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【第3部更新中】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
精霊使い編

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第63話 姉と呼ばれる者

 あの砂嵐から三日が経った。馬車はシェナの故郷であるセムナ族の街、サマルを目指していた。

 一行は草原の中に佇む小さな池のほとりで休憩することになった。それぞれ、池から水を汲んだり、身体を拭いたりしている。


 馬車を降りると、こわばった身体をほぐすように腕を伸ばした。秋というのにそよぐ風は暖かく、イルスレイド王国とは季節の感覚がまったく異なることが分かる。


「いつもなら、この池はもっと大きいのです」


 シェナが言うには、シャリューン王国は乾季と雨季を繰り返す気候で、雨季となるこの季節は暖かく雨がちなのだそうだ。

 本来このような池は、雨季には多くの水が蓄えられるはずだが、現状は小さく浅いままだと言う。

 

「ほら、あそこに川の跡が見えますでしょう?」


 シェナの指し示す方向を見ると、そこには涸れた川があった。砂や石がむき出しになっているその跡は、もうしばらく水が流れたようには見えない。


「あそこは、雨季には川になるのですが、一昨年前から一度も水が流れていないのです」


 シェナは淡々と説明した。彼女の琥珀色の瞳からは、悲しみも憂いも、まして諦観の色も感じられない。ただ、ありのままを伝えたいという口調だけだった。だがそれがかえって、この国がもう元に戻れないかもしれない歪みを見せているように思えた。




 涸れ川を渡り、しばらく進むと、やがて木々が生い茂り、その緑に寄り添うように土壁の街並みが現れた。サマルの街に着いたのだ。

 街の入口に馬車が止まると、それに気づいた人々があっという間に馬車を取り囲む。シェナが馬車から姿を現すと周囲から歓声が上がった。子どもたちが弾けるようにシェナへ駆け寄り、喜びの声を交わす。


「姫様! お帰りなさい!」

「シェナ様!」

「北の国はどうでした!?」


 子どもたちが次々にシェナに声をかける。はにかむように笑みを浮かべる彼女は、これまでの不思議で神秘的な雰囲気を纏った姫ではなく、年相応の少女に見えた。


 ふと、シェナの周囲に柔らかな光の粒子が集まっているのに気づいた。


「ねえ、ラウル。姫様の周り、何か光ってない?」

「え? 何も見えないけれど……」


 ラウルは眉を寄せた。

 光の粒子は、まるでシェナの帰郷に喜んでいるかのように、ふわふわと軽やかに舞っている。

 アンナに尋ねても、彼女もまた首を傾げた。


(私にしか見えてないの……?)


 シェナが精霊使いだからなのか。それとも自分の力に関係があるのか。だとしたら、なぜ急に見えたのか──疑問が湧き上がる。


「エミリアさん、お疲れ様でした。……どうかしましたか?」


 エミリアの元に歩み寄ってきたジルベルトが、彼女の怪訝な様子を見て尋ねた。


「いえ……何でもありません」


 ほんの一瞬、エミリアは視線を逸らした。


「少し疲れたのかもしれません」

「そうですか。我々はこの後、族長邸へご挨拶に伺います。疲れておられるなら、休ませてもらいますか?」

「いえ、大丈夫です。殿下にお付きします」

「分かりました。あまり無理なさらず」


 シェナとその侍女、そして使節団長の案内で、ジルベルトとエミリア、そして数名の衛兵は、族長──シェナの父とその家族が住む屋敷へと向かった。




 族長邸は街の中心にある重厚な土壁造りの屋敷だった。中に入ると、ひんやりとした空気がどこからともなく漂い、身体を包んだ。屋敷の上部に見えた塔から風を取り込み、それを地下水で冷やしているという。イルスレイド王国にはない、自然をうまく利用した仕組みに驚かされる。


 奥の広間に案内された。様々な色で繊細に織られた絨毯には、セムナ族の族長ザイードとその妻──シェナの両親が座っていた。その左右の壁際にも同じように敷物が並べられ、家族や親族と思しき者たちが座っている。


「おお、シェナ! よく戻った!」


 豊かな顎髭を蓄えた族長ザイードが、シェナの挨拶を待ちきれず満面の笑みを浮かべた。


「お父様、ただいま戻りました」


 シェナも頬を染め、頭を下げる。


 族長の喜色が落ち着いたのを見計らい、使節団長が一歩前に出た。

 胸に手を当て、深く一礼する。


「ザイード様。我ら、イルスレイド王国より、ただいま戻りましてございます。ここにおられますのは、王国からの返礼使者、第三王子ジルベルト殿下にございます」


 静かな声だったが、固い土壁にわずかに響いた。

 ジルベルトが一歩前に出た。


「イルスレイド王国、ジルベルト・ヴァン・イルスレイドにございます。このたびは、シェナ姫様をはじめ、みなさまにおかれまして、儀式へのご列席と、道中において多大なるご助力を賜りましたこと、王に代わり厚く御礼申し上げます」


 ジルベルトは流暢だが芯のある口調で礼をとると、ザイードをまっすぐに見据えた。


「本日はご挨拶と、両国の友誼を改めて確かめるため、こうしてお邪魔いたしました。どうか、しばしの滞在をお許しいただければ幸いに存じます」


 ザイードは顎髭を擦り、広間を一度見渡すと満足げな表情を浮かべた。


「ジルベルト殿下、こちらこそ丁寧な挨拶、痛み入る。王は私の兄。よしなに取り計らうよう書状をしたためておきますので、王都へ持参されるとよいでしょう」

「お気遣い、ありがとうございます」


「シェナ、そちらの方は?」


 ザイードの隣に座る妻イーシャが、エミリアを見てシェナに尋ねた。


「はい、お母様。この方はエミリア様とおっしゃいまして……私が〝お姉様〟と呼ぶべき方だと思っています」


 その瞬間、広間にざわめきが広がった。お互い顔を見合わせ、ザイードも表情をこわばらせた。


「……シェナ。精霊使いが言う〝兄弟〟──その意味で、なのだな?」

「はい、お父様。本当は精霊使いの系譜でいうところの〝お母様〟なのでしょうが、エミリア様はこのとおり、まだお若いので」


〝お母様〟──その言葉に、一同はあきらかに驚愕の反応を示した。広間が水を打ったように、しんと静まり返る。

 誰もが息を呑み、窺うようにザイードの次の言葉を待った。


 ザイードは驚きの表情を浮かべ、思わず立ち上がった。


「な、なんと! つまり……『導師』なのか!」

「はい。そう考えます」


 シェナは淡々と、しかし確信めいた口調でうなずいた。


「信じられん! そのような外の国の女性が導師など!」


 突然、広間の脇から怒声が上がった。黒髪の若者が立ち上がり、拳を握りしめていた。だが、シェナは動じることなく、彼を静かに見据える。


「ハリルお兄様。その〝まさか〟なのです」


 シェナの、ハリルに向けた冷静な声色に、ザイードは一瞬言葉を失った。だが、やがて困惑の表情を浮かべたままハリルを静かにたしなめた。


「ハリル。信じられんのも分かるが、我々は精霊使いではない。こればかりはシェナにしか分からんことだ」


 ザイードに諭されたハリルは押し黙り、乱暴に座った。


「エミリアさんといったね。失礼した。お聞きのとおり、精霊使いは血統ではないのだよ。この国でも数えるほどしかいない」


 ザイードの声に拒絶の色はなかった。むしろ、年の離れた友人に向けるような、穏やかな優しさが感じられた。


「シェナが嘘を言っているようには思えない。精霊使いとして、あなたの中に何かを感じとったのだろう。それを、我々は……否定しない」


 ザイードの様子が、自分の言葉を待っているように見えた。「まずはご挨拶を」と一歩前に進むと、深く一礼した。


「族長様のご尊顔を拝し、光栄に存じます。わたくしはイルスレイド王国、テルネーゼ侯爵家が娘、エミリア・シル・テルネーゼと申します。この度は、こちらにおられるジルベルト殿下の侍女として、返礼使者に帯同いたしました」


 ザイードはうなずくと軽く手を差し出した。本題を、ということだろう。


「族長様。実は……わたくしは『導師』が何なのか、分かっておりません。思い当たる点はあるのですが、それがはたして導師と関係があるといえるのかどうか……」


 思わず視線を落としたが、改めてザイードを見据える。


「しかしながら、みなさまのご様子で『導師』がどれほど大切な存在なのか、多少なりとも理解いたしました」


 ザイードはエミリアの言葉に深くうなずくと、穏やかな笑みを浮かべた。


「エミリアさん。その言葉で十分だ。あなたなら、きっと我々の思いを分かってもらえると思う」


 ザイードはシェナへ視線を向けた。


「そうだ。シェナよ。エミリアさんを『精霊の宮』へ案内してはどうか?」


 父が受け入れてくれたと感じたのか、シェナの表情がわずかに緩んだ。


「はい、お父様。ではさっそく──」

「待て待て。今日はもう遅い。みなさん、長旅で疲れておられるだろう。今夜はゆっくり休んでいただき、明日にしなさい」


 はやる気持ちを見透かされたようで、シェナは照れくさそうに顔を赤らめた。



   ◇ ◇ ◇



 その夜は、族長邸の大広間で歓迎の宴が開かれた。広間には香辛料や香草、焼いた肉の匂いが混ざり合い、歓談の声が満ちていた。

 部族制であるシャリューン王国は、身分の垣根がイルスレイド王国よりも低く、ラウルやアンナなど貴族でない者も参加していた。

 賑やかな広間には──家人が客人をもてなすことに身分の上下は関係ない──そんな温かな空気が満ちていた。


「ラウルさん。これ、とっても美味しいですね!」


 アンナが肉を頬張りながら隣のラウルに視線を向けると、ラウルは族長家の家人に囲まれ、山羊乳酒をたらふく飲まされていた。


「も、もう……大丈夫です」


 ラウルがアンナに懇願するような目を向ける。アンナはクスリと笑みを浮かべると「私もいただいていいですか!」と輪に加わった。


「エミリアさん、導師なんて話があったんですね」


 ジルベルトが杯を傾けながら、エミリアに尋ねた。


「すみません。言い出す機会が無くて……それに、確証も無かったものですから」

「やはり、あの力と関係あるのですか?」

「それも……分かりません」

「ということは、族長がおっしゃった『精霊の宮』で何か手がかりが掴めるとよいですね」

「ええ……」


 杯を口につけると、ブドウから作られたという蒸留酒の甘ったるい香りが鼻腔に広がる。

 ──この国では、導師という存在がひときわ特別なもののようだ。シェナの兄、ハリルが憤慨するのも理解できる。それが分かっているからこそ、シェナもあの場で『管理者』という言葉を出さなかったのだろう。余計にややこしくなるのが目に見えている。


 昼間、シェナの周りに見えた光の粒子。あれがもし精霊だとしたら、それが見えるようになった自分は、やはり導師に関係があるのだろうか。

 そして、管理者とオペレーター、導師と精霊使い。それらが、まったく無関係だとは──どうしても思えなかった。


「あの……」


 声にふと顔を上げると、そこには昼間、怒声を上げたハリルが申し訳なさそうな表情で立っていた。


「……ハリル様」


 その様子に声を漏らすと、ハリルは目の前に座り、頭を下げた。


「エミリア嬢。昼間は本当に申し訳なかった。ついカッとなってしまって……あれから父にも叱られました」

「そんな……とんでもないです。どうか、お顔を上げてください」


 ハリルの表情が緩み、ジルベルトへも頭を下げた。


「殿下。昼間は謁見の場を乱して申し訳ない。お恥ずかしいかぎりです」


「いえ、あなたのお立場も理解できます」

「そう言っていただけるとありがたいです」


 ハリルは姿勢を正した。


「昼間、父も言ってましたが、精霊使いは血統ではありません。選ばれし者だけにその証が現れるのです」


 ということは、親から子、子から孫へと伝わるものではないのか──脳裏に、テルムで見たシェナのアザが蘇った。


「精霊使いは国内に両手ほどしかいません」


 ハリルはまるで精霊使いの面々を数え上げるように指を折った。それだけ数少ないのだろう。


「しかもシェナは、十三歳ともっとも若い精霊使いであるにもかかわらず、国で一、二の力を持つと言われています」


 やはり、あのアザの濃さはそうなのか──テルムで見たあのアザはインクのような濃さだった。


「しかし、それを妬む者が多いのも確かです。なので、シェナにはあまり突飛なことはしてほしくないのが本音です」


 あの静かな姫様が〝突飛な〟行動? すぐには理解できず、ジルベルトと顔を見合わせた。


「シェナは、族長会議で全員が反対する中、自分から使節団への参加を申し出たのです」


 ハリルは、向こうの座で静かな笑みを浮かべているシェナを、複雑な表情で見つめた。


「若すぎる、危険だ、外の国に何の手がかりが、という声が大半だったのですが、あれは『精霊が北の国を示している。これを無視することはできない』と言って、譲りませんでした」


 息を呑んだ。シェナは、国難を解決する何かがイルスレイド王国にある、と若年の身でありながら一人主張していたのだ。その結果が──自分を連れてきた、ということだ。つまり、シャリューン王国中枢の総意ではない。

 これはきっと、一筋縄ではいかないことになる──首筋にヒヤリとしたものが走った。


「明後日にはここを立たれ、王都へ向かわれると伺っています。シェナは、見た目からは想像できないでしょうが、ああ見えて、ひとたび自分はこうだと思い込むと周りが見えなくなるのです」


 ハリルはひとつため息をつくと、エミリアとジルベルトをまっすぐに見つめた。


「あなた方にお願いするのもおかしな話ですが、どうか、シェナのことを見守っていただきたいのです」


 そこには、国内第一の族長の息子、王の甥という立場ではなく、幼い妹を心配する兄の姿があった。


「……承知しました。及ばずながら、尽力いたします」


 エミリアとジルベルトがうなずくと、ハリルは再び深く頭を下げた。

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