第68話 族長会議
到着から数日後。宮殿の最奥の広間は静寂に包まれていた。
広間には繊細に織りあげられた絨毯が並べられ、その奥には国王イルクートが座していた。その脇には各部族の族長たちが居並び、シェナの父であるセムナ族族長ザイードも神妙な表情で目を伏せていた。
手前には、緻密な紋様の織物を羽織った精霊使いの面々が憮然とした表情で座っている。彼らが今から入室する者をけっして諸手で歓迎しているわけではないことは、その空気からも明らかだった。
「それでは、ご入室いただきます」
司会役の官吏が告げると、一同は一斉に扉の方へ目を向けた。訝しむような、値踏みするような冷たい視線が、部屋へ踏み入れたエミリアたちへ突き刺さる。
中央に敷かれた絨毯に、エミリア、ジルベルト、シェナの三人は静かに座った。三人を取り囲むような彼らの配置が、まるで罪人を詰問するかのような異様な雰囲気を醸し出していた。
エミリアはチラリと周囲を見渡し、すぐに視線を伏せた。首筋に冷たい汗が一筋流れ落ちる。
「シェナよ。その方が『導師』であるというのか?」
長老格の族長が、他国の王族であるジルベルトを差し置いてシェナへ問うた。その刺すような口調にはあきらかに疑念がこもっていた。
「ダールノ様、そのとおりでございます。精霊の導きによりイルスレイド王国より来ていただいた、エミリア様とおっしゃいます」
ダールノと呼ばれた長老は白髭に手を当て、険しい表情を見せた。
「シェナよ。その〝精霊の導き〟が真のものである証拠はどこにあるのだ」
シェナが感じ取ったというものをどう証明しろというのだろうか。ダールノの言葉には、端から信用しないという態度が見て取れた。
「精霊が異国の娘を呼び寄せるはずなどありえない!」
「そもそも、おまえは年若い。勘違いではないのか?」
「イルスレイド王国は異教の国。何が分かる!」
他の族長や精霊使いが、堰を切ったように声を上げた。
「みなさま。少々よろしいですか?」
ジルベルトが手を挙げ、彼らの発言を制した。
「ジルベルト殿下、どうぞ」
国王イルクートが応じ、一同に視線を送ると、広間は水を打ったように静まり返った。
「発言の許可、感謝します。私はイルスレイド王国第三王子、ジルベルト・ヴァン・イルスレイドと申します。こちらには王の代理として参っております」
ジルベルトはそこまで言うと一拍息を吸った。
「私の発言は──イルスレイド国王の発言として受け取ってもらって構いません」
その言葉に一同はジルベルトを凝視する。たしかに『導師』の是非はシャリューン王国の内政問題である。だが、今こうして隣国の王族──しかも王の名代が臨席している以上、内輪もめのような態度は見せられない。誰かの咳払いが聞こえ、バツが悪そうに目を逸らす者もいた。
「シェナ姫様は、ここにいるエミリア嬢に何らかの力を感じ、貴国へ招いておられます。その判断が正式なものではないとおっしゃるのですか?」
しばしの沈黙の後、若い族長が手を挙げた。
「恐れながら申し上げます。先般の会議での、シェナ姫様の使節団への同行は、ご自身の信仰心からのご判断でございまして……それを族長会議で追認した形となります」
歯切れの悪い回答だった。隣の壮年の族長が顔をしかめ、舌打ちする素振りを見せた。
「追認……ということは、結果としては正式なものである、と理解してよろしいのでしょうか?」
ジルベルトの追及にダールノが割って入った。
「殿下……シェナ──失礼、シェナ姫のその判断が、申し訳ないが我々精霊使いとしては疑問なのです」
シェナが堪らないといった様子で立ち上がった。
「大叔父様。たしかに、私は精霊使いとしてはまだ若うございます。しかしながら精霊の言葉に嘘はつけません」
ダールノは族長で精霊使いでもあり、シェナの大叔父──つまり王の叔父でもあるのか、とエミリアは白髭の古老を見据えた。それならば、先ほどからの場を支配しようとしている態度もうなずける。
「シェナよ。情と務めを混ぜるな。又姪であろうと力量は別だ。異国に精霊信仰などあるまい。あるなら挙げてみよ。挙げられぬなら──どうして、その者を『導師』と呼べる?」
「それは……」
証明できないものを求められ、シェナは言葉に詰まった。
「ダールノ様。そうは言っても、現実問題として可能性を追い求めるべきでは?」
「いや、ダールノ様の言うとおり。やはり異国の娘が導師などありえない」
「そもそも、シェナ姫様にはご経験が足りないのでは?」
「しかし、シェナ様の力は誰もが認めるところ。それは考えにくい」
またもや、一同が口々に泡を飛ばした。
騒然とした空気に、ジルベルトが軽くため息をついた。
「……失礼。どうやら話が少し逸れているように思えますが」
皆がジルベルトに目を向け、口を閉ざした。
「私は、彼女を導師として〝認定せよ〟と言っているのではありません。──可能性を検証する場を、閉ざすべきではないと言いたいのです」
「……それは、我らの掟が許さん」
ダールノは低い声で応えた。その表情はこれまでとはあきらかに異なり、感情をかろうじて抑えているように見えた。
別の族長が付け加える。
「そうです、殿下。『導師の庵』は聖域。導師と認められた方しか入れません! それが我が国の伝承でございます!」
ダールノが「余計なことを」といった表情でその族長を一瞬睨んだ。ジルベルトはその表情の変化を見逃さなかった。
「『導師の庵』……ですか?」
「……こちらの話です。貴国にも聖域といったものはあるでしょう? 限られた者しか足を踏み入れられない場所です」
ジルベルトの問いにダールノは平静を装い答えたが、その瞳はどことなく泳いでいるようで、あきらかに動揺しているように見えた。
「しかし、『導師』と関係があるのでしょう?」
「と、とにかく……今のままでは導師であることを証明する術はありませんな。それはそちらでお考えいただきたい。では」
そう言い捨てるように切り上げると、ダールノは振り返ることもなく、足早に広間を立ち去った。
残された者たちが困惑した表情で顔を見合わせた。
雑然とした空気の中、イルクートがひとつため息をつき、ジルベルトへ声をかけた。
「ジルベルト殿下、失礼した。代わって謝罪する。ダールノは私の叔父でしてな。まあ、あのとおり信仰心の厚い精霊使いでして」
「いえ、お気になさらず。伝統を重んじることの重要性は、私としても理解できます」
困った顔をしながら言葉を濁すイルクートに、ジルベルトは涼やかな声で応えた。
「とはいえ、みなさまも、エミリア嬢の力の証明が欲しいといったところでしょう?」
「……まあ、そうですな。でないとダールノも首を縦に振りますまい」
イルクートは再び大きなため息をついた。
「ダールノは王都近郊のガガン族の族長。叔父は……あの性格だ。まっすぐ街に帰ったはずです」
結論が出ることはないまま、会議はそのまま散会となった。
◇ ◇ ◇
「なんなのよ、もう! ……あっ、失礼しました」
その夜、宮殿の客間でエミリアは憤慨の声を上げた。だがその瞬間、隣で申し訳なさそうにうつむくシェナに気づき、慌てて頭を下げた。
「いえ……お怒りはごもっともです。大叔父様は、あのとおり非常に頑固な御方ですし。私も、幼少のころに精霊使いの術を大叔父様から学びましたから」
「ということは、お師匠様ということですか?」
「ええ……そうなんです。ですので、大叔父様にとって私は、まだまだ未熟な弟子なのでしょう」
シェナはいつもと変わらない様子で淡々と答えたが、その声音だけがわずかに沈んでいた。
だが、いくら未熟だと思っている弟子の言葉であっても、こうも頭ごなしに拒否されるのはどうにも納得がいかなかった。
何か認めさせる方法はないか──エミリアは腕を組み、しばし思案した。
「姫様。ダールノ様も、精霊が〝分かる〟のですよね……?」
「ええ。私は、大叔父様は国一番の精霊使いだと思っています」
その言葉に、エミリアは小さく息を呑んだ。
ならば──自分の傍らでシェナが精霊の動きを感じ取ったように、ダールノもまた、自身が精霊に与えている〝指示〟を直感的に理解できるはずだ。
エミリアの脳裏におぼろげながらも突破口が見えた気がした。
「姫様。ダールノ様の街へ行きましょう!」
「えっ!? ガガン族の街ですか?」
「はい、そうです。あとは──どうやって力をご理解いただくか、がポイントですね」
結局、精霊の話だ。会議の場で答えは得られない。精霊そのものに答えてもらうしかない──エミリアの中ではすでに結論は出ていた。




