3-2:猫と初めてのお仕事 さぁ、帰りましょうか?
夕方になって依城さんが僕とクロを迎えに来てくれた、予想外にもタクシーで。
仕事場に向かうのはバス・電車を使う物だと思い込んでいたから少しカルチャーショック。
「調査を始める前に疲れちゃったらダメじゃないですか?必要経費ってやつですよ」
依城さんは当たり前のようにそう言ったが、なんとなく文化の壁みたいなものを感じる。大きい組織に所属している人はやっぱ違うな。凄い。
そんな庶民的な感想を温めている間もタクシーは進む。もちろん、クロは毎度おなじみの霊体化後に頭にオンの状態。もう慣れた。でもやっぱり楽しい。頭の上に猫がいるんだぜ?凄いだろ?
ちなみに、今日の調査の目的地は繁華街・・・と言っても、市の中心のほうではなく、海側の少し寂れた方の繁華街だったりする。我が家からだとタクシーで三十分程度のご近所さん。ひょっとしたら、そんな近所に魔術師としてのご同輩、あるいは先輩がいるかと思うと実に不思議な気分。魔術師って、そんなポロポロいるものなのかな?今まで会った事なんて無いと思うけど。いや、案外気付いていなかったけど、普通にその辺りを歩いていたり?
というわけで、あっという間に現地到着。確かに電車・バスより凄い楽。お金が有り余まってたら今後もタクシー通勤の可能性を考えたいところでございます。・・・どうにか依城さんのところで下働きとかさせてもらえないかな?かなり生活に余裕が出来そうな予感。家族も増えた事だし是非検討して頂きたい。
「ちょっと待ってて下さい。荷物を降ろしますから」
お金を払った依城さんが、タクシーのトランクの方へ向って行った。とりあえず、荷物持ち担当としての役割(いま思いついた)を果たすべく、運転手さんから受け取ったが、
「スーツケース?何コレ?」
海外旅行にでも行くようなデカいやつだった。
「今日の仕事でいざという事が起こった場合に備えて色々持ってきたんです。備えあれば患いなしですよ」
依城さんはなかなの良い笑顔でそう答えてくれた。
しかし、『いざという事』ってのは文脈から考えると荒事なのは確実で、それに備えるという事は、恐らくトランクの中身は戦う用の装備と思われるわけで。・・・この人ってぶっそうな話してると笑顔になるんよね。やっぱあれだ、魔術協会ってとこで働きたいとか、そんな話はしないようにしよう。快適さより安全第一!ご安全に!
タクシーを降りたのは駅前の広場。繁華街とはいえ所詮は地方都市、夜の八時過ぎともなれば人通りはまばら。
依城さんはスーツ、僕はTシャツ・ジーパン(夜でもまだ暑いし)、この組み合わせ、ちょっと悪目立ちしてるかも。なんとなく道行く人達の視線を感じるような気がする。
「じゃ、夜も遅いし、やる事さっさとやっちゃいましょうか!」
そんな僕の思いには関係なく、クロがサクサクと進行していく。
「とりあえず、わたしが広域の探知を頑張ってみるから、運よく何か見つかったら、そこに移動。何も無かったら場所を変えてもう一回探知、って流れで進めるわね!」
相変わらず頼りになる猫さん。猫さんが段取りを立て僕はそれに従うって流れが出来てきた感じあるね。正直、すげぇ、楽。
「んじゃ、探知いくわよー」
なにが起きているか分からないし、目で見えるものも特に無いので僕にできる事は『うまく見つかりますように。クロ頑張れ』と祈るだけ。これで何も見つからなかったら、僕達って散歩しに来ただけだよね?うん、まぁ、それもいいか。足を運んだという事実が大事なのです。誠意は見せてみる事が大事なのです。
「あら?・・・遠くの方だけど何かあるわね・・・・前の海岸のレイスに似た感じの・・・ちょっと遠くてよく分かんないけど」
おぉ、まじかよ。一発でヒットか。クロ、スゲェ。進行が早い。サクサクだ。専門家枠の依城さんもビックリさ。
「いきなり当たりを引き当てるとは思いませんでした。早速、行ってみましょうか。
それにしてもレイスですか。一体何がしたいんでしょうね?レイスなんて監視ぐらいにしか使えないのに。戦闘もたいして得意ではないですし。そりゃ、普通の人なら手も足も出ない程度の力はありますけど」
「・・・我ながらよく勝てたね。あの時は限りなく一般枠に近かったけど」
「そうですね。クロちゃんのサポートがあったのもありますし、ちょっと古かったから動きが良くなかったのも影響しているかも知れません。話を聞く限りですけど、レイスの思考がもう少しだけでも早かったら危なかったのかなって」
「そりゃ、ぞっとする話だこと。もし同じようなのに出会う機会があったら速攻で行くようにするよ。まぁ、こんな話をしていて今回もレイスが襲い掛かって来たら笑えるけど」
「流石に、それはないでしょ。ろくに魔力の隠ぺいもせずに堂々と街中に放ったりはしないと思いますよ?」
「そうっすよねー」
魔力の隠ぺいねぇ。クロはなんかしてるのかな?
そんな話をしながら、僕たち三人はクロが感知した方角に向け歩みを進めていた。
駅から数分歩いただけで照明も減り、店も減り、人も減る。これぞ寂れた地方都市の繁華街って感じ。おっ、なんか今タイピスト養成所って看板があったぞ?何十年か時代を間違ってるんじゃね?一体いつから看板かけたままにしてるんよ。
二人と一匹でぶらぶらと夜の道の散歩を続ける。これなら毎週末でも楽しめる、そんな気分。
クロが僕の頭をちょんちょんと叩いた。
「うん、この辺りね。ちょっと止まって。ここでもう少し細かく見てみるから」
残念、散歩タイム終了。これからはお仕事の時間です。
クロが再度探知の魔術を開始する。頑張れー、早く見つけて早く帰りましょうねぇ。
ちなみに、クロは移動中も今もずっと僕の頭の上。慣れてきたけど使い魔ってこういうもの?ちょっとイメージと違う感じがするよ?魔術協会に行ったら、頭に色々な動物をのせた人で混みあったりしてるの?そんな事無くない??
そういや、霊体化している時のクロの声ってどうなってるんだろ?他の人にも聞こえるなら、なんか言い訳を用意しておいた方が良いかも?謎の独り言(しかも女声)と思われるのも嫌だし。
「見つけた。すぐ近く。これは・・・レイスみたいというか、たぶんレイスね。あそこの路地を入ったところで立ち止まっているみたい。マスターも分かるでしょ?」
「いや、全然分からんよ。ちょっと見に行くか。依城さんは僕がミスった時に備えて、少し離れて付いてきてくれますか?」
「了解。慎重にお願いしますね」
トランクケースに手を添えたまま依城さんは頷いた。彼女がフォローに回ってくれるなら、悪いことにはならないだろう、たぶん。実力は知らないけどプロなわけだし、僕が後詰に入るより絶対にマシ。
意味があるのかは分からないけど、出来る限り足音を殺しながら、そっとレイスがいる路地に忍び寄り、そして覗き込む。
前に見た鬼火擬きより格段にシルエットが明確なレイスがそこに居た。ローブでも着ているかのような形で、前回のとは違って緑を帯びた光の塊って感じ。ただ想定外なのは、その足元に意識を失ったスーツ姿の男性が横たわっている、という事。しかも、レイスはその右手を男性の頭の近くに掲げている。
因果関係を疑うなって方が難しい。若干・・・悩まない事もないけど・・・速攻だ。速攻でやろう。
「クロ、略奪の術式の用意を」
手短にそれだけ言うと自分は強化魔術の展開を行う。特訓と同じように一瞬で、いま出来る最高強度の魔術を行き渡らせる。
レイスに向け全力で踏み込む。前の時のようなヘマはしない。コントールを失う事なく思考通りに足を進める。
レイスの数歩手前まで一気に距離を詰めた。
光の塊の意識がこちらに向いたのを感じる。
その瞬間、右に半歩だけ全力でサイドステップ。足が軋み、身体が流されそうになるが、力で無理やり捻じ伏せ、再度正面方向に加速。そして、その勢いのままにレイスとすれ違い、斜め後ろの位置へ。その場で左足を回転軸にし、裏拳のような形で右腕を後ろへ振り抜いた。
レイスの後頭部に僕の手の甲が触れた瞬間、前にも見た赤い帯が接触面から無数に湧き出てレイスを包み込む。そして、振り返った時にはレイスの姿は既に影も形も無い。
念のため頭上のクロに確認しようとすれば
「大丈夫、確実に仕留めたわよ」
一足先に返事が来た。
「そりゃ、良かった」
特訓の成果があったようだ。今回は無事想定通りの動きをする事が出来た。速攻成功。実に良かった。
さぁ、帰りましょうか!




