1-1:猫と出会い この猫なんかしゃべってるんですけど
「ねぇ、そろそろ起きてよぉ。この部屋、何もなくて一人だと暇なんだからさぁ」
まだ部屋の中は薄暗い。そんな時間に聞いたことのない高めの声に起こされた。
「ねぇねぇ、もう明るくなってきたし起きて、お話しましょうよ。一人だと退屈で退屈で」
夢現で聞いていると頭にポフポフと謎の感触。
「いつまでも起きないなら爪出しちゃうわよ」
目を開けると黒い猫が枕元で頭をペシペシしていた。
「やっと起きた!おはよう!!」
そして猫から聞こえてくる先の声。
なんだこれ?
昔から猫は好きだった。
実家にいて家族が健在だった時は、ずっと猫を飼っていた。
でも、家族を亡くし、職を求め都会で暮らし始めてからは、自分の事に手いっぱいで猫との生活から離れていた。何年か経って生活に少し余裕が出来てからも、何故かそれは変わらなかった。
きっと、寂しかったのだろう。倒れている黒猫を見かけた時、どうしても放っておけなかったのは。
その猫は薄暗い路地裏に倒れていた。
最初は寝ているだけかと思った。けど触っても動かない、生きているみたいだけど意識が無い。
ケガをしている様子も無い。
綺麗な猫だった。きっと誰かの家で飼われていたのだろう。痩せてもおらず毛並みも乱れていない。一歳ぐらいだろうか?太ってはいないが、しっかりとした身体つきをした猫だった。
今まで大事に育てられてきたのではないだろうか?迷子?捨て猫?どちらにしろ、きっと今まで不自由なく生きてきたはず。そんな子が、こんな路地裏で死んでしまうのは不憫で仕方がなかった。
正直なところ、僕の頭の中では「病院代」とか「独り暮らし」とかの下らない言葉がグルグルと回っていた。だけど、どうしても見ないふりをして、そのまま帰る事は出来なかった。
僕は意識が無いままの猫をそっと抱きかかえ家路についた。
枕元にタオルを敷いて猫を寝かせ『明日の朝、病院に連れて行こう。後の事は後で考えればいい』なんて事を思いつつ自分も床に就いた。
そこまでは覚えている。そこから今の状況がどうしても繋がらない。
「でさぁ、夜中に目が覚めたけど、全然知らない場所だし?あんたはグースカ寝てるし、やる事ないじゃない?
んで、暇だからウロウロしてたら、見事に何も無いじゃない?というか、本棚もテレビもないって、よっぽどよ?アレなの?最近の人はそういうの必要なくてスマホとパソコンがあればいいって感じなの?まぁ、わたしは本もテレビも一人だとうまく見れないんだけど。
というか、よく見るとパソコンも無いのね。あれなの?最近流行りのミニマリスト?みたいな?
んでさ、やっぱり話し相手が欲しいと思って頭たたいてもなかなか起きないし・・・って聞いてるの?もうちょっと返事とか相槌とかあっても良い感じじゃない?」
黒猫さんが結構なペースでしゃべり続けている。はっきりと人の言葉で、しかも結構ウザい感じに。
「あぁ、大丈夫。聞いてるよ・・・」
「返事はハッキリしないとダメよ。やっぱりね、会話ってのは大事だと思うのよ。円滑なコミュニケーションこそが生活に豊かさをもたらしてくれるの!詳しくは分んないけどね!ほら、わたし猫だし!!それでさ」
実に楽しそうに黒猫さんはひたすらしゃべり続ける。
ちなみに、猫さんは、ちゃぶ台の上でおしゃべりしたたりする。
目線の高さが揃ってよいですね?
話の内容は、正直なところ、ほとんど聞き流してるけど。だって、想像を絶するほど中身が無い上に無駄に長いんだぜ?薄明るい時に起こされたのに、外はもう完全に朝なんだぜ?
これはキツイ。そして眠い。猫がしゃべるという異常事態さえ、気にならなくなってきたぐらいに。
にしても、六畳一間のアパートで、ちゃぶ台の上には黒い猫。向かい合って話を聞くのは困惑顔の成人男性。
うん、訳が分からん。なんだ、この状況。というか、改めて考えるとしゃべる猫って・・・猫なの??
激しく自分の正気を疑うところだけど、起きてから少なくとも二時間以上ほぼ一方的にしゃべり続けられているので、一時的な幻聴とかそういうのでは無いような気がしないでもない。
「ねぇ、ちゃんと返事しなさいよ。一人でしゃべってるみたいじゃないの!」
「あぁ、ごめん。少し眠たくてぼんやりしてた」
目の前の怪奇現象に忘我でしたとは言えず、なんとなく誤魔化してしまう小心な私。しゃべってようが何だろうが猫?な時点で可愛いから別に何でも良いかなって気もするし。
「そう、なら仕方ないわね!朝だし眠い時もあるわね!それはそうと、今から本題なんだけど、ちょっと相談したい事があって、いいかしら?」
猫にちょっとトーンを落とした日本語で相談される私。不思議。
というか、今までずっと話をしてたのに、本題はまだだったのか・・・前置き長くね?
「どうしたの?お腹が空いた?それとも喉が渇いた?ご飯なら、ちょっとコンビニに行ってこないとダメなんだけど」
とりあえず、優し気に返す。猫の要望ならなんでも叶えてあげよう。拾った時点で、そのぐらいの覚悟はしてるさ。まさか日本語で依頼が来るとは想定していなかったけど。
だが、黒猫さんは目を閉じ、首を左右に振りながら(というか人間味あふれ過ぎでは?)
「ううん。そういうのは大丈夫なんだけど、別の事が」
「トイレ?」
「いや、それも違うくて。もっと根本的というか、そもそもの認識のかけ違いというか・・・」
黒猫さんは引き続き頭をフリフリ(可愛い)しながら何かを悩んでいる。『変な猫でもいい絶対に不自由無い生活をさせてやろう・・・でも、これが全部幻聴で、僕が病院に放り込まれて仕事が出来ないような状況になったら、この子はどうなるんだろう?』ふと湧き上がってきた不安に溺れかけていると、頭フリフリをやめた黒猫さんが再び話を始めた。
「ねぇ、変な話だと思わないで聞いて欲しいんだけど・・・あなたは『魔術』って知ってるかしら?」
唐突に意味の分からない事を語りだした黒猫さんの顔は実に真剣だった、たぶん。猫だからちょっと分かりにくいけど。
それにしても、本題の前に確認を取ってくれるのはありがたいけど・・・いきなりの話題急変過ぎてちょっと辛いかなって。




