6-10:猫と魔術師 「友達」なんと素晴らしい響きな事か
赤松さんの様子を見て、私は安堵していました。私は彼が「どう思っているか」それをずっと心配していたから。私が無理にこちら側に引きずり込んだせいで・・・そう考えると罪悪感や焦燥感で身動きさえ取れなくなるかのようだったから。
実際、今日も近くまで来ていたのに、連絡を取る事さえ怖くて縮こまっていましたし。
でも、私が思っていたより赤松さんはずっと強い人でした。あれだけの事をやってのけて、自分の手を汚しさえしたのに、彼に語らせると『友達がヤバそうだったから助けた』だけの事だそうです。
「友達」
なんと素晴らしい響きな事か。
詳しくは分からないですけど、普通は友達のためにサラッと命のやり取りをする事はないでしょう。そこまで今の日本はサツバツって感じではないはずです。でも彼は「友達だから」と、それだけの理由で助けてくれたと、そう言うのです。
なんだか無性に楽しい気分になって来ます。顔が自然にほころびそうな程に。
いや、いかんぞ。今は真剣な話をしているところ。笑うのは後にしとかないと。ほら、赤松さんもクロちゃんも妙な物を見るような顔してるし!
でもダメ。我慢の限界。笑みが込み上げてくる。というか、そんなに我慢する必要も肩に力を入れる必要も無いんですかね?だって、ほら、私達は友達なのですから。
私なりに彼らの力になりたい。これが私の素直な気持ち。一人で悩んでたからダメだったんだ。受け入れてくれるかは分からない。でも、私がどうしたいかは伝えておいた方がいいはずです。
「お二人は私が守ります。だから、私達と一緒に働いてくれませんか?」
そう伝えた時の赤松さんの驚き顔はとても面白かった。まさに青天の霹靂って感じのお顔。「ちょっとぐらい予想してくれてても良かったのに」なんて理不尽な事を思ってしまったり。
その一方でクロちゃんは平然としてたから案外分かってたのかも?賢い猫さんだものね?ひょっとしたら単に何も考えてないだけなのかも知れませんけど。
さぁ、せっかく思い切って誘ったわけですから、良い条件を提示して興味を持ってもらいましょう!
「待遇ですが普通のお仕事と同じように月給制を予定しています。もちろん賞与も付きますし、各種手当もお支払いします。
お仕事の内容は、主には調査と何か事件があった場合の実力行使になるかと思いますが、実際は『普段は待機しておいて頂いて、協会からの要請があった際、必要に応じて現場に出動してもらう』という形になるかと思います。どうでしょうイメージ湧きますか?」
一気に説明すると混乱しちゃいますし、概要だけ話をして様子を伺ってみます。
「・・・賞与」
予想外のところで衝撃を受けているご様子。・・・続けますか。
「勤務地は、後で話をしますけど、訳あって、東京ではなく、こちらの市内になります。住居については、協会から提供しますので、そちらに住んで頂く事になりますが」
「社宅!!」
妙なところで妙な反応が返って来ますね。でも、だいたい驚きポイントが分かって来ましたよ。
「もちろん、家賃はいりません。物件も新築とはいきませんけど、まだ築浅の綺麗なマンションです。床暖もありますよ」
「床暖!!」
この驚きはクロちゃん。変なところで唐突に猫らしさが出てくるのが意味不明で可愛らしい。
「社会保険も完備してますし、身分的にはダミーの会社に勤めているように偽装させてもらうようになってます。私も世間的には信用調査会社のOLさんって事になってるんですよ」
「・・・へぇ、そうなんだ」
ここは無関心。わりと大事なとこじゃないです?
「あの・・・やけに待遇がいいけど、なんで?僕とクロに出来る事なんてそんなに多くはないのだけど?」
まだ給料の額も言ってないのに、十分過ぎるぐらいに興味が引けたみたい。・・・普段どんな扱いを受けてるのでしょうか?
「まぁ、あれですよ。仕事内容自体はほとんど閑職みたいな感じなんですけど、赤松さんの身柄を協会の下に置いておきたいってのが本音なんです。だから、よっぽど無茶な条件でない限りは、大概の要望を飲んでくれると思いますよ。
あまり自覚は無いかも知れないですけど、赤松さんとクロちゃんのコンビは協会の管理外に置いておくには強すぎるんです。例えば赤松さんがお金に困って悪い事を始めたりしたら、協会の本部から人手を呼んでこないと対応は難しかったりするわけですから」
「・・・いや、そんな事ないんじゃない?僕は依城さんと違ってビームも出せないし、あの妙な盾みたいなのも使えないし。というか、よく考えたら僕ずっと素手なんだけど何か武器とか無いかな?ちょっと自分の実力に不安があって」
やっぱり自分の特異性には完全に無頓着。第一、今以上の強化はもう要らないですよね?一体どこを目指すつもりなんです?何処かの人外とでも張り合うつもりなんですか?
とにかく、今は穏便な生活に向かってもらえるように説得です。彼の人生を少しでも真っ当な方向に戻せるのは私だけ!・・・放っておいたらどんどん脱線していきそうな予感しかしませんし!
「赤松さんの武器の事は一旦置いときましょう。あの魔術師が使っていた盾ですけど、あれは大きな剣の方を触媒にして召喚された『過去の遺物』と推測されています。
この町は、もう30年近く前になりますけど、尋常でない規模の魔術の舞台になった事があるそうです。様々な魔術師が世界中から集まり、色々なモノ達が召喚され、互いに争ったと。
儀式が終わった後もその影響は色濃く残り、この土地では魔術師たちの争いが絶えなかったそうです。協会が間に入り中立の土地になるまでに10年もの時間が必要だったと、そう聞いています。
中立性が確立されてからも監視員は置いていたそうですが、いつの間にか使い魔を置くだけになっていて・・・そして今回の事件が起きたわけです。
ちなみに、あの『盾』ですが。魔術師同士の戦争ともいえる状況で使用されていた物の一つのようです。恐らくは前に赤松さんと戦闘になった『影』の元になった人物が使用していた霊装と思われます。『モデル本人を再現出来なかったから、せめて武装だけでも』っていうところだとは思いますが、まぁ、アレです、私が言いたいのはあんな戦争に使う道具と渡り合う事なんて考えなくていいって事です。私だって初めて見ましたし、あんなの。協会の人間とは言え、出会うのは一生に一回あるかないかだと思いますよ」
どうでしょうか。私なりに「そっちに行かなくていいんだよ」って伝えたつもりですけど・・・ダメだ、なんか納得いかないような顔をしています。
・・・まぁ、それもそうですよね。死にかけたり殺したりを短期間でやってしまったわけですもの。そんな言葉だけで簡単に腑に落ちるはずがありませんよね。のんびりした時間の中でゆっくりと解決を図る方向性で行きましょう。
「今回の件、そう言った過去の遺産というか遺物が盛大に利用されたケースだったんです。魔力を集めていた装置も、あの盾も、竜牙兵も全てあの魔術師は何かから流用しただけみたいです。
そっちは柏木さん中心のチームで継続して調査してるので何か分かったらまた共有させてもらいますね。
で、この遺物の話が実は赤松さんのスカウトの話と繋がるんですよ。つまり、この街にはあちこちに危険物がまだ眠っているみたいだから『職員を配置していざという事態に備えておくべし』となったわけです。
その時に丁度『やけに強い野良魔術師』が見つかったので、その人をうちの職員にすれば『監視がてら飼い殺しにしつつ、現地に人をちゃんと置いてますって言い訳も出来るじゃん』って発想になったと。だから、実際はそんなに仕事も無いですし、というか何もしなくてもお給料は出ますし、とりあえず今回の疲れをゆっくり癒しながら、これからの事を考えてくれたらいいなと思うんですよ。どうですか?赤松さんさえ宜しければ契約書もすぐに用意しますよ?」
「契約書。魔術的な何か?」
「いえ、普通に雇用契約書です」
さぁ、どうです?普通の魔術師なら自分の研究もあるから協会の監視下なんて受け入れられないでしょうが、赤松さんにとっては何のデメリットもありません。ジッとしているだけでお金がもらえる素敵な仕事です。さぁ、どうです?
「ねぇ、マスター、なかなか良いんじゃない?無理して今の仕事続けるより、ナギのとこで働いた方が。・・・どうせこれからも何かに巻き込まれたりするだろうし」
若干末尾のコメントが心外ですが、クロちゃんナイスフォロー。さぁ、どうです?あまりコミュ力の高くない私では、もうこれ以上の説得は難しいですよ!どうです?赤松さん!さぁ、私の誘いに、友人の誘いにのって下さい!
・・・・・・
・・・
あっ、なんか胃が痛くなってきました。
赤松さんは、なんかウンウン考えてるし・・・やっぱり不安とかあるのかな・・・そりゃ無いわけないとは思いますけど・・・
「あの、どうでしょう?赤松さん、ホント、その、えっと・・・損はさせませんので」
「へっ?あぁ、ごめん。依城さんのとこで働くのを悩んでたんじゃなくて、今の仕事を辞めるための手続きとか段取りとかを考えてて。意外とめんどくさそうだなぁって。
では、改めまして。素晴らしい提案をありがとうございます。是非そちらで働かさせて下さい。何するのかはよく分かんないけど」
赤松さんは笑いながら「よろしく」と言った。言ってくれた。
だから、私は・・・
「ありがとうございます」
良かった。これできっと大丈夫。きっとこれでうまく行くはずです。




