっと大変だったのは依城がここに来る事になった時ぐらいのものか。
あいつは色々と苦労をしてきた。だから、ちょっとだけでも好きにやらせてやりたかった・・・のだが、それが今の状況を招いたかと思うと深刻に胃が痛い。正直これからの事を思うと不安が湧き上がってくる。
最初は単調な事務仕事に鬱屈してきた依城に「楽しそうな仕事」をやらせてやりたかっただけだった。気晴らしがてら「ちょっとした旅行を楽しんでおいで」ってノリで送り出しただけだった。
それがなんでか知らないが現地で彼氏?はこさえてくるわ、友人(猫だけど)も出来るわで大成功。ただ、事件も起こるわ、久々の大きな騒動になるわで、後始末は凄く大変だったが。
だが、それでも、アイツが活き活きとしているのを見るのは嬉しかった。・・・ちなみにだが、何故かあいつは俺の事を課長って呼ぶが、俺は支部長であって課長では無い。というか、6人しかいないのに『課』なんてねぇよ。
まぁ、それはそれとしてだ。そんな状況が数か月でこんな事になるとは思ってもみなかった。
件のビルの炎上事件から、一か月と少しが経った。
依城の彼氏はいまだ行方不明のまま。
だが本格的に人員を投入した事もあり、下手人自体はすぐに判明した。件の薬の回収の取りまとめをしていた安藤。あいつ、というかあいつの組織が理由は分からないが赤松氏をはめたらしい。
正直、物証があるわけでは無い。ただ状況証拠を積み重ねただけではある。だが、俺達は警察でも検察でも無い。それだけで十分に動ける。疑わしいだけで十分に死んでもらえる。
安藤の組織は他の団体から回収した例の薬を持ったまま姿をくらましていた。ビル爆破の直後から、隠れ蓑にしていた地元暴力団の構成員含め全員の行方が知れない。具体的には延べ人数で200人を超える所帯がまるまる見つからなかった。
どれだけの事前準備をしていたのかって話だ。どれだけあの薬に価値を見出しているのかって話だ。
俺個人としては、そこまで価値があるとも思えない。だが、それほど価値があると信じていたのなら、薬のやり取りを引っ掻き回し続けた赤松氏への恨みは相当なものだったのではないだろうか?恐らくそれが安藤の動機なのだろう。
だが違和感はある。
ビル爆破なんて派手な事をしたら協会側からの介入が発生する事は誰でも想像出来る。なのに自分達の目的を差し置いて「ただ恨みを晴らす」事だけを目標にそんな事をやらかすだろうか?
それこそ、ほとぼりが冷めた頃に、もっとこっそりとやれば良かったのだ。どんなに強かろうが相手は一人の人間にすぎない。やりようはあったはずだ。
分かりやすいストーリーではあるが、違和感が拭えない。
まぁ、安藤の考えは別にどうでもいい。今はやれる事からやっていくしかないのだから。依城もそろそろ限界ぽいし。
というかね、今の依城すげぇ怖いのよ。事件の事を知ってから何もしゃべらないし、何もしない。情報が欲しいから事務所には来るけど仕事もしない(代わりに俺がやっている)。朝に来て、じっと自分の席で目をつぶって座っているだけ。そして夜になると帰る。
飯も食わないし微動だにしない。
いつ爆発するか分からない爆弾を膝の上に置いているような気分。
だが、それも今日までだ。
今日、俺は!この爆弾を出荷する!!
大丈夫かな?・・・いや大丈夫だ、たぶん大丈夫に違いない・・・自分の部下を信じろ!
「依城。まだ赤松氏が見つかったわけじゃないが、犯人の目途と潜伏場所が分かった。お前にも手伝って欲しいから話を聞いてくれ」
声を掛けてみたが、依城はずっと目をつぶったまま。聞いているのか、いないのか。
おっ、目を開けたぞ。聞き取れないけど何かボソボソ言ってる・・・・怖えよ!
だが話を進めないのはもっと怖いので、そのまま経緯を説明していく。
安藤が組織ぐるみであの薬を集めていた事。
恐らくあのビルの爆破は散々邪魔をしてきた赤松氏への報復ではないかという事。
事件後に安藤一派は身を隠したが無事発見され、遅くとも明日には踏み込んで身柄をおさえる予定だという事。
「安藤達だが当然ながら例の薬を活用した戦力を用意している可能性が高い。あの薬の効果はチンケな強化魔術擬きじゃない。まだ解析は途中だが魔力回路の拡張と強化が本分らしいとの事だ。つまり、魔術師が使ってこそ本来の機能を発揮するはず。
分かるな?今回は戦力が必要だ。今までのように現地の協力員に任せるのではなく、魔術協会としての意思を示すためにも出せる限りの戦力を用意する必要がある。頼むぞ、依城。やってくれるな?」
・・・・・・
・・・
返事が無い。
あれぇ??依城の性格だと絶対に激しい反応があると思ったんだが。もう一押し必要な感じか?
「赤松氏の手掛かりもあるかも知れないし、ひょっとしたら監禁とかされてるかも知れないし」
そう告げると依城がこちらに視線を向けた。でも無言。何も考えて無いような瞳が俺の恐怖を煽る!くそ!もうどんどん話を進めていくしか!!
「新幹線のチケットは用意してある。もちろん現地の駅に迎えも手配済みだ。急で申し訳ないが早速現地に向かってくれ」
そこまで言うと依城はチケットを無言で握りしめ立ち上がった。良し。大丈夫そうだな。
だが念のため釘だけは刺しておく。
「赤松氏はきっと何処かでお前を待ってるんだ。こんなところで無茶をして本店の奴らに目を付けられる事が無いようにしろよ。程々の力でサックリ片づけて来るんだぞ」
「・・・そうですね。ありがとう・・・ございます」
それだけ言うと依城は事務所から出て行った。
大丈夫かな、あいつ。




