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【第3部更新中】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
精霊使い編

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第70話 影の包囲網

「ラウル。ガガン族の街へ行くわよ!」


 族長会議の翌日。王宮の離れに顔を見せたエミリアは、ラウルやアンナが昨日の結果を尋ねるより早く、そう言い放った。


「ガガン族……?」

「そうよ。あの頑固ジジイに、分からせるの!」

「……?」


 勢いに任せて言ったが、たしかに、いきなりガガン族の街に行くと言ってもラウルには何のことか分かるはずもない。

 エミリアは順を追って説明しだした。


「エミリア……おまえ、精霊を動かせるのか?」


 まずそのことに、ラウルは目を丸くした。

 目には見えない〝精霊〟を見ることが出来るようになり、しかも動かせるようになるとは。これまで、エミリアの力は血脈とは違う何かだとは思っていたが、まさか異国の精霊にまで干渉できるとは──ラウルは、目の前の幼馴染の秘められた力の正体がますます分からなくなった。


 だが今は、そのことは後回しだ。


「それで、乗り込むってわけか」

「そうよ! 私はともかく、姫様が報われないわ」

「でも、エミリアの話のとおりなら、納得させるのはなかなか難しいんじゃないか? そもそも会ってくれるのかな?」

「そうなのよねぇ」


 エミリアは腕を組み、眉を寄せた。

 ラウルがポンと手を叩く。


「精霊を動かせるなら、いっそ街の外にいる精霊を全部集めてみたらどう?」

「えぇ……さすがに怒られないかな? 『精霊に対する冒涜だ!』とか言われちゃいそう」

「その前にビックリして認めるしかなくなるんじゃないか? それくらいやらないと納得しなさそうだし」


 乱暴な方法だが、ラウルの言うことも一理ある。たしかに、あの古老の態度は一筋縄ではいかなそうだった。

 だが、精霊は信仰の対象でもある。そんなことに使っても良いのだろうかという不安が、エミリアの胸の内に染み出す。


「姫様に相談してみるわ」


 エミリアは本宮(ほんぐう)へ戻った。



   ◇ ◇ ◇



「──というわけなんです。姫様」


 エミリアの提案に、シェナはさすがに顔をこわばらせた。仮にも師匠を、悪戯めいた方法──しかも精霊を使ってやり込めることに抵抗を感じたのだろう。


「でも、姫様は精霊の声を信じてイルスレイド王国へいらしたのでしょう? それをお師匠様に認めてもらえないなんて、あんまりです!」


 拳を握りしめ、まくし立てる。とはいえ、自分もこの方法が絶対正しいとまではいえなかった。

 シェナは目を伏せ黙って聞いていたが、やがて静かに顔を上げた。その瞳には迷いではなく、ある種の諦めと微かな光が宿っていた。


「……あの方の頑固さは岩よりも堅いですから。たしかに、普通の方法では岩に風を吹きかけるようなものです」


 そう言うと、ふふっ、と悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「大叔父様の驚く顔……顎髭を逆立てて驚く姿なんて見たことありません。──お姉様、やりましょう。それくらいの〝風〟を起こさないと」


 思いもよらない〝共犯者〟の反応に、釣られてエミリアも笑顔になる。


 やがて、もう我慢できないといった様子で二人は声を上げて笑った。シェナの満面の笑みは年相応の少女に見え、部屋には二人の笑い声が響いていた。



   ◇ ◇ ◇



 二日後、エミリアたちは王都エルマースを出発した。ジルベルトはまだ王都での打ち合わせが残っているため残ることになった。本人は行きたそうにしていたが、官吏たちに王子が不在では打ち合わせにならないと強く引きとめられ、渋々了承していた。


(ジルベルト殿下、来ないのか)


 ラウルは胸の奥で澱のような安堵が広がるのを感じた。

 街へ向かうのは王族や貴族の令嬢、侍女の一団だ。何かあってはいけない。剣を振れる者は一人でも多いほうがよいはずだ。

 いや、そうではない。だからこそ、魔法を使える自分の出番ではないのか──そう自分に言い聞かせた。だが──ふと心が沈む。


(ダメだな、俺ってやつは)


 奥底に滲む浅ましさを自覚してしまった自分に、ラウルは自嘲した。


 一行は、エミリア、ラウル、アンナ、シェナとその侍女たち、そして衛兵数名と、十名にも満たない小規模なものだった。

 だが、ガガン族の街は王都から三日ほどの近郊だ。荒地とはいえ人の往来も多い路で、ラウルの心配をよそに、衛兵たちの間にはリラックスした雰囲気が漂っていた。

 ちょっと出かけてくる──そんな空気すら感じられた。




 ラクダに揺られ、一行はのんびりと街へ進む。荒地と砂漠が折り重なる路とはいえ、ある程度の整備がなされており、思っていたほどの悪路ではなかった。

 たまにすれ違う隊商と挨拶を交わしながら進む道のりは平穏そのものだ。


 やがて日は高く昇り、地表には雲ひとつない空から陽の光が降りそそいだ。皆の額に汗が滲んでくる。

 エミリアが遥か向こうへ視線を向けると、そこには陽炎が見えていた。そのゆらめきの奥に、周囲の景色とは馴染まない黒い滲みのような影が見えた気がした。

 サマルからエルマースへの道中でも度々感じた、あのわずかな違和感だ。


(前もあった気がしたけど……何だろ?)


 エミリアは振り返り、ラクダを並べていたラウルに声をかけた。


「ねえ、ラウル。あれ、見える?」

「え? 何が?」


 だがラウルには、熱波に揺れる荒野があるだけに見えた。何かの痕跡も、敵意も感じ取れない。


「……何もいないぞ」

「嘘、あんなにはっきり──」


 言いかけて、エミリアは言葉を飲み込んだ。ふっと瞬きをした瞬間、その影は陽炎に溶けるように消えていたからだ。


 ラウルは心配そうに眉を寄せ、エミリアの顔を覗き込んだ。


「エミリア、少し陽に当たりすぎたんじゃないか? 顔が赤いぞ。休憩にするか?」

「……いえ、大丈夫よ」


(おかしいわね。たしかに何か見えた気がしたのに)


 これまで様々なものを示してきた自分の〝眼〟だ。今回はただの見間違いというのも逆に違和感がある。だが影は、今は跡形もなく消えている。

 不可解な現象にエミリアは首をかしげた。




 日も傾きだし、一行は小さなオアシスで夜営の準備を始めた。ラウルや衛兵たちは天幕を張り出し、アンナとシェナの侍女たちは食事の支度に取りかかった。


 夜営の準備が整う頃には、辺りはすっかり宵闇に包まれていた。

 砂漠の夜は早い。太陽が沈むと同時に熱気が嘘のように霧散し、辺りをひんやりとした空気が支配する。


 焚き火を囲み、アンナたちが作った温かいスープと堅焼きパンの夕食となった。


「王都から近いし、この辺りは街道の治安もいいから安心だな」


 衛兵の一人がスープをすすりながら緊張感のない声を上げた。他の衛兵たちも「ああ、こんなに近いと遠足気分だ」などと軽口を叩き合っている。


 王都エルマース近郊は王家の威光が行き届いており、警備もしっかり行われているという。盗賊や猛獣の被害もほとんど聞かないらしい。衛兵たちが気を緩めるのも無理はなかった。


「油断は禁物ですよ。何があるか分かりませんから」


 ラウルが真面目な顔で釘を刺すと、衛兵たちは「分かってるって」と苦笑いしながらも、その表情には余裕が漂っていた。

 ラウルはジルベルトがいない分、自分がしっかりしなければと気を張っているようだった。薪を焚き火にくべながら、周囲の暗闇に時折鋭い視線を向けていた。


 その様子を眺めながら、エミリアはスプーンを口に運んだ。スープは美味しいはずなのに、なぜか喉を通らない。胸の奥に小さな棘が刺さっているような違和感が消えなかったのだ。


(あの黒い影……本当に見間違いだったのかしら?)


 昼間の光景が脳裏にちらつく。

 陽炎の向こうに見えた、あの景色に馴染まない影のような滲み。ラウルには見えず、自分にだけ見えたもの。それが意味するものを考えようとするたび、頭の奥でノイズが走るような感覚に襲われる。


「お姉様? 食事が進んでないようですが……」


 隣に座るシェナが心配そうに顔を覗き込んできた。


「え? ええ、大丈夫です。ちょっと考え事をしてただけですので」

「そうですか。明後日に備えて、しっかり休んでくださいね。お姉様の力が頼りなのですから」

「ええ……そうですね」


 エミリアは無理やり笑顔を作ってうなずいた。


 ──そうだ。明後日にはガガン族の街に着く。あの頑固な長老をどう説得するか、今はそのことに集中しよう。

 そう自分に言い聞かせ、残りのスープを流し込んだ。


 食事が終わり、見張りの当番を除いて全員が天幕に入った。

 エミリアも敷物に横たわり、布にくるまった。

 しかし、眠気は訪れなかった。


 天幕の外からは、見張りに立つラウルと衛兵がボソボソと話す声や、薪が爆ぜる音が聞こえてくる。普段なら心地よいはずの音が、今夜はやけに耳障りだった。


 ──ジジジ……


 耳鳴りだろうか。

 頭の芯で、虫の音のような、雑音のようなものが響いている気がする。いつもの『管理者』の声ではない。もっと不快で、粘りつくような低い音だ。


《……告……検知……範囲外……》


 断片的な言葉が脳裏をかすめる。


(何……? 今の──)


 エミリアは身を起こした。

 じっとしていられない。心臓が早鐘を打っている。何かがおかしい。本能が──いや、自分の中にある〝仕組み〟が警鐘を鳴らしている。


 エミリアはショールを羽織ると、そっと天幕を出た。


 外は静寂に包まれていた。

 空には満天の星が輝き、月明かりが砂漠を青白く照らし出している。


 見張りの衛兵は焚き火のそばで座り込み、ラウルは少し離れた岩場に立って外周を見張っていた。


「……エミリア? どうしたんだ、眠れないのか?」


 足音に気づいたラウルが振り返った。その顔には、仲間を守る責任感とわずかな疲労の色が見える。


「ええ、ちょっとね。……変わったことはない?」

「何もないよ。風の音くらいだな。みんなが言う通り、この辺りは平和そのものだよ」


 ラウルは安心させるように微笑んだ。彼の目には、この夜は平穏で静かな休息の時間として映っているのだろう。


 だが、エミリアの目は違った。


 エミリアはラウルの背後、闇が広がる荒野へと視線を向けた。月明かりに照らされた岩陰、枯れ木の根元、砂の起伏──一見穏やかな夜の景色だ。


(──いる)


 エミリアは息を呑んだ。

 昼間見た〝影のような滲み〟がそこにあった。一つではない。あそこにも、ここにも──いたるところに見えた。


 それはまるで、風景という絵画にインクを垂らしたかのように不自然な〝穴〟として存在していた。ラウルが「何もない」と言った空間に、世界から切り取られたような黒い歪みが佇んでいる。


 エミリアがじっと目を凝らすと、その歪みがゆらりと動いた。


 ──人の形をしている。


 風景に溶け込むような──いや、風景そのものに擬態しているような滲みだった。


《警告。至近距離に未確認ユニットを確認》


 脳内で冷徹な声がはっきりと告げた。

 囲まれている。完全に包囲されていた。

 それなのに、ラウルも、衛兵たちも、誰一人として気づいていない。


「ラウル……」


 エミリアの声が震えた。


「どうした? 寒いのか?」

「違うの……起こして。みんなを、今すぐ」


 エミリアはラウルの袖を掴みながら続けた。


「……そっとよ。静かに動いて」

「エミリア……いったいどうしたんだ?」


 エミリアは、闇の中に潜む無数の〝影〟から目を離せないまま乾いた唇を動かした。その声は低く、固かった。


「敵よ。……囲まれてる」

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