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【第3部更新中】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
王宮編

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第57話 南から来た姫

 神託の儀の翌日。中央広場では、シャリューン王国の使節団に同行してきた隊商によるバザールが始まっており、王都全体が祭の空気に包まれている。


 エミリアは王妃の私室で、窓の外を眺めていた。


(昨夜は本当に……いろいろなことがあったわ)


 枢機卿の最後の言葉が忘れられない。


『またお会いしましょう』


 あの不気味な笑みと底知れない執念。あれが枢機卿の個人的な執着なのか、それとも法王国の意思なのかは分からない。だが、このままでは終わらないという予感が胸の内に澱んでいた。


「エミリアさん、昨夜は本当にありがとう」


 王妃の柔らかな声。


「あなたがいなければ、儀式は失敗していたでしょう。あの子たちもいろいろと備えていたようですが、私としては一番良い形で終えることができたことを嬉しく思います」

「そんな、もったいないお言葉です」


 王妃は優しく微笑んだ。




 夕刻。昨日の儀式の成功を祝う宴席が催された。華やかな装飾に包まれた王宮の大広間は、シャンデリアの光が降り注ぎ、テーブルには色とりどりの料理が並ぶ。各国の使節団が集まり、華やかな衣装が煌めいている。楽団が音楽を奏で、侍女たちが給仕に動き回る。


 エミリアは王妃の後方に控えながら、広間の様子を観察していた。


(みんな、昨夜の騒動を見たわよね……)


 使節団の多くは、エミリアが本物の杖を持ち込み、デルナムと枢機卿が連行された一部始終を見ていた。彼らはあの出来事をどう捉えただろうか。


 王が立ち上がり、杯を掲げた。


「諸君、此度の神託の儀、無事に成功したことを祝おうではないか」


 使節団たちが杯を掲げ、応じる。乾杯の声が響き渡った。立食形式のため、各々自由な場所で歓談を始めた。エミリアは王妃の側に控えた。


 しばらくして、ガルナック帝国の使節団長がライモンドに近づいた。威厳のある男で、その瞳には鋭い知性を感じさせる。


「王太子殿下、神託の儀、見事な成功でしたな」


 その言葉は丁寧だったが、どこか探るような響きがあった。


「我が帝国も、心より祝福申し上げます」


 ライモンドは冷静にうなずいた。


「ありがとうございます。貴国のご列席、光栄に存じます」


 使節団長は杯を傾けながら、さりげなく続けた。


「しかし……あのような波乱があるとは。デルナム卿は第二王子派の重鎮だったと聞きますが」


 その言葉には昨夜の騒動への含みがあったが、ライモンドは表情を変えずに答えた。


「ここだけの話、派閥の問題ではなく法王国の介入の問題なんです」


 ライモンドはあえて仄めかすような口ぶりで答えた。使節団長が興味深そうに目を細める。


「なるほど……我が国も法王国の影響には悩まされておりますので、よく理解できます」


 その視線がソフィアに向けられた。


「妃殿下の儀式の成功、我が国にとっても喜ばしいことです」


 ライモンドがわずかに眉を上げる。使節団長は声を低めた。


「帝国正教会と法王国の関係は複雑ですが……貴国が独自の道を歩まれることを、我が国は期待しております」


 その言葉には、明確な政治的メッセージが込められていた。ライモンドは静かにうなずいた。


「ご理解、感謝いたします」


 使節団長は満足そうに微笑み、杯を掲げた。


「では、今後の両国の友好を祈念して」


 二人は杯を交わした。


 エミリアは、その様子を遠くから見ていた。


(あれは……帝国の使節団長ね)


 エミリアには、二人が何を話しているかは分からない。だが、何か王国の今後の行き先が決められようとしている──そんな予感を覚えた。


 別の一角では、小国の使節団たちが小声で話していた。


「昨夜の騒動、驚きましたな」

「ええ。法王国の枢機卿が国外退去とは……」

「まさか、法王国に対抗する姿勢を見せるとは」

「イルスレイド王国こそ、法王国の影響が大きい国と思っていましたが……意外でしたな」

「だが、法王国をむやみに敵に回すのは危険だ。今後も注視が必要かと」


 彼らの視線が、時おりエミリアに向けられた。


「あの侍女が本物の杖を持ってきたそうだな」

「不思議な娘ですな……」




 王妃とエミリアの元へ、シャリューン王国の使節団が近づいてきた。

 使節団長は顎髭を蓄えた恰幅の良い中年男性で、その隣には琥珀色の瞳を持つあの少女の姿もあった。彼女は周囲を静かに見回している。


「妃殿下の儀式、素晴らしいものでした。あのような神秘的な光景は、我が国の古い伝承を思い起こさせます」


 使節団長が賛辞を送ると、王妃が優しく微笑んだ。


「ありがとうございます。ところで、お連れの方は……」


 王妃の視線が少女に向けられた。使節団長は胸に手を当てて礼をとった。


「大変失礼いたしました。ご紹介が遅れました。こちらは我が国第一の部族であるセムナ族の姫、シェナ様でございます」


 エミリアは思わず息を呑んだ。


(シェナ……この方はシェナ姫というのね。セムナ族……たしかシャリューン王国は王を戴く部族制の国だったわね)


 シェナは静かに礼をとった。


「お初にお目にかかります。シェナと申します」


 その声は静かで、しかし不思議な響きがあった。

 王妃が優しく微笑む。


「シェナ姫様、遠路はるばるようこそいらっしゃいました。昨夜の儀式、楽しんでいただけましたか?」


 シェナは静かにうなずいた。


「はい。とても……神秘的な光景でした」


 その言葉には、何か深い意味が込められているようだった。シェナの視線が時おりエミリアの方を向く。その琥珀色の瞳には、何か言いたげな光が宿っていた。

 エミリアもシェナの視線に気づいた。軽く会釈すると、シェナも小さくうなずき返した。だが、その表情には何か伝えたいことがあるように見えた。


(シェナ姫……やはり、何か感じているのね)


 エミリアは胸の奥に不思議な予感を抱いた。




 宴席が一段落すると、エミリアは少し外の空気を吸いたくなった。王妃に一言断り、中庭に面した回廊へ向かう。


 秋の夜風が心地よい。月明かりが中庭を照らしていた。


 その時だった。


「お姉様」


 背後から静かな声がした。振り返ると、シェナが立っていた。付き人の姿はない。


「シェナ……姫様……」


 エミリアは驚いて姿勢を正した。


(お姉様? 変わった呼び方ね)


 シェナは静かに微笑んだ。


「お姉様には特別な何かがあります。初めてお会いした時から感じていました」


 その言葉に、エミリアの胸が高鳴った。


(あの時……琥珀色の瞳で私を見つめていた……)


「特別な何か……とは?」


 シェナは周囲を窺い、声を潜めた。


「ここでは話せません」


 その表情は真剣だった。


「明日、二人きりでお話ししたいのです。王宮の庭園で、お待ちしています」


 エミリアがうなずこうとした時、シェナが小さく付け加えた。


「昨夜の儀式のことですが──」


 エミリアの心臓が跳ねた。


「お姉様が光を放った時……」


(光を放った……!? やっぱり気づいてらしたの!?)


 シェナの琥珀色の瞳が、まっすぐにエミリアを見つめた。


「精霊たちが騒いでいました」


 精霊──エミリアは息を呑んだ。


「『管理者』だって」


 その瞬間、エミリアの全身に電流が走った。


「『管理者』……!?」


 思わず声が大きくなり、エミリアは慌てて口を押さえた。


(その言葉……あの声が言っていた言葉!)


 シェナは静かにうなずいた。


「私にも詳しいことは分かりません。でも、精霊たちは確かにそう言っていました」


 エミリアの頭が真っ白になった。


「姫様は……精霊の声が聞こえるのですか?」


「ええ」シェナは穏やかに答えた。


「私は精霊使いですから」


(精霊使い……!)


 エミリアは、オルフェンが以前言っていた言葉を思い出した。


『隣国では、精霊と対話できる者がいると伝えられています』


 まさか、本当に存在していたとは。そして、その精霊使いが自分のことを『管理者』だと……


 シェナは優しく微笑んだ。


「では、詳しいお話は明日」


 静かな足音を残して、シェナは廊下を去っていった。


 エミリアは窓辺に立ち尽くした。


 月明かりが中庭を照らし、秋風が木々を揺らす。遠くで宴席の音楽が聞こえるが、それがひどく遠くに感じられた。


(『管理者』という言葉を……他の人、それも異国の姫様から聞くなんて……)


 これまで、あの声、あの言葉は自分の中だけのものだと思っていた。誰も知らない謎の声。だがシェナは、精霊たちが自分のことを『管理者』だと呼んでいると言う。


(これって……一体どういうこと?)


 エミリアは手すりを握りしめた。


(もしかして……私の謎を解く鍵が、シャリューン王国にあるってこと?)


 これまで、この力は血脈とは別のものではないかとうすうす感じていた。だが、こうはっきり言われると、実は精霊由来の力ではないかと思ってしまう。


(明日、シェナ姫と話せば……何か分かるかもしれないわ)


 エミリアは深く息を吐き、夜空を見上げた。


 エミリアは回廊を後にし、宴席へと戻った。まだ祝賀会は続いている。今夜は王妃の傍らで務めを果たさなければ。


 だが──明日、シェナとの会話が新たな扉を開くかもしれない。

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