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【第3部更新中】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
精霊使い編

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第67話 雨と精霊

 翌日も休憩のたびに、近くに精霊がいると、エミリアとシェナは〝調査と練習〟を行っていた。


「雨を降らせて」


 光の粒子に向かって指示を出してみる。だが、光は沈黙したままだ。


(これは〝具体的な指示〟じゃないってことね)


 精霊はやはり、具体的に指示を出さないと動かない。雨を降らせたければ、そうなるような指示をしなければならないのか。だが、どういう指示を行えばよいのかは、その仕組みを知らないと分からない。


「お姉様。そもそも雨って、どうやって降るんでしょうね? やっぱり冬になると、火の精霊よりも水の精霊が強くなるのでしょうか?」


 横からシェナが口を挟んできた。


 故郷のイルスレイド王国では初夏にまとまった雨が降る。もし雨が精霊の影響であるならば、シャリューン王国とイルスレイド王国の雨がちな季節が違うことと矛盾してしまう。


「本来この国は、夏は乾燥して、冬は雨がちなんです。でも近年は、夏に突然の豪雨と洪水が起き、冬は干ばつです。雨が降るタイミングがおかしくなっています」


(なるほどね。姫様は〝雨の降り方〟に問題があると考えているのね)


「姫様、ラウルに聞いてみましょう」


 二人は隊に戻った。簡易的に設置した天幕の影で、水筒から水を飲んでいたラウルへ声をかけた。


「ねえ、ラウル。雨ってどうやって降るの?」

「どうした、いきなり」

「この国の近年の異常って、すべて雨に原因がある気がするの。だって、夏に豪雨、冬は干ばつよ。これはこの国の本来の気候とは逆。それに、雨そのものの量が減っているから、空気が乾燥して山火事が多発しているんじゃないかしら」


 シェナも口を挟む。


「私は、精霊が雨に影響を与えていると思うんです」


 ラウルは二人の問いに「うーむ」と顎に手を当て、思考を整理しているように見えた。


「まず雨はな、空に見えない水が溜まるから降るっていわれてるんだ。海から蒸れた水が風で運ばれて、山に当たって上昇する。すると、冷やされて雲になる。それが重くなれば雨となって地表に落ちる。そういったことを研究している学者の書物を読んだことがあるよ」

「でもこの国は、冬は砂漠のど真ん中に雨が降るわ。……本来は」

「それは……冬で少し気温が下がっているから、山に当たる前に冷やされるんじゃないかな」

「なるほど……でも、イルスレイド王国は初夏にまとまった雨が降るわよ。説明がつかないわ」


 久しぶりの学問的なやりとり。天幕の下に屋敷の書庫の薫りが漂ってくるようだ。一国の命運に繋がるがもしれない真剣な話題だが、それでもエミリアの胸は高鳴った。


「俺も気候には詳しくないからな。さすがにそこまでは……」

「じゃあさ、ラウル。もし、精霊が水を運んだりできるとしたら?」

「ええっ!? 精霊が……? それこそ俺じゃ分かんないよ。まあ、運べるかどうかはともかく、精霊が雨に何らかの影響があるか、ってことだよな?」


 ラウルは困惑した様子でエミリアにボヤくと、シェナの方を向いた。


「シェナ姫様。精霊と雨に、何か関係があるとお考えですか?」

「私もそこが知りたいのです。精霊が病んだから今の状況になった、と考えると、では健康な時の精霊は、雨に何を働きかけているのでしょうか?」


(精霊が雨に働きかけている……つまり、この国の気候は、精霊が作用している……?)


 ラウルとシェナの問いかけに、エミリアはふとそんな考えが浮かんだ。しかし、不思議な考えだ。気候を支配する精霊なんて話が大げさすぎてピンとこない。

 イルスレイド王国では気候の変化に精霊の存在が語られることはない。そもそもイルスレイド王国の民にとって、精霊はそこまで身近な存在ではない。


(なんで、シャリューン王国だけなんだろう?)


 そのことはともかく、もし精霊が雨の降り方に作用しているとすると、精霊が壊れたから雨の降り方がおかしくなってしまった──そう考えるのは、たしかに自然なことかもしれない。


 でも、どうやって精霊を〝治す〟のだろう──それが分からなければ、どれだけ見えても何も変えられない気がした。もっとも、精霊が雨に作用する仕組みが分からなければ治し方も分からないだろう。



   ◇ ◇ ◇



 さらに翌日の午後、王都エルマースへ到着した。オアシスを取り囲むように白亜の建物が立ち並び、その中心には荘厳な宮殿が建てられていた。


 使節団の案内で謁見の間に通された。シェナの父──ザイードの兄でもある王は、彼とよく似た面影を持つ人物だった。ザイードと同様に顎髭を蓄えていたが、王という立場からか、弟よりもさらに威厳と精悍さが感じられた。玉座に深く腰掛けた王は、使節団団長からザイードの書簡を受け取った。


「ジルベルト殿下。こちらがシャリューン王国国王、イルクート陛下にございます」


 使節団団長がジルベルトへ紹介すると、ジルベルトは一歩前に出て恭しく礼をとった。


「イルクート陛下。ご尊顔を拝し、光栄にございます。イルスレイド王国、ジルベルト・ヴァン・イルスレイドにございます。このたびの神託祭におきましては、儀式へのご列席そしてバザールの開催と、多大なるご厚情をたまわり、王に代わり厚く御礼申し上げます」


 イルクートは鷹揚にうなずくと軽く手を上げた。


「ジルベルト殿下。遠路はるばる大義でありました。神託祭への協力は両国の友好の証。今後もよしなに頼みます」

「恐縮でごさいます」

「さて……」


 イルクートが側に控えている官吏にチラリと目をやると、官吏は他の者たちを退出させた。

 部屋には王とジルベルト、そしてシェナとエミリアの四名のみとなった。


 臣下たちが退出したのを見計らって、イルクートが切り出した。むしろ、こちらが本題と言わんばかりの様子だ。


「ジルベルト殿下。そちらのエミリアさんのこと、こちらの書簡で拝見した」


 ジルベルトがエミリアにうなずく。

 エミリアも一歩前に出て、深く礼をとった。


「陛下のご尊顔を拝し、光栄に存じます。わたくしはイルスレイド王国、テルネーゼ侯爵家が娘、エミリア・シル・テルネーゼと申します。この度は、こちらにおられるジルベルト殿下の侍女として、返礼使者に帯同いたしました」

「うむ。可愛い姪であるシェナの言うことだ。信じないわけではないが……にわかには信じられんというのが、正直なところだ」


 イルクートがシェナを見ると、彼女は軽くうなずいた。


「陛下。こちらに向かう途中でも、お姉様──エミリア様は、精霊を相手に導師の片鱗を顕現されました」

「なんと……それはまことか」

「はい。族長や精霊使いの皆さまにも、お姉様の力をお見せできたら、必ずや信じていただけるかと」


 イルクートはシェナの言葉に腕を組み、「うぅむ」と眉を寄せる。


「しかし、彼らの中には頑固な者も多いからな……シェナよ、なかなか難しいかもしれんぞ」


 イルクートの表情は浮かない。


「おまえも知ってのとおり、我が国の最高意思決定機関は族長会議だ。私でさえ、立場上おまえの肩を持つわけにはいかん。ザイードさえもそうだ」


 シェナは表情を変えることなく、イルクートの言葉を静かに聞いていた。琥珀色の瞳からは、彼女が何を考えているのか窺い知ることはできなかった。

 しばしの間の後、彼女はイルクートをまっすぐに見つめ、静かに言い切った。


「それでも……私は精霊の声を、信じたいのです」


 その口調は淡々としたものだったが、その中に芯の強さが感じられた。

 イルクートはシェナの言葉に固い決意を感じたのか、やがて諦めたようにひとつ大きなため息をついた。


「……分かった。来週の族長会議は、エミリアさんにも出席いただこう。国外の方を参加させるという例がない形になる。ジルベルト殿下、あなたも同席いただけませんか?」


 だが、イルクートの表情は険しいままだった。


 族長会議──王国内の族長と、王都近郊に住む精霊使いが集まる、シャリューン王国の最高機関。彼らの中には、伝統的な精霊信仰を頑なに守る者も多いという。

 まだ、精霊の全貌は掴めない。自分の力を本当に理解してもらえるのか。かといって、この力をただ見せたところで、信仰に厚い人々の反感を買うだけかもしれない。

 黒い影のような不安が、エミリアの胸の奥で静かに広がっていった。

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