表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第3部更新中】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
精霊使い編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/83

第60話 新たな狩人

 法王国、聖都。その中心にそびえる大聖堂の奥深く、窓のない円卓の間には重苦しい静寂が満ちていた。焚き染められた高価な香の匂いが、澱んだ空気にさらに重みを加えている。


 円卓を囲むのは法王国の最高機関である枢機卿会議である。彼らは漆黒の上質な法衣を身にまとい、その表情は聖職者らしい穏やかさと知性を湛えていた。

 だが、ただ一人、枢機卿ロイデンだけが自身の席で小さく縮こまっていた。額には脂汗が滲み、膝の上で握りしめた拳は微かに震えている。


「──報告書は拝読いたしましたよ、ロイデン猊下」


 円卓の上座、司会進行役を務める年配の枢機卿が、穏やかな声で口火を切った。


「イルスレイド王国での一件……誠に、残念な結果となりましたな」

「は、はい……面目次第もございません」


 ロイデンは渇いた唇を震わせ、頭を下げた。


「外交官特権を盾に早々に帰国されたとのこと……賢明なご判断ではありますが、さすがに宗派替えを示唆されてまでの帰国は、いささか聖職者としての気概に欠ける、との声も上がっております」


 同席する他の枢機卿たちが、さも痛ましいといった様子で小さくため息をつく。そこには罵倒も嘲笑もない。あるのは、無能な同僚に対する冷ややかな憐憫だけだった。それがロイデンには何よりも堪えた。


「弁解の余地もございません……すべては、私の不徳の致すところ」

「左様ですか。自覚がおありなら結構です」


 司会役は手元の書類を整え、にこやかに続けた。


「本来であれば教会の権威を傷つけた罪は重く、相応の『贖罪』を求められるところですが……聖下は慈悲深いお方です。ロイデン猊下に挽回の機会をお与えになりました」


 ロイデンが弾かれたように顔を上げた。


「ば、挽回……でございますか?」

「ええ。新たな任地へ赴き、そこで神の威光を示すのです」

「は、はい! 感謝いたします! して、どちらの教区へ?」


 本国への返り咲きは無理でも、どこか地方の豊かな教区であれば──ロイデンの瞳に希望の光が宿る。だが、司会役の口から紡がれた地名は、その希望を無慈悲に打ち砕くものだった。


「マレンデールへ赴きなさい」

「……は?」


 ロイデンは絶句した。マレンデール地方──そこはガルナック帝国とシャリューン王国の国境地帯にある、険しい山々に囲まれた地域だった。教会すらなく小さな集落が点在しているだけの未開の地で、どう考えても布教活動を行う価値すら感じられなかった。


「あ、あのような……地の果てへ、でございますか? それは左遷……いえ、事実上の追放では……」

「異なことを仰る」


 司会役がたしなめるように眉をひそめた。


「かの地には『古の禁忌』が今も息づいていることは猊下もご存じのはず。教会の威信にかけて、決して他国──特に帝国になど渡してはなりません」


 司会役は声を潜め、円卓の全員に聞こえるよう、しかし重々しく告げた。


「聖下からの勅命でございます」


 ロイデンが息を呑む。


「聖下は『マレンデールを〝教化〟せよ。さもなくば、神の元へ』と仰せです」


 シン──と卓上の空気が凍りついた。

 神の元へ──それは事実上の殲滅を意味する。だが、円卓の誰も顔色一つ変えない。神の意志の前では人の命など塵芥のごとく軽いのだ。


「そ、それは殲滅……でございますか?」

「おぉ……枢機卿たる者、そのような言葉は慎むべきですよ」


 司会役は大げさに諸手を広げた。


「まずは〝教化〟でございます。『禁忌』は人が軽々しく扱うものではございません。我らが神の使いが適切に管理すべきもの。それが叶わぬならば……その時こそ、神の元に送るだけのことでございます。……期待しておりますよ?」


 ロイデンは震える手で胸元の聖印を握りしめた。拒否権などない。


「……御意に」



   ◇ ◇ ◇



 会議が終わり、ロイデンは俯きがちによろめく足取りで廊下を歩いていた。マレンデール──未開の地。そこで『禁忌』を探し出し、従わせるか、殺すか。失敗すれば今度こそ自身の命はないだろう。


「お疲れ様でございます、猊下」


 不意に、涼やかな声がかけられた。顔を上げると、一人の男が立っていた。飾り気のない灰色の法衣。感情の読めない瞳。異端審問官、ソルダムだった。


「ソルダム……貴様か」

「マレンデールへの旅路、どうか神の御加護があらんことを」


 ソルダムは胸に手を当て、優雅に一礼した。その慇懃な態度が今のロイデンには死神の嘲笑に見えた。


「……貴様は、どうするつもりだ」

「私は、猊下がイルスレイドに残されました火種──『テルネーゼ家の娘』の処理を引き受けさせていただきました」


 ソルダムは聖職者らしい、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。


「掃除は私の専門ですので」

「……ふん。好きにするがいい」


 ロイデンは吐き捨て、その場を去った。自分はもう、あの小娘に関わっている余裕などない。


 残されたソルダムは、誰もいない廊下で一人静かにつぶやいた。


「小鳥は籠から逃げたようですが……愛らしい羽をむしり取るのは、造作もないことです」


 窓のない、燭台の灯りが足元を照らすのみの薄暗い廊下で、ソルダムの背後の影が一瞬だけ黒い翼のように揺らめいた。


 ──新たな狩人が静かに動き出したのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ