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猫と僕と知らない世界  作者: シマタロウ
第一部2章:猫と魔術師のお仕事

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1-1:猫と危ないお薬 夜勤で出会った黒ずくめ

 都市伝説・・・とでも言えばいいのだろうか。最近、妙な噂が広がっている。誰がどこで目撃したかも分からない妙な怪人についての与太話だ。


 曰く、全身黒づくめの怪人らしい。

 曰く、悪人を成敗する仕置き人らしい。

 曰く、音も無く現れ、気付いた時には鈍器を振るわれているらしい。


 与太話にしても情報が粗い。黒ずくめが鈍器で殴るという以外は、何も分からない。だが、こんな与太話を信じている者たちもいる。それは、ある夜の出来事が、いや事件が原因なんだそうだ。





 海側の夜は秋口でもかなり冷え込む。倉庫街の端っこで突っ立ちながら、そんな当たり前の事を思い出していた。

 港の一角の倉庫街。それが今夜の職場。ちなみに時間は既に深夜。普段なら自分の部屋でとっくに寝ているはずの時間だ。それがいきなり組の全員が呼び出されたと思ったら、意味不明の警備業務をしろときたもんだ。大事な取引か何だか知らないが、別に俺たちの取り分があるわけでも無いし、何か手当が貰えるわけでもない。どう考えてもくたびれ儲け、そんな状況だ。それに・・・


「なんの警備か知らないけど、これはねぇよな」


 自分の手の中にある拳銃をじっと眺める。拳銃、そう拳銃だ。

 組に入って、もう5年ほどになるが実物を見た事は数回しかなかった。もちろん訓練なんてした事も無い。このご時世、拳銃の密輸も簡単なものでは無くなっている。にも関わらず、今夜の警備に呼ばれた者には全員一丁ずつ貸し出されている。つまり、今夜の取引は拳銃よりヤバいもので、なおかつ拳銃が必要な可能性があるって事なわけだ。


「おいおい、あんまりソレを外に出しとくんじゃねぇよ。ちゃんと隠しとけ。誰かに見られたらシャレにならんだろうが」


「そうっすね。すんません」


「まぁ、俺にもその気分は分かるけどな」


 いつの間にか見回りから戻ってきた兄貴がいかつい顔を綻ばせながらそう言った。組で一番の武闘派でも、やはり拳銃を持つ事は楽しいようだ。兄貴は怖い笑顔を浮かべながら上機嫌に続ける。


「しかし、上の奴らは一体何から取引を守れって言ってるんだろうな?俺達みたいなのだけで20人以上もいるし、その上、拳銃まで。

 知ってるか?取引してる奴らの周りには傭兵までおいてるらしいぜ。戦争でもおっぱじめる気かね?」


 兄貴は何故か楽しそうに語っているが、傭兵が必要な「戦争」に巻き込まれるのはちょっと勘弁して欲しい。俺は単なるチンピラなんだから。第一、戦争といっても正直その相手に心当たりがない。少し前まで抗争は起こっていたが、それも収まり今は比較的平穏な状態のはずだ。

 あぁ、でもそう言えば


「案外アレの対策じゃないですかね?最近、噂になってる黒ずくめの怪人。悪人を音も無く殴り飛ばしていくって奴」


「あぁ、確かに・・・そうかもしれねぇな」


 へらへら笑いながらの俺の冗談を、兄貴は真剣な顔で肯定した。


「は?マジっすか??」


 いや、あれは下らない噂話のはず。


「冗談だって。腑抜けた後輩をちょっとからかっただけに決まってるだろ?漫画じゃあるまいし、そんな奴いるわけないだろうが」


 そう言って俺の胸を小突いてから兄貴は再度見回りに向かった。

 そりゃそうだよな。普通に考えたら、抗争の名残というか残党を警戒してるだけの事なんだろうさ。流石に拳銃まで配るってのはやり過ぎだとは思うが。

 何にせよ、さっさと取引が終わってくれればいいんだが。兄貴はまだ巡回コースが割り当てられているからいいが、俺は取引現場である倉庫の裏手で突っ立てるだけ。正直、暇で暇で仕方が無い。

 いつまでやってりゃ終わるのかね、この無意味な見張りは。



 それから幾らかの時間が過ぎた。兄貴が巡回に戻ってから暇に飽かせてラジオ体操を3周ほど繰り返したが、なんだか普通に疲れてきた。というか、兄貴も行ったきり全然戻って来ないし、これ実はもう終わってるんじゃね?さっきから静かで物音ひとつしないし。

 端っこに配置された俺を忘れてみんな帰ったとかじゃないよな?


 ・・・・ふと表現しがたい不安を覚えた。


 寒くて暗い中、自分一人が取り残されたようで。

 倉庫の裏手を離れ入口側に向かう。無駄に大きな倉庫に沿って独り歩いていく。

 おかしい。

 兄貴はもとより他の巡回しているメンバーの誰ともすれ違わない。

 そんなはずは・・・・


 その時、地面に何かを引きずるような音が聞こえてきた。これは・・・・倉庫の中から聞こえてくる?何の音だ?そう思いながら倉庫の正面入り口に走って向かう。


 やはり誰も人がいない。音も・・・もう聞こえない。


 オカシイ。


 取引はどうした?警備に参加してるはずの兄貴たちは一体どこに?

 得体のしれない緊張感が込み上げてくる。訳も無く呼吸が浅くなって息苦しい。

 だが、じっとしている恐怖に耐えきれず足を進める。

 入口のドアをくぐり、ガランとした倉庫の中に入る。

 まだ誰の姿も見えない。


 誰も・・・いない。


 広大な倉庫の中には誰もいない・・・・ように見える。いや・・・入口側からだと見えないだけだ。倉庫の中には、いくつかブルーシートに包まれた大きな荷物が搬入されている。きっとあの裏側に他の奴らはいるんじゃないか?

 そうだ。きっと、そうだ。

 取引が終わったから、皆で打ち上げの相談をしてるんだ。

 そう思い込みながら、俺はその荷物の方に向け走った。


 自分でもオカシイとは思ってたよ。打ち上げの相談をしてるのに誰の話し声も聞こえて来ないなんて有り得ないじゃないか。


 そして、その荷物の裏手に兄貴達はいた。

 いや、兄貴や他の警備についていた奴らが仰向けで寝かされていた。その光景は、まるで野戦病院か何かのようで・・・


 意味が分からない。事態が呑み込めない。気が動転しているのか身体が動かない。何をしたら良いかが分からない。寝ている奴らは誰一人ピクリとも動かない。

 ただ思考を止めたまま、倒れたままの奴らの顔を順繰りに見ていく。

 その時、すぐ近くにあった事務作業用のスペースの扉が開いた。静かな倉庫内に立て付けの悪い扉の軋む音が響く。


 そして、そこから出てきたのは・・・・


 出てきたのは全身黒づくめの怪人だった。



 俺が覚えているのはここまでだ。

 


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