6-9:猫と魔術師 スカウトマンって実在の職業なの?
さて、どうしたもんやら。盛大に、かってない勢いで盛大に、想像を絶するレベルでやらかした。
途中までは意識出来てたんよ、クロの演算領域まで使って凄い強化魔術を使ったら謎の万能感で酔っ払いそうになるって。
少なくとも柏木さんの救出までは自覚があったかな?その辺りまでは「気を付けないと」って思ってたんだよね。でも途中から完全に忘れてたわけで・・・真っ当な精神状態なら、いくら体を強化しててもジャンプを駆使してビルの屋上まで上がったりしないし、人の遺体見たらビビるし、弁明を無視して頭をパーンとかしないわけで。
たぶん変な精神状態の時に記憶してるからだと思うのだけど、振り返っても自分の行動にそれほど嫌悪感とか罪悪感が無かったりするんだよね。とは言え、普通の社会なら許されない事をしてしまってたわけで。いや、ほんと、どうしたらいいんだろう。
そんな事をずっと考えているので仕事が休みでも全く気が休まらない。日課の筋トレさえやる気が起きない。ろくに物もない畳敷きの自室の真ん中で、うつ伏せになってもんもんとするばかり。
ちなみに、僕がうつ伏せになってるとクロは背中の上に乗ってくれる。少し癒されるけど、癒されても心は晴れない。ずっと曇天。なんか曇天。まぁ、気にしたところでどうにもならないのは分かってるけど。
「ねぇ、マスター・・・ナギは元気かしらね」
「・・・・・何日か前にメールは入ってたけど、そういや顔見てないね」
うつ伏せのまま答える。
僕の後頭部にクロの尻尾がわさわさと当たる。ゆるやかに尻尾が振られているようだ。これは猫的には不安のサインの可能性が高い。よし。依城さんに連絡をとってみましょうか。
寝そべったままスマホをポチポチ。「どう元気?忙しい?たまには顔を見せなよ?」みたいな内容を思い切りが足らないが故に長文で送る。
「メール送ったよー。元気だといいね?」
「そうねぇ。ナギも心配だし、ちょっと相談したい事もあるし。また近いうちに会えるといいんだけど」
そらまぁ『あの工房で何が行われてたのか?』とか『あのフワフワ浮いてた盾は何だったのか?』とか、たぶん気になる事はあるよね。僕は正直あんまり関心ないけど。いや、あの盾だけは少し気になるかも。それこそ「普通の魔術師ならあんな盾ぐらい持ってますよ」みたいな事態だと、そのうち僕達もボコられてパーンされる日が来ちゃうだろうし。・・・流石にそれは無いと思いたいけど?無いよね??
というか、よく考えたら強化魔術が使えるって言ったって、素手か塩ビパイプしか攻撃の選択肢が無いってヤバくね?暴走族でもマシな武装してるんじゃない?次の機会があるようなら、それまでに何か武器が欲しいな、せめて金属製の。出来れば長い奴で。
そんな事を考えているとスマホがブイブイと震えた。僕に電話をかけてくる人なんか一人しかいないわけで。
「はいー、赤松です」
『どうも依城です。すみません。ご無沙汰してます。ちょうどいま近くまで来てまして、ちょっと伺ってもよろしいですか?相談したい事がありまして』
「はぁ、そりゃいいですけど」
『ありがとうございます。あと10分程度で到着しますのでお願いしますね。では、後程』
相変わらず依城さんが絡むと展開がくっそ早い。
「にしても、依城さんの相談事って何かね?猫の飼い方とか?」
「わたしの事を参考にするのは無理じゃない?」
「昔に本物の猫を飼ってた事もあるから、もうあまり思い出せないけど。まぁ、いいや。時間も無いし、とりあえず片付けだけしようか」
今更取り繕う意味もあまり無い感じもするけど、とりあえずちゃぶ台を出して、脱ぎっぱなしの服をハンガーにかけて・・・・・・物が無い部屋だからすぐに終わってしまった。お茶の用意をしましょうか・・・お茶菓子が無い・・・まぁ、キットカットでいいか。キットカットを嫌いな人なんていないもの。
そして丁度お湯が沸いたタイミングでチャイムが鳴った。
「はいはい、いらっしゃい・・・えらくしんどそうだけど大丈夫?」
そこには何故か憔悴している様子の依城さんがいた。そう言えば、この前に来た時もなんか疲れて果てた感じだったよね?苦労人?
「体調が悪いわけじゃないんですけど、ちょっと昨日から悩んでる事があってうまく寝れなくて」
「へぇー・・・・・・」
あら意外。あんまりそういうタイプには
「そこで驚いたような顔をされると流石に少し傷つくんですけど」
苦笑いしながら依城さんはそう言った。顔芸と思ってくれたかな?・・・わりと本当に意外なんだけど。
いつぞやと同じようにちゃぶ台に案内し、日本茶とキットカットをお出しする。次までには和菓子を常備しておきたいところ。羊羹とか?
「ねぇ、最近来てなかったけど大丈夫なの?」
クロが可愛らしく心配している。ちょっと羨ましい。
「ええ、大丈夫です。ケガらしいケガも無かったし、意識を失ってたのも単なる脳震盪でしたし。・・・その節は心配かけてごめんなさい。それと、あと遅くなりましたけど、クロちゃん、赤松さん、助けてくれてありがとうございます。二人がいなければ、私はこうして戻ってくる事さえ出来なかったと思います。赤松さんには・・・赤松さんには特に大きな負担をかける事になってしまいましたけど、何か・・・これから私に出来る事があったら何でもしますから、いつでも言ってください」
とても真剣な表情で依城さんはそう言ってくれたけど、うまく応える言葉が思いつかない。
「まぁ、あれよ、そんなに畏まらなくても、普通は友達がヤバそうだったら助けるわけでさ。ほら、うまく言えないけど、次に僕がヤバい時に助けてくれたらそれで十分よ?だから、そんなに気負わなくても」
依城さんは少しきょとんとした顔をした後「・・・友達」そう呟くと笑いを堪えるようなニマニマするような微妙な表情になった。
うん、なんか押し殺した笑い声も漏れてきたぞ?何だかよく分からないけど、とりあえず肩の力が抜けたようで良かった?良かった?
「でもさぁ、あの時、依城さんが倒れててマジでビックリしたんだけど、何があったの?」
「へ?そこが気になります?他にもっと色々聞きたい事とかありません?」
僕とクロは思わず顔を見合わせる。
「いや、特に・・・・聞いても面白くなさそうだし」
「マスターに同じく」
尻尾をピンと立てながらクロもそう答え、猫と飼い主の意見が綺麗に一致した。まぁ、猫だしね?過去の事には興味は無いよね。
「ホント、二人とも危なっかしいんだから。なんか一人で悩んでたのが馬鹿みたい」
んふふ、と依城さんは少し声を漏らして笑った。そして、少しだけ佇まいを正して続けた。
「あの魔術師が使ってた霊装の話や、事件の全貌、興味は無いかも知れないけど後で全部説明させてもらいます。面倒かもしれないけど、ちゃんと聞いて下さいね。これからの事を考えると大事な事ですから。
でも、その前に私の相談事をさせてください。最初は上司から提案があったんですけど、今は私もそうするべきだと思っています。協会の職員として、お二人をスカウトさせて下さい。危ない事が全くないとは言いませんけど、お二人は私が守ります。だから、私達と一緒に働いてくれませんか?」
生まれて初めての転職のお誘いだ。




