6-1:猫と魔術師 ドーナツは買ってきて、すぐに食べると美味しい
「久しぶりに食べたっすけど、最近のドーナツって旨いっすね!」
灰色ツナギの青年こと柏木ケンイチさんは、さっきまでの眠たそうな態度を一変し、もりもりドーナツを食べている。
「そうねぇ。わたしも初めて食べたけど、このモッチリとした噛み応えが良いわねぇ」
クロもモリモリ食べている。
「おっ、猫さんは甘い物食べても大丈夫なんっすか?」
「わたしは猫型の使い魔であって猫じゃないから何食べても大丈夫なのよ!」
クロは誰とでも噛み合うから凄い。変なところで頼りになる。僕だけじゃ間が持たなかったよ。ありがとう、クロ。
ちなみに、僕達は今リビングにある大きなコの字状のソファーに座りドーナツタイムを楽しんでいる。クロは僕の膝の上、ドーナツ屑がもりもりズボンに積もっていく。猫がドーナツ食べたらそうなるわな。
さて、なぜ僕達がまったりタイムを過ごしているかと言えば、それは単純にする事が無いからである。
部屋に連れてこられ依城さんから協力要請を受けた直後、彼女は『他の動いている人達との調整』のためにどこかに行ってしまった。どうも僕達の保護のためにわざわざ時間を割いて一緒に来てくれたようだけど・・・・いやいや、この状態で放置されるのもちょっと困るんですけど?
誰か事情説明をして?いつまでここにいたらいいの?一体何をすればいいの???そんな感じに困惑している時、
「あぁ、腹減った・・・・」
ツナギ姿の彼がぼそりと呟いた。年齢は僕より年下だろう。ひょろっとした感じで、目にかかるぐらいの髪を茶色に染めている。端的に言えばチャラい大学生みたいな雰囲気だ、服はツナギだけど。あまり話をした事がないタイプだけど、いつまでここで待機なのか分からない以上、ここらで関係構築に向け一歩踏み出す必要がある・・・ような気がする。
「あら、なんかしんどそうと思ったらお腹減ってたの?マスター、ちょっと冷蔵庫の中を見てみましょうよ。何かあるかも」
クロに先を越された。いや、ありがとう、クロ。
「あぁ、ごめん。冷蔵庫の中、何も無いわ。というか、電源も入ってないし。・・・駅前にミスドあったからなんか買ってこようか?」
「すみません。昨日の昼から何も食べてなくて。あの協会の人、朝からこき使うわりには差し入れの一つも無くて・・・」
「あー・・・依城さん必死になると周り見えないっぽいから。とりあえず、ちょっと行ってくるね」
というわけで、新メンバーとの友好をはかるためにミスドに買い出しに向かいました。パイに、ドーナツに、飲み物に、依城さんから貰ったお給金(主にクロが稼いだ)があるのでミスドぐらいなら余裕余裕。ここで円滑な関係を保っておかないと、なんか先々辛そうな予感するじゃん?先行投資にしては安い安い。
そして、帰ってくるとクロとツナギの彼は意気投合していた。仲良く依城さんの話題で盛り上がっている。うちの猫さ、コミュ力高くね?!誇らしいけど、おじさん、ちょっとだけ寂しいよ?独りにしないで?置いて行かないで?
さて、場が温まったところで彼に自己紹介をしてもらった。彼の名前は柏木ケンイチ。24歳の無職。今は僕とクロがぶっ壊した高性能監視用使い魔の代わりとして魔術協会に臨時雇用されているらしい。そして、二週間前から依城さんとは別のアプローチで件の魔術師の探索にも参加していたそうだ。
大規模な魔術トラップ(僕とクロが引っ掛かった影が出てくるやつ)が設置されていた事から「起動と維持をどのように行っていたか?魔力のパスは何処と繋いであったのか?」というエンジニアリング的な観点からの分析も必要になったんだって。その辺りが分かれば「何処の流派か」とか「拠点はどこか」とかがある程度分かるらしいよ?もちろん、僕には何の話かさっぱり分かりませんでしたけどね。
ちなみに、僕の事は依城さんから「強化魔術を使用する接近戦のエキスパート」という風に聞いているそうな。褒めてもらってありがたいけど、どことなく「新人システムエンジニアが客先ではベテランとして投入される」的なヤバさを感じないでもない。僕の職歴一か月弱っすよ、依城さん。
とりあえず、何となくの流れで「何かあっても柏木さんは僕が守るから」って言ったら、とても感動されていたようなので、ひょっとしたら彼との間でフラグが立ったかも知れません。職歴一か月の肉壁がどれだけ役に立つかは未知数だけど。
「それにしても、いつまでここに居ればいいんすっかね?赤松さんは何か聞いてるっすか?」
「いんや、何も。でも協力をお願いするって言われてるぐらいだし、戻ってきたら予定の説明ぐらいあるんじゃない?・・・でも、あれだね。僕にも声がかかってるって事は確実に討ち入り系の話だよ。僕って、それしか出来ないし」
「マジっすか!俺は調査ぐらいしか出来ないっすよ!現場に放り込まれたら速攻でアウトっす!」
「あー、依城さんもそこまでの無茶はさせないと思うけど・・・依城さんだからなぁ。無茶言って来たら頑張って止めてみるよ」
難しいかも知れないけど。
「マスターにナギが止めれるとは思えないけど」
やはりクロもそう思うか。そうだよね。今まで流されるままで来たからね。
「やっぱ、そうっすか。・・・まぁ、それでも、そん時はお願いします。頼りにしてますんで」
柏木さんマジで悲壮。そりゃ、大規模テロやった犯人のとこに突っ込めとか言われる可能性があると思うと、そうなるよね。
普通は後方担当にそんな事は言わない。でも、依城さんは勢いあまって言いそう。
「そういや、俺って依城さんが戦ってるとこって見た事無いんっすけど、どれぐらい強いんっすかね?」
なんとなく顔を見合わせる僕とクロ。僕としては見たままの印象を語るしかないけど。でも
「正直よく分からないかも。前の時はなんかFF的に言えば斬鉄剣を使いそうな感じの召喚状を呼び出しつつ、自分はごんぶとレーザーを乱射して大暴れしてたよ」
膝の上のクロも少し考え込んでから続ける。
「魔力量が普通の魔術師の何倍もあると思うのよ。直接聞いたわけじゃないけど、底は全然見えない感じね。それにまだまだ本気は出していないと思うわよ。いつもストレス解消に大暴れしてみた程度のノリだし」
僕とクロの素朴な感想。たぶん依城さんはクソ強い。
「なるほど。コソコソ準備して普通の人を相手にテロしてるような奴なんか全然敵じゃないと。どうりで依城さんが一人で出かけるのに何の心配もしてないわけっすね」
「素直に敵が襲い掛かって来てくれたら、5分後には事件解決なんじゃないかな?依城さんがボコってすっきり解決、みたいな。せめて居場所が分かったら、解決まであと少しって感じで気が楽なんだけど」
「それなら大丈夫っす!!昨晩にあと4箇所ってとこまで目途を付けてあるっす!それにテロの時の魔力の流れを合わせたら、もう解決は時間の問題っすよ!!!最後の絞り込み作業は別のチームがやってるっすけど、たぶん俺にお呼びがかかってないって事はもう終わってるんじゃないっすかね?」
柏木さんの声がいきなり大きくなったので、クロがびっくりして尻尾がピンと立っている。
「そうなんだ。そうなるとさっき依城さんが出て行ったのは」
「たぶん襲撃計画の詰めじゃないの?いつものナギの行動パターンだと速攻で動きたがるはずだもの」
そうだろうなぁ。見つけたら速攻よねぇ、絶対。僕も行くなら事前に職場への休みの連絡と、あと出来れば塩ビパイプを何処かで買って行きたいけど・・・いや塩ビパイプは2週間の過酷な特訓を経た今となっては別に必要ないか。でも、あるとちょっと安心?(前回の微かな成功体験)
そんな会話を3人でしていた時、チャイムが鳴りインターホンから声が聞こえて来た。
『依城です。戻ってきました』
まったりした時間は終わりみたいだね。




