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【第3部更新中】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
精霊使い編

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第72話 閃光

 精霊たちが放った光は、夜を昼に変えた。いや、昼よりもなお白い。まるで太陽がこの場に突然現れたかのような光──目を閉じた瞼の裏にすら焼きつくほどの圧倒的な閃光が荒野を満たした。

 音はなかった。ただ、光だけが暴力的なまでに空間を支配した。


「ぐあっ──!!」

「目が──!!」


 悲鳴が上がった。それは味方の声ではなかった。姿を消す法衣を纏っていても目だけは覆えない。至近距離で炸裂した光をまともに受けた影たちが、堪らず姿勢を崩した。

 法衣の効力が乱れたのか、いくつもの人影が一瞬だけ揺らめいた。


「あの法衣にひっついて!!」


 エミリアは薄目を開きながら叫んだ。

 すると光が凝縮され、やがていくつもの人の形が現れた。


「──っ! 撤退!」


 影──もはや光る人型だが、その一人が叫んだ。


「管理者とオペレーターの連携は想定外だ。引け!」


 光る人型が一斉に動いた。荒野の闇へ溶けるように、一つ、また一つと消えていく。おそらく精霊の光の効力が切れだしたのか。

 だがエミリアの目には、彼らが散開し、撤退していくのがはっきりと見えた。


 やがて最後の影が闇に紛れると、夜営地には再び静寂が戻った。


 あたりの精霊の光もゆっくりと薄れていく。集まっていた光の粒子が、元の場所へ帰るように四方へ散っていった。

 後には、月明かりだけが残された。




 誰かが深く息を吐いた。それが合図のように、張り詰めていた空気が緩んだ。


「……行ったのか?」


 ラウルが恐る恐る目を開いた。目の前はいつもの夜の荒野だった。月明かりに照らされた砂と岩。敵の姿は──ない。


「ええ……行ったわ」


 エミリアの声はかすれていた。膝が笑っていた。安堵と恐怖が同時に押し寄せ、身体の芯から力が抜けていくのを感じた。


「衛兵の皆さんは!?」


 アンナが駆け寄った。最初に斬られた衛兵は深手を負っていたが、致命傷ではなかった。他の衛兵たちも、切傷こそあれ命に別状はない。


 幸いだった──いや、違う。敵の狙いはエミリアだった。衛兵は排除すべき障害であって、標的ではなかったのだ。都合のよい考えかもしれないが、それが致命的な一撃を避けられた理由かもしれなかった。


 ラウルが傷口を押さえながら、エミリアの傍へ来た。


「エミリア。あれは……いったい何なんだ?」

「分からない……でも、法王国の刺客だと思うわ」

「だよな……そうとしか思えないよ」


 ラウルは奥歯を噛みしめた。


「それに、あの光は……」

「姫様の力よ。精霊を集めてもらったの」


 ラウルは振り返り、シェナを見た。

 シェナは──その場にへたり込んでいた。侍女の一人が背中をさすっている。


「姫様!」


 エミリアは慌ててシェナの元へ駆け寄った。シェナの顔は蒼白で、額に汗が浮かんでいた。身体が微かに震えている。

 だがそれは、疲労や恐怖によるものだけではなかった。


「お姉様……」


 シェナは顔を上げた。琥珀色の瞳が揺れていた。


「あれは……何だったのですか」


 彼女の声もかすれていた。


「あの感覚……精霊が、まるで違うものに見えました。いえ──見えたのではなく〝触れた〟のです。精霊……いえ、それらを操る何かの〝仕組み〟に」


 まだ、指先に感覚の残滓があるかのように、シェナは自分の両手を見つめた。


「声ではなかった。意志でもなかった。もっと……冷たくて、大きくて、正確なもの。私が知っている精霊とは、まるで違うものだったのです」


 エミリアは胸が痛んだ。

 薄々分かっていた。管理者として精霊に触れることは、精霊使いの世界観を根底から揺さぶる体験になると。シェナが長年信じてきた〝精霊との対話〟とは異なる冷徹な応答。それはきっと、信仰心といったものとはかけ離れたものだ。


 だが、嘘をつくわけにはいかない。同時に、この幼い精霊使いの拠り所を壊すわけにもいかない。


 エミリアはシェナの冷たい手を、そっと両手で包んだ。


「姫様。あの光は、姫様が精霊に呼びかけてくれたから生まれたんです」


 それは気休めではなく本心からの言葉だった。単に権限を委譲しただけでは、あの凄まじい閃光は起きなかったに違いない。

 シェナが国で一、二の精霊使い──強力な〝オペレーター〟だったからこそ、多くの精霊を集めることができ、そしてあれほどの光が生まれたのだ。


「私の力だけじゃ、あんなことはできません。姫様の〝お願い〟が──精霊への想いが、あの光になったんです」


 シェナは黙ってエミリアの顔を見つめていたが、やがてこくりとうなずいた。だが、その表情には納得と同時に消化しきれない何かが残っていた。


「……ありがとうございます、お姉様。でも、私──少し、考える時間が欲しいです」

「ええ。もちろんです」


 エミリアはシェナの手をそっと離した。侍女がシェナを天幕へ連れていく。その小さな背中を見送りながら、エミリアは唇を噛んだ。


(ごめんね、姫様。でも、あれが……管理者の力なのよ)


 精霊の深淵に触れてしまった彼女。その極北は自身がこれまで思い描いていたものとはまったく異なるものだったに違いない。シェナの困惑とも落胆ともつかない先ほどの表情が、エミリアの頭から消えなかった。



   ◇ ◇ ◇



 応急手当を終えたラウルが見張りに立つと申し出た。たしかに、再び襲われる可能性は否定できない。

 エミリアは横になるよう促されたが、とても眠れそうになかった。


 焚き火を見つめながら、今夜の出来事を反芻する。


 きっと法王国は、管理者である自分を抹殺するために暗殺部隊を送り込んできた。姿を消す法衣──あれもおそらく古代の技術だ。

 これまで、法王国は半ば強引に聖遺物を回収していった。やはり古代技術を独占し、その秘密を守るために管理者を排除しようとしているのか。

 だが、それだけではないような気もする。


(あの人たち、管理者のことを知っていた。それにオペレーターのことも。知ったうえで、殺しに来た)


 もしかして、管理者の存在そのものが邪魔なのか──背筋に冷たいものが走る。


 それから──


 エミリアはふと、閃光の直前に見たものを思い出した。


 ラウルの左腕。

 あの瞬間、ラウルの左腕のアザが光った。

 ほんの一瞬。精霊の閃光に紛れてしまうほどの、微かな発光。だが、たしかに見えた。


《クラス照会……オペレーター》


 セレナリアの夜、ラウルの腕に触れた瞬間に聞こえた声が脳裏に蘇る。


(ラウル……あなたのアザ……本当にただの火傷なの?)


 焚き火の向こうで、ラウルは闇を睨みながら杖を構えていた。肩の傷を庇いながらも背筋を伸ばし、仲間を守ろうとしている。

 彼に聞くべきだろうか。でも、今はまだその時ではない気がした。


 エミリアは視線を夜空に向けた。満天の星が静かに輝いている。さっきまであれほどの光に満ちていた空は、何事もなかったかのように深い闇を湛えていた。


 明後日にはガガン族の街に着く。


(まずは……ダールノ様ね)


 法王国の影。シェナの動揺。ラウルの腕。

 抱えるものは増える一方だったが、足を止めるわけにはいかなかった。


 エミリアは毛布を引き寄せると、束の間の休息をとるために目を閉じた。

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