2-2:猫と海 舐めてかかると、だいたい碌な事が無い
何メートルか離れた波打ち際にボヤボヤと青く光る何かが浮いている。大きさはバスケットボールぐらい。
これって、いわゆる人魂とか鬼火って言われるやつかな?
「・・・見えてしまったものは仕方ない。サクサク頂いてサクサク帰りましょう。んで、どうしたらいい?」
「あれぐらいの大きさなら、もうちょい近づけば私だけで吸えるかな?念のため傍で見てて。ヤバそうな感じなら私を抱えてダッシュで逃げて頂戴な」
なんとここまで来て特にする事がないとのお言葉。いや、特に何かしたいわけでもないので問題無いけど。
「了解。なら作業中はすぐ後ろで控えておくようにさせて頂きます」
「うむ、わらわの背後は任せるぜよ」
そう言いながらクロは鬼火のようなものに向かって歩いて行った。1メートルぐらいのところまで近づいて、その場でそっと座る。尻尾はくるっと身体に寄せてお行儀が良い感じ。
「よっと」
軽い感じの声を出しながらクロが右手を掲げる。
「ほいさっと」
続いて、またもや軽い声でよく分らん掛け声?をあげると同時、鬼火と同じようにクロの右手も薄ぼんやり青く光り出す。
電車バスの移動に便利な霊体化に次ぐ、新たな魔術の発動が見られる。そう思うと年甲斐もなく胸が高鳴る。さぁ、来るぞ!来るぞ!!
「終わったわよー」
「へ??もう???」
期待していた未知の発光現象や魔法陣のような物の出現も無く、手が薄っすら青く光って終わりらしい。
ホントだ。鬼火消えてるわ・・・うわ、マジつまらん。
「あ、なんか物足らなそうな顔してるわねぇ。そら、あの程度の小物に使う術式なんだから、特に魔術っぽい事なんか起こらないわよ。
それに、そもそも使い魔単独で出来る事なんかしれてるわよ?マスターの協力が必要なぐらいの術式なら見た目からして面白いとは思うけどさー」
ちょっと拗ねたような感じでクロの解説が入った。完全に内心を読まれている。なんて猫だ。賢くて可愛い。
「ごめん、ごめん。なんとなく派手なのを期待しちゃってさ。ほら、それはそれとしてエネルギーの補充はそこそこ行けた?」
謝りつつも速攻で話題の転換を図る私。大人だからね。
「そうねぇ。これだけだと、まだ追加で数日分ってとこかしら?まだ何個かあるみたいだから、全部回収すれば良い感じになるんじゃないかしら?」
言われてぐるりと辺りを見渡すと、確かに各々離れてはいるものの波打ち際に沿っていくつかの青い鬼火っぽいものが点在している。
「簡単に回収出来るし、数も多いし、実に良いターゲットだとは思うけど・・・何なのこれ?幽霊的なものかと思ったけど、流石に量が多いような?」
正直、幽霊なんて滅多にいないと答えて欲しい故の質問だったけど、クロはそこには気付かず回答してくれた。
「そうねぇ、この青いのは幽霊とかじゃなく、たぶん誰かの残した魔術の残滓かなんかだと思うけど、正直、今の私じゃよく分らないわね。幽霊的なやつなら、なんかもっとそれっぽい形してるから分かるみたいよ?生前の面影がー、みたいなノリで?」
「そりゃ、会いたくねぇな」
クロは自分の専門分野だからか楽しそうに説明してくれたが、聞いてる方はたまらない。どうか今晩だけでも幽霊には会いませんように。
そんな僕の内心など気に掛ける事も無く、クロさんは実に絶好調。
「それはそれとしてサクサク回収していきましょうか!帰りのバスの時間もあるし!」
「そうねぇ、サクサク行こうか。僕は付いていくだけですけどな」
そんなわけで、鬼火を猫さんが吸収しながらの海岸歩き回り夜間ツアーが始まった。といっても、ちょいちょい立ち止まってはクロの右手がちょっと青く光るだけの単純作業でございます。ちなみに、マスターとやらの自分はクロの後をぼんやり付いて回るだけの役立たず。クロが鬼火の探索と回収でほとんどしゃべらないので超暇。マジ散歩って感じ。
そして、特に問題も起こらず、特に役に立つことも無く、全ての鬼火の回収が終わりました。まぁ、あれだ。ペットの健康のために散歩しに来たと思えばいいんだ。そうだ。それなら飼い主がぼんやり歩いてるだけでも何の問題もないじゃないか?うちのペットは猫みたいなものだし?
「そこそこ貯まったけど、なんかいまいちねぇ。やっぱり細かいのを束ねても大した量には・・・」
まだ納得がいかないようでクロがぶつぶつ言っている。
「念のため、もう一回探査を・・・・あれ?あっちに何かあるみたい?」
まだ散歩は続くと。
「マスター、ちょっと離れてるけど、確認しに行っていい?」
もちろんさー、と軽い返事をしながらテクテク歩く。何か良いものが見つかればいいね。
近づくにつれ様子がはっきりと見えてきた。でも、どうにもこれは
「色も濃いし、大きさも・・・今までの軽く倍以上はあるわね!これは食いでがありそうだわ!」
クロがテンションを上げながら右手を光らせだした。が、今までと違ってすぐには吸い終わらないようだ。大きいから?それとも、色が濃いから??
「ん?うまく吸えない?なんでだろ、なんか引っかかってる???構成がおかしい?いえ、そんなはずは・・・」
クロはどうも吸う仕組みに問題があるかと思っているみたい。ウンウン言いつつ可愛く首を傾げ、手元に目線を落としていた。だから気付けなかった。
一方、暇を持て余していた僕は鬼火を眺めていた。だから気が付いた。
それは既に大きめの鬼火なんて物ではなく、青い炎で作られた人の上半身に変わっていた。
顔のような部分が、こちらを、いや、クロを見ているような気がする。
そして、細く長い手のようなものをゆっくりと振り上げ
「っ?!クロ!!」
我に返った僕は、思索に沈んでいるクロの首根っこを引っ張り自分の元に引き寄せた。
その瞬間、風を切る轟音とともに、すぐ近くで高く高く砂が舞いあがる。
僕はクロを胸の前で抱きかかえ舞い上がる砂に背を向けた。
「なんにゃぁぁぁぁ!!」
背中にバスバスと勢いよく砂が当たる中、ちょっと間抜けなクロの叫び声を聞きつつ、その場で踏ん張って耐える。
数秒経ち背中に当たる砂の感触がなくなったところで、後ろを振り返った。
そこには大きな二本の溝が引かれていた。
溝を目線で辿っていくと、案の定、その始点は人の上半身っぽい形になった鬼火擬きだった。まるで二本の長い棒のような物で砂浜を強く叩きつけ、そしてそのまま抉り取っていった跡のようだ。いや、「ようだ」ではなく、どう考えても、その通りのものなのだろう。
あの時、クロを引き寄せる事が出来ていなければ一体どうなっていたか・・・そんな想像が嫌な寒気を呼び起こす。クロを抱く手に少し力が籠った。
「ぁあ・・・・・あぁあああぁ」
呻き声なのか風の音なのか分からないものが聞こえてきた。鬼火擬きは何かを言いたいのだろう。なんかこっち見てるし。
雰囲気で想像すると『先の一撃で仕留められなかっただと?!」みたいな感じの気がする。走って逃げられるのかな、これ。勝てるビジョンないよ。
「なぁ、クロ・・・ヤバくね?」
「そうね。あれは・・・まぁ、大当たりよね。どうしましょうか」
クロも出会って初めてのローテンション。さっきまで余裕の散歩だったのに事態は急変。マジどうしよう。




