第52話 教会での攻防
黒服の男たちが一斉に襲いかかってきた。先頭の男が、エミリアの前に立つラウルに向かって斬りかかる。
「スタンクラウド!」
ラウルの詠唱と共に、緑色の霧が先頭の男を包み込んだ──相手を麻痺させ動きを奪う魔法。
「ぐっ……身体が……!」
男の動きが鈍り、膝をつく。しかし、残り四人は止まらない。むしろ、その隙を突くように間合いを詰めてくる。デルナムは保管庫の入口に立ち、冷ややかな視線でこちらを見ていた。
もう一人が続けてラウルに斬りかかる。
「くっ……!」
ラウルは咄嗟に身を捻って剣を交わした。
その瞬間、別の男がエミリアに向かって剣を振り下ろす。エミリアは数歩後ずさり、手にした燭台でそれを受け止めた。
ガキィン!
金属音が響く。衝撃がエミリアの腕を駆け上がり、痺れが走る。
ラウルが視界の端でエミリアの姿を捉えた──エミリアと男の距離が近すぎる。スタンクラウドを使えば、エミリアまで巻き込んでしまう。
「レディアントコイル!」
エミリアに斬りかかっていた男に、光の輪が剣ごと巻き付く。
「何っ……!?」
男はもがき、バランスを崩して倒れた。
「魔導士からやれ!」さらに別の男が叫んだ。残る二人の男がラウルに向かう。ラウルは壁際に走り、そこにあった燭台を掴み取った。
「エミリア、先に行け!」
「でもラウルが……!」
「いいから! 杖を届けろ!」
ラウルが必死に叫ぶ。
エミリアは一瞬躊躇したが、意を決して出口に向かって走り出した。
しかし──
数歩進んだところで、デルナムともう一人の部下が立ち塞がった。
「通さんぞ」デルナムの冷たい声。エミリアは立ち止まり、杖を胸に抱きしめた。
「大人しくしておけば、妃になれたものを」
デルナムの言葉に、エミリアは目を見開いた。
「妃……!?」
「おまえには第二王子妃という道もあった。だが、おまえは王太子派を選んだ」
エミリアの脳裏に、茶会での出来事が蘇る。ルーエン伯爵夫人との対立。王妃の擁護。そして、ジュリアン王子の意味深な言葉。
デルナムが部下に視線を送った。部下がエミリアに斬りかかる。エミリアは燭台でそれを払った。だが、相手は訓練された兵士だ。杖をかばいながら片手で受けるのは難しい。
縦、横、斜め──多彩な攻撃がエミリアに降り注ぐ。
エミリアは必死に燭台を振り回して防ぐ。しかし、防戦一方だ。じりじりと後退を余儀なくされる。
エミリアは、ちらりとラウルの方を見た。
ラウルも二人の男と接近戦を繰り広げている。魔法が使えないほど距離が近く、彼も燭台で必死に応戦しているが、剣に不慣れな彼では分が悪い。徐々に壁際に追い詰めれていた。
(このままじゃ……ラウルが危ない!)
エミリアの胸に焦りが滲みだす。呼吸が乱れ、動きが鈍る。
デルナムはエミリアの表情の変化に気づくと、ニヤリと口角を上げた。その顔が、エミリアの闘志に火をつけた。エミリアは意を決してデルナムに向かって突っ込んだ。
燭台を構え、全力で踏み出す。部下を振り切り、デルナムの懐に向かった。たが、部下が横から体当たりしてきた。
「きゃっ!」
エミリアは体勢を崩す。デルナムが流れるようにエミリアを交わし、その剣がエミリアの燭台に振り下ろされた。
ガキィン!
鈍い金属音と共に、燭台が真っ二つに折れた。
エミリアは勢いのまま床に倒れ込んだ。
「っ……!」
杖が手から離れそうになり、必死に抱きしめる。デルナムがゆっくりとエミリアの前に立った。剣を構え、ゆっくりと振りかぶる。
「ここまでだ」
エミリアは床に座り込んだまま、デルナムを見上げた。それでもあきらめず、膝を立て、デルナムの脇をすり抜けるために立ち上がろうとした。
(間に合わない……!?)
「エミリア!!」
ラウルが叫んだ。
ラウルは燭台で防ぎながらエミリアの元へ駆け寄ろうとするが、男たちに回り込まれて動けない。
デルナムの剣が振り下ろされる。
その瞬間──エミリアの中で、何かが弾けた。
「どいてぇえええっ!!」
エミリアが叫ぶと、その絶叫に応じるかのように、頭の中で無機質な声が響いた。
《緊急防衛プロトコル起動》
エミリアの身体の奥底から、光が溢れ出した。最初は淡い光。それがすぐに眩い閃光へと変わる。光がエミリアの身体全体を包み込んだ。
デルナムの剣が光の壁に阻まれた。
「なっ……!?」
デルナムの驚愕の声。次の瞬間、エミリアを中心に光の波動が爆発的に広がった。聖堂全体が白銀に染まる。目に見えない衝撃波が全方位に放たれ、デルナムは真正面から直撃を受けた。
「ぐあぁっ」
デルナムは剣を持ったまま後方の壁まで吹き飛ばされ、部下たちも次々と吹き飛んだ。一人は壁に打ちつけられ、また一人は衝撃で身体が跳ね上げられ、床に叩きつけられる。ラウルと戦っていた二人の男も衝撃で転倒した。
壁の燭台も次々と倒れ、ステンドグラスに亀裂が走った。
ラウルは男たちの転倒に巻き込まれる形で、結果的に吹き飛ばされることはなかった。
──聖堂が静寂に包まれた。
男たちの呻き声だけが静かに響いている。
光が徐々に収まっていく。
エミリアは呆然と自分の両手を見つめた。身体全体の光は収まったが、掌からはまだ微かに光の粒子が漏れている。
「今の……私が……?」
震える声。全身から力が抜けていく感覚。
刺すような閃光は、ラウルの視界さえ奪った。だが倒れた男たちが盾になったおかげで、光の直撃は避けられた。視界が揺らぎ、白く滲む。近くでは男たちが目を押さえ、まだ呻いている。
強烈な衝撃の余韻が、ラウルの平衡感覚を狂わせていた。頭を押さえ、首を振って視界を正すと、ラウルはまっすぐエミリアへ駆け寄った。
「エミリア! 大丈夫か!?」
「私……何をしたの……?」
エミリアは自分の手を見つめたままつぶやいた。
「すごい……」
ラウルには、まるで光の中位魔法が放たれた跡のように見えた。倒れている男たち、なぎ倒された燭台、ひび割れたステンドグラス。思わず漏らした声には驚愕と、そしてわずかな畏怖が混じっていた。
言葉が続かない。
その時、デルナムが壁を支えに立ち上がった。
「く……馬鹿な……その力は……」
男たちはまだ呻いている。ラウルは素早くその状況を見渡し、エミリアの肩を掴んだ。
「今がチャンスだ! エミリア、行こう!」
ラウルがエミリアの手を引く。
「う、ん……っ!」
エミリアは杖を抱きしめたまま立ち上がろうとしたが、膝が震え、床に沈み込みそうになる。
ラウルがすぐに彼女の肩を抱え、身体を引き起こした。
「行けるか?」
「大丈夫、ありがと」
二人は残る力で倒れている男たちを飛び越え、聖堂を駆け出した。
「ま、待て! 追え! ……ええい、何をしている! 止めるんだ!」
背後でデルナムの怒号が響く。倒れていた男たちがよろよろと立ち上がる気配がした。
男たちを振り返ることなく、教会の外に飛び出て広場へ向かう。すぐに会場の光と歓声が飛び込んできた。
舞台では、今まさにソフィアが神官から杖を受けとるところだった。いよいよ儀式の最終段階──ソフィアによる神託の詠唱が始まろうとしていた。
「まだ間に合うわ!」
「急ごう!」
エミリアの叫びにラウルがうなずく。
二人は杖を抱え、群衆の中へと駆け出した。




