1-2:猫と危ないお薬 鍵開けは得意です(物理)
最近は週に一回程度の頻度で夜勤がある。そもそも僕の仕事は別に決まった勤務時間があるわけでは無いのだけれど。まぁ、それはそれとして今日もいまから元気よく夜勤に出発だ。いつも通りに部屋で仕事着に着替え、その上から大きめの普段着っぽい服を重ねて、ヘルメットと装備品をボストンバックに入れて、猫を頭に乗せたら準備完了!
「んじゃ、そろそろ行こうか」
「はいさー」
玄関を出る前にクロには霊体化と依城印の人払いの魔術をお願いする。結局、僕は魔術を使えなかったから・・・あぁ、そうだ、人払いの備えをしているけど別にやましい仕事をするわけでは無いんよ。単純に「今から相手をする事になる人達」に、こちらの姿を記録されたりする事が無いように注意しているだけの話。
別にね、襲撃とかされても戦力的には何の問題も無いんよ。けど、せっかくの綺麗な3LDKのお家に住めなくなったら問題でしょ?理由はそれだけ。
そんなわけで今日も僕は自転車に乗って現場に向かう。協会から貰ったお金で買った凄い自転車!あんまよく分からないけど軽くて丈夫!クロスバイクって書いてあったけど、何がクロスなのかは未だによく分からない。馬鹿みたいな力で乗り回すので丈夫さがとても大事。それ以外にこだわりは無かったり。ちなみに、バイクじゃないのは単純に免許を持ってないから・・・いまさら取りに行くのも面倒だし。
そして、それなりのスピードで自転車を流しながら、今夜の仕事に思いをはせる。業務内容は何処ぞの悪い魔術師が世に流してる怪しいお薬の回収。というか、取引の現場をおさえる事。
普通なら、調査や対応に組織的な動きが必要になるような仕事だけど、そこは魔術というトンデモ手段がこちらにはあるわけで。つまり、普通の人しかいない組織が協会の魔の手から逃れる事は不可能なわけっすよ。取引が行われる場所も時間もばっちり事前に把握済みで楽勝っすよと!
もちろん、僕は具体的にどうやったかは知らないんだけどね。専門の人が調べてくれて、僕は指示通りにかち込むだけ。とても簡単。
『今回は当たりだといいわねぇ』
頭の上でクロがぼやいている。風の音に邪魔されないように頭の中にダイレクトで声を届ける細やかさ。配慮の出来る猫さんだこと。こっちは大声出さないと聞こえないだろうから返事は保留するけど。念話?そんなの僕に使えるわけないじゃん。
それはそれとして、そろそろ当たりを引きたいというのは、正直その通り。今までも完全にハズレというわけでは無いけど、僕達の狙っているものとは違ったモノだったから。
僕達の狙いは「飲むだけで簡単に人体の強化が出来る魔術のお薬」らしい。今まで二回襲撃をかけたけど、そこで見つかったのは「マ」から始まる一般的な社会にある違法なお薬だった。
取引相手の人も騙されていたのだとは思うけど、「マ」のお薬を押収してハズレ扱いってのも妙な感じ。段ボール2箱分あったから転売したら凄い事になったと思うんだけど・・・いや、しないよ?ちゃんと協会に引き渡したし。・・・その後にどうなったかは私の知るところではございません。
とはいえ、最初は「魔術系のお薬が蔓延してたらどうしよう」って感じで動き出した事を思うと、ハズレが続くのは喜ばしい事なのかも知れない。あるいは、普通の「ヤ」のつく職業の人達がこっちの界隈の品物を求めだしている事を心配するべきなのかも知れないけど・・・・僕って下っ端だからよく分かんない!派遣先で暴れるだけがお仕事だから!
はい、現場近くに到着しました!路地裏に自転車をとめ、仕事着の上に着ている服を脱いでボストンバックの中に突っ込む。そして、服と入れ違いにフルフェイスのヘルメットと折り畳み式警棒のような武装を取り出して準備完了!正式に雇用されたので、今の僕にはちゃんとした武装が支給されているのだ!柏木さんが中心になって用意してくれたんだって!有難いよね!もうTシャツとジーパンで特攻しなくていいんだ!!
と言うわけで、今の装備はこんな感じ。まず警棒のような物は魔力をこめて人を殴ると衝撃で気絶させる事が出来るスタンロッド!
次に服とヘルメットはお揃いで真っ黒に染め上げられた霊装のセット!こちらは魔力を込めると硬化する素材があちこちに使われていて、硬いものを殴っても拳を傷めないし、防御力だって以前とは比べ物にならないレベル!!(そもそも前に大怪我した時の装備は普段着だったから比べる意味は無いかもしれない)でも、ホント凄いよね。この装備が前の時にあれば大怪我しなくてすんだのに。
さて、着替えが終わったので後は時間まで待機。もう同じような作戦が3回も続いているのでリラックスしたもの。初回はヤの人達に殴り込みかけるってんで凄く緊張したもんよ。実際にやってみたら竜牙兵より格段に弱くて柔らかくて驚いたけど。正直、警棒風スタンロッドが無かったら何人か亡き者にしてた自信あるもの。よくよく考えれば、暴力が専門の人でも肉の硬さは普通の人と同じなんよね。うっかりうっかり。そっと殴らないとパーンだからね。
ただまぁ、やっちまわないように気を付けた結果、たくさんの人に姿を見られたのは失敗だった。しかも何故だか分からないけどネットで噂が独り歩きし、更に謎の改変が行われ「悪人を裁く黒づくめの怪人」みたいな都市伝説まで生まれる始末。
誰だよ。そんな訳の分からないストーリーでっち上げたの。依城さんに泣いて面白がられるわ、こんなの。というかネット怖いわー。マジでここ最近ネットが絡むとろくな事無い気がする。
「マスター、そろそろ時間よ」
ぼんやりと由無し事に思いを馳せている内に仕事の時間が来たみたい。
「よし、じゃあ行こうか」
路地裏伝いに移動を開始する。受け渡しをのんびりやってくれるはずもないので、ここからは時間との勝負。
にしても、なんだか今回は見張りが多い気がする。本命かな?ここが。
正面から突入して万が一逃げられたらかなわないので、侵入ルートは側面にある通用口にする。
鍵?大概のドアなら力業で開くよ?所謂マスターキーだね。
外側を巡回しているガラの悪い人達は頑張って避ける、まるでスネークのように。段ボールは無いけどスネークのように・・・・とか考えてたら目が合っちゃった。
声をあげられる前にスタンロッドで首筋を叩きつつ魔力発動!
何の抵抗も無くガラの悪いお兄さんはその場に崩れ落ちた。とても苦しそうな寝顔。おやすみなさい。それはそれとして放っておくと目立つので物陰に寝かせておくかね。
「マスター・・・流石に三回目なんだし」
頭上のクロから呆れたような気配・・・たった2回しか経験が無いのだから、そこは勘弁して欲しい。経験が浅いから油断する事も失敗する事もあるのよ?
頭の上からの妙なプレッシャーは置いておいてドアを開けた。具体的に言えば「えいや」とドアノブを捻り取って、そこに手を突っ込んでこじ開けた。
鍵開けも魔術で出来るのか知らないけど、ほら、僕は強化魔術しか出来ないからさ。そして、中に入ると
「・・・・・・」
こちらを見て絶句している暴力が得意そうな人が一人。反応される前に一歩踏み込み警棒で鳩尾を突いて魔力を流す。
もうグダグダ。連続で見つかるとか本当についてない。あれかな、下手に隠れないでサーチ&デストロイ方式の方が速いかな?
そうだ。もうやめよう。メタルギア方式を目指すのはやめよう。今の流行りは無双系だよ?いまいち知らないけど。
というわけで、ここからは目に入った人は片っ端から殴って落とす方式に変更した。まぁ、そしたら速い事、速い事。過去2回と同じように速い事、速い事。端っこの方から順々に一人ずつ寝かせていくだけの簡単なお仕事です。
とはいえ、流石に倉庫のメインスペースである大広間みたいになってる場所まで進んでしまえばコッソリ進むのは無理。どうやってもバレる。バレたら目標に逃げられる。けど、先に目標をやっちまえば他の人にはバレてもいいよね?
さて、取引はどこでやってるのかなー?強化された視力で隈なく探してみるよー!
『取引なら倉庫の端っこの区切ってあるスペースでやってるみたいよ。少しだけ魔力の気配もするわね』
猫さんが一瞬で見つけてくれました。・・・クロが優秀過ぎるので僕はマジで思考力無しの暴力装置で良いのかも知れません。うん、それも楽でいいかも?役割分担も大事だもの。
クロが教えてくれたスペースは倉庫の中の事務作業をするスペースみたい。壁と天井で仕切ってあるが高さはそれほどでもない。倉庫の中に小さめのプレハブ小屋があるような感じ。
警備してる人達に気付かれないように侵入したいけど、流石の僕でもスネークごっこはもう出来ない事は分かる。さて、どうするかな。
ふむ。
あれだ、柔らかそうな天井をぶち抜こう。他の人が来る前に取引現場の奴らを全員ぶちのめしておけば問題無いでしょ!
決めたら急げ。善は急げ。倉庫の壁に沿ってササッと移動。事務スペースに向け移動しながら
「クロ、全力でやっちゃうよ」
「・・・ねぇ、マスター、大丈夫なの?」
クロの霊器と結合し強化魔術の出力を上げる。事務スペースを視界にとらえ、探査魔術で魔力の反応がある事も確認する・・・けど、妙に弱いな??もちろん、殴り倒すには弱い方が都合は良いのだけど。
一息に事務スペースの天井に飛び乗り、一旦着地してから右足を全力で踏み込み屋根をぶち抜いた。
轟音を立てながら屋根の一部とともに僕は室内に落下する。埃が立ち込めるがヘルメットのバイザーを降ろしてるから問題無し!しかも視界が利かなくても探査魔術で相手の場所も分かるから問題無し!!つまり完璧!!
とりあえず、非魔術師でやっかいそうなのを先に潰す。混乱からすぐに立ち直って動き出してるのが二人。背広を着てるマッチョ達。まずは、近い方のマッチョの顎をスタンロッドで狙う。踏み込みと合わせてガツンと一発。さぁ、どう動く?
愚直な軌道で突き出されたスタンロッド。それに対しマッチョさんは特に何の動きもなく・・・肉を棒でえぐり込む嫌な感触がして・・・そのまま倒れ伏した。
いやいや!これぐらいは避けようよ!?
というか、魔力流すの忘れてたわ。・・・倒れたマッチョに今度こそは魔力を込めたロッドを当て意識を奪っておく。
まぁ、こんなもんか。もう一人もサクサクいっちゃいましょー。
踏み込んですれ違いざまに、今回は忘れずに魔力を込めて、殴り倒す。ついでに、まだ天井落下の衝撃でうずくまってたり、建材に埋もれている人も順番に殴っておく。そして外から人が入ってくる前に、今回のボス、魔術師か何か分からないけど魔力反応があった奴を沈めておきたいのだけど・・・アレ?みんな寝てる??
そっか、さっきマッチョのついでに叩いた人の中に混ざってたみたい。
『なんか滅茶苦茶弱かったわね』
「うん、なんだろね。今回も外れかな?」
実にガッカリだ。そして、そこからも特筆するような事もなく、追加で外から雪崩れ込んできたガラの悪い人達を全員しばき倒し、床に綺麗に並べて(特に意味は無い)、戦闘は終わった。うん、楽で良かったよ。
「んじゃ、取引のブツでも探しましょうか?にしても、なんか今回もダメそうねぇ。もう3回よ、3回!!毎回夜中の仕事だし、もっとちゃんと調査してくれないのかしら!!」
分離したクロがヘルメットの上でぷりぷり怒っている。気持ちは分かる。猫って意外と規則正しい生活したがるものね。
クロの愚痴(いかに睡眠不足が健康と毛並に悪いか)を聞きながら、ぐちゃぐちゃになった事務スペースを探索する。すると、ゴソゴソしている最中にスーツケースが見つかった。金属製で立派な作りの奴。
「これかなぁ?」
「あら?今回は段ボールじゃないのね?」
とりあえず開けてみる。もちろん鍵は無いので毎度おなじみのマスターキー(物理で破壊)の出番。
中身はクッション材に丁寧に梱包された飾り気のない小さなガラス瓶が6本。青っぽい謎の液体が入っていて・・・実物を見たことは無いけどFFのポーションみたい。昔にコンビニで売ってたらしい例の奴。
「おぉ?たぶん、これ当たりでは?」
「やったわね、マスター!これでお仕事完了よね!」
見つかったっぽいので後方部隊にお電話入れましょう。良かった、良かった。やっぱ給料分ちゃんと働かないと落ち着かないものね。




