1-2:猫と出会い ねぇ、魔術って何さ?
「・・・・というわけだけど、だいたい分かった?」
ひとしきりの説明を終えた黒猫さんがちゃぶ台の上で首をコテンと傾けながら(可愛く)確認を取ってくれる。だけど
「すまん。いまいち分かんねぇわ」
黒猫さんによる『実は世の中には魔術ってのがあるんだよー』という説明は残念ながら僕の頭にはすんなり入ってくれなかった。というか、新出単語が多すぎて何も分かんねぇ。マナとかオドとかいきなり言われても・・・それが何かも何のためにそれがあるのかも分からねぇ。
とりあえず、自分がいま「超常現象にぶち当たってるのか」「精神があっちに行ったか」「寝ている間に謎の薬を盛られたか」の、どれが正解かぐらいは分かりたい。切実に分かりたい。誰か助けて。ここには猫しかいないけど。
「えぇ?まだ、そんなに難しい話はしてないのに・・・なんだか飲み込み悪いわねぇ」
黒猫さんは少し機嫌が悪い感じに尻尾の先を左右に振っている。
「・・・ごめんなさい」
葛藤しながらも反射的に謝る私。実際のところ、かなりの無理ゲーを強いられてる感じがするよ?
それにしても、ちゃぶ台の上に座る猫に頭を下げる28歳男性の図って凄くね?
客観的に見たら結構笑えるぜ?主観で見てるから少しも笑えないけど。
というか、どうにも自分の頭がパーになってるだけの可能性が脳裏にあるせいで思考がふわふわするばかり。話を理解出来ないのも、そのせいじゃないかな?僕の頭が悪いわけじゃないって、たぶん。
「分かった。最低限の事だけもう一回伝えるわよ。秘密にされてるけど、技術体系として、世の中には魔術っていう不思議スキルがあるの。んで、私はその技術で作られた一般的に『使い魔』って言われる存在なの。まずここまではオッケー?」
いきなりの新出情報があった。
「・・・先生、質問があります。先生は猫ではないのでしょうか?」
「そりゃ、そうよ。猫はしゃべらないわよ?」
即答だった。
そらそうだ。猫はしゃべらない。常識である。
なら僕の目の前で全力でトークしてる黒猫っぽい何かは何?
使い魔??聞いた事はあるよ、ゲームとかで。でも、理解は出来ないよ?
あとさっきまでの説明では黒猫さん自分の事については触れてなかったよ。なんか魔術概論基礎みたいな話だったよ?それこそ、まるで大学の講義みたいな・・・大学なんて行った事ないから適当だけど。
「って言っても、わたしも自分が何かはハッキリとは分かんないのよね。魔術の知識があったから自分の事を『誰かの使い魔だ』って判断してるだけで、肝心の記憶が昨日の夜からしかないし」
そして、畳み掛けるように、いきなりの爆弾発言。この猫(いや猫なのか?)、さらっとぶっこんできやがった。
「ちょっと待って。記憶喪失なの?」
「実はそうなの。『昨日の夜に私の意識は生まれたのだー』みたいな感じに、それまでの事は綺麗さっぱり何も覚えてないの。なんか知識だけは色々あるんだけど、それ以外はさっぱりね」
黒猫さんは、少し目を細めながら、なんとなく楽しそうな雰囲気でそう言った。
なんで、余裕しゃくしゃくなのかが分からない。・・・猫だからそんなものなのか?いや、猫じゃないんだっけ?
「でも、まぁ、私って猫?だし、そこはそんなに気にしなくてもいいかなぁって」
自分でも猫って言ってるじゃん。というか、軽く構えてたらいかんな、これは。
「いやいや気にしないとダメなんじゃないかな?飼い主?作った人?が待ってるんじゃない?昨日の夜、道端で倒れてたんだし、何かトラブルに巻き込まれたとかなんじゃ」
とにかく迷い猫?なら飼い主を早く探さないといかんわけで。
「ん?どうなんだろう?そりゃ、作った人は確かにいるだろうけど、使い魔が記憶も無くしたまま放置されてるぐらいだし死んじゃってるんじゃない?使い魔を作るのって大変みたいだし、普通は放っておかないわよ、たぶん?」
黒猫さんは特に取り乱した様子もなく淡々とそう言った。
使い魔とやらは、その辺りはドライなものだろうか?状況判断としては、魔術とやらの世界を知らない僕よりも、少なくとも知識はあるらしい黒猫さんの方が圧倒的に正しいだろうし。・・・それに、作った人が亡くなっているようなら黒猫さんの記憶が無いってのは幸いなのかも知れない。僕は猫が悲しむ姿なんて見たくない。
というか、猫扱いでいいのかな?よく分らなくなってきた。
「で、それはそれとして、そろそろ身体の維持に使ってるオドが無くなりそうなのよ。
そっちの方がだいぶ問題で」
オド・・・なんか魔力とか云う力の源?みたいな感じのものだったっけ?
「ええと・・・バッテリー切れみたいな感じ?」
「そうそうイメージそんな感じ。なんで、こんな事になってるのか分からないけど、ほとんどすっからかん。意識を無くす前によっぽど大きな事があったとかかしらね?よく分んないけど。というか・・・」
話が脱線する気配を感じて慌てて割って入る。ここで黒猫さんに任せたら、また本筋以外で二時間コースだ!
「ねぇ、ところで、そのオド?が切れたらどうなるの?」
「そうねぇ、あんまり無いことみたいだけど、完全に切れたら流石に消えちゃうわね。でも、大丈夫。あと2~3時間は余裕でいけると思うわよ?」
「・・・は?何それ?消えるって」
黒猫さんは今までと同じように楽し気な様子で語っているが、その発言は僕の中にあった余裕を根こそぎ奪っていった。
正直、いきなりすぎて意味が呑み込めない。さっきから分からない事ばっかりだ。
でも・・・消えるって、何それ。
「うん、オド切れになって霊子が拡散しちゃったら、たぶんもう戻れないんじゃないかな?マスターもいないし」
尻尾をゆらゆら揺らしながら気負った様子もなく当たり前のように黒猫さんは語る。その雰囲気はまだ楽しそうなまま。
「どうしたら良い?そのオド切れを防ぐにはどうしたら良いの?何かできる事は、僕に出来る事は?」
僕は正気じゃないのかも知れない。この猫もただの猫で僕一人が妄想に囚われているだけなのかも知れない。
でも、もし、この猫が語っている事が本当で、このままなら消えてしまうのであれば。そう考えると、僕に出来る事があるかを確認せずにはいられなかった。
さっきまで、ずっと楽しそうにしゃべってたんだ。いきなり終わるとか、そんな。
「落ち着いて、落ち着いて。一旦ちょっと深呼吸してリラックス。後でちゃんと説明しようとは思ってたんだけど、取り急ぎ大丈夫になる方法はあるから。もちろん、抜かりなく、そこは大丈夫なのよ」
尻尾ゆらゆらをやめたかと思うと、唐突にピンと上に伸ばし、力強く黒猫さんは言い切った。
ジェスチャーの意味が分からねぇ・・・が、大丈夫らしい。そうか、良かった。
「消えるって分かってるのに、考え無しにおしゃべりしてたわけないじゃないの。ちゃんと、あなたが寝ている間に準備もしてあるんだから」
「・・・そっか、せっかく会えたのに、すぐにお別れとか嫌だからさ・・・良かったよ」
家主への確認無しに準備とやらをしているのは多少どうかと思うけど、命がかかってるんじゃ仕方ないね?
「じゃあ、せっかくだし、さっそく始めちゃいましょうか!いきなりで悪いけど、あなたの名前を教えて欲しいのよ!あと、わたしに名前をつけて!!」
名前?なんだかよく分らないけど、まぁ、それぐらいなら。
「僕の名前は赤松■■、君の名前は・・・綺麗な黒い毛並みだからクロにしようか」
「オッケー。じゃあ、契約完了!今から■■がクロのマスターね!よろしく!」
「・・・・は?」
この日、特に盛り上がりも無く、契約の事前確認もなく、それっぽく光ったりとかそんなのも無く、畳敷きの六畳のアパートで、自覚も無いままの魔術師見習い(擬き)と使い魔のペアが誕生した。
この日を境に僕は人生のレールとやらを意味の分からないレベルで踏み外して行くのだが、それを自覚するのは、もう少し後のお話。




