2-4:猫と海 とはいえ、最初からうまく行くわけもなく
霊体化したクロを頭の上に乗せ準備を整えた。
強化術式の仕組みも分かる。強化された体をどう動かせばいいかも分かる。クロに流し込まれた知識が僕を助けてくれるのだから。
頭の中でそう強く思いながら、まずは鬼火擬きの正面から逃れるべく、大きく右斜め前へと飛び出した。
1歩目で意表を突いて、あわよくば死角に入って、速攻でタッチを決めて終了、みたいな事を夢想していたのだけど
「なっ?!」
想定よりも一歩目の跳躍で大きく飛び込みすぎた。頭で、知識で理解していたのよりも明らかに飛距離が出過ぎている。
意識が加速している事を考えても滞空時間が長い。長すぎる。鬼火擬きの横側まで飛べたら十分だったのに、斜め後ろのポジションまで行ってしまいそう。目測で飛距離5メートルぐらい?ヤバイ。思ってたより出力が高すぎる。しかも、勢い余って体勢は前のめりに崩れかけ。なんとか着地体制を整えないと。
その時、加速した意識の端で、鬼火擬きの動きを捉える事が出来た。今の僕からだと、ゆっくりとした動きに見えるが、アレは、その左手を地面に振り下ろそうとしているところだった。
右手で狙い難いように左側に回り込んだのに何の意味もねぇ!むしろ、左手で狙うのに丁度良い位置に飛び込んだだけなんじゃねぇの?!素人の付け焼刃だめ!絶対!
このまま悠長に着地したら、さっきの砂浜を掘り起こしていた攻撃をぶち当てられるのは確実。強化の術式でも体の強度は上げる事は出来ない。頭の回転速度や筋力は上がってるけど、体は普通に柔らかい人間のまま。つまり、当たれば終わり。
「クソがっ!」
なんとか体を捻り接地を片足にし、そのまま頭から前へと飛び込み、ハンドスプリングで飛距離を稼ぐ(マジで手の力だけで数歩分は飛べた)。
強化術式万歳!格段に強化された筋力が無茶苦茶な動きも可能にしてくれる!
無理矢理に着地を決めた瞬間、自分の凄まじい動きに感動する暇もなく、背中側で砂に何かを叩きつける爆音が響く。
1度目の鬼火擬きの攻撃の時と同じように、再度背中に砂が叩きつけられた。
勢いが激しくて結構辛いものがあるけど、今がチャンス。
鬼火擬きからすれば今この瞬間は舞い上がる砂で視界が悪くなっているはず、楽観的にそう思い込み、今度は飛び込むような真似はせず、確実に距離を詰めるべく、舞い上がる砂を大回りに避け、静かに鬼火擬きへと走り寄る。
その時、鬼火擬きが素早くこちらに視線を向けた。
こちらは舞い上がる砂で隠れて、しかも加速しているにも関わらず的確に動きを捉えている・・・そもそも目玉で光を捉えているような生き物でもないし「砂で見えにくいだろう」とか思ったのが間違いだったか。
もちろん、この後に来るのは攻撃だ。今度は右手を、こちらの感覚からするとゆっくりとだが、実際にはそれなりに素早く振り上げ始めた。
先ほどのように下手に回り込もうとしても、強化された自分の身体能力に振り回されてジタバタするのが関の山。だから・・・
真っすぐ直線で突っ込んだ。
速さは間違いなくこちらの方がある。ただコントロール出来ないだけ。なら、コントロールが必要ないぐらいにシンプルな動きで突っ込めば良い。
足先を砂浜にめり込ませるように力をかけ、全力で鬼火擬きに突っ込んでいく。
向こうはまだ腕を上げ切っていない。
「いける」そう判断し、体を前に倒し、体当たりするかのような前傾姿勢で加速をかける。
「!!」
鬼火擬きが中途半端な高さのところにある腕を振り下ろし始めたのが見えた。
もう反応して来た、そうは思ったものの避ける事は諦めて、そのまま愚直に突っ走る。
だが、鬼火擬きまでの距離があと2メートル程度のところで、振り下ろされつつある右手の少し先に『青白く光るモヤモヤ』が生まれだした。
なにか分からないけど、ヤバい気がする。だけど、正面でしっかり見えているだけ幸運。
どうせ動きはこっちの方が速いし、攻撃は直線なんだから避けるの容易い。当たらなければどうという事は無い。うん、きっとそのはず。
あと少し、あと少しで、手を伸ばせば届く距離。
その時、鬼火擬きが出した妙な青白い光がその腕から離れ、加速し、一瞬で砂浜に着弾した。
剣みたいに振り回すのでもなく、こちらに投げつけるのでもなく、光の玉っぽい形になって地面に落ちるだけ。
そんなモーション分かるか!
だが、それでも次に起こる事は予測出来る。軽く左にサイドステップ、そして即座に右足を全力で砂浜に突き刺すように叩きつける。少し嫌な音と感触があったが、左に流れて行きそうになる身体を力ずくで地面に縫い付け、体一個分だけの位置調整に成功。
その直後、再びの轟音とともに砂が大きく舞い上がる。舞い上がったのは身体のすぐ傍、見切ったわけでもないのに結構ギリギリ。
でも、これで、もう勝ちだ。
右足を砂浜から引き抜くと同時、鬼火擬きに向かい大きく踏み込んだ。
鬼火擬きはまだこちらの動きに対応出来ていない。
向こうが何の反応も取れない内に肉薄し、右手を開き、鬼火擬きの顔面をそのまま全力で打ち抜いた。
「クロ!!」
砂を殴りつけたような不気味な感触に思考が止まりそうになるが、止めをさすべくクロに呼びかける。
状況の変化は一瞬。鬼火擬きと接触している右手の平から『紅い糸』が無数に湧き出て来た。そして出て来るや否や『紅い糸』は鬼火擬きに絡みつき、あたかも繭のような姿となり溶けるように宙に消えてしまった。
赤い糸も鬼火擬きも何処かに溶けて無くなった。得体の知れない物を、自分の身体から出てきた得体の知れない物で排除した。その事実が素直に気持ち悪い。
不気味な何とも言えない違和感がある。理解出来ないものに触れて、理解出来ない事をした。
その事実がとても気持ち悪い。
・・・まぁ、それは置いといて、とりあえず危機からの脱出には無事成功。ドッタンバッタンしたわりには、最後は呆気なかっかな?なんて思っていたら急に力が抜けて、仰向けに倒れ込んでしまった。
「いたたた」
ひっくり返って痛がっていると、霊体化したままのクロが胸の上に現れた。
「お疲れ様。ちょっとヤバかったけど、無事に終わって良かったわね」
僕を労うクロは胸の上でお座りの姿勢をしている。
訳の分からない体験に違和感もあるし、なんか猛烈に右足が痛いけど、クロの愛らしい姿を見ていると、とりあえずは良かったような、そんな気分には成れた。




