第51話 杖を求めて
二人は光に導かれるまま教会の中を走る。光の筋は教会の奥へと続いていた。最奥には──聖遺物保管庫がある。リハーサル後に杖を保管した場所だ。だが、あの後には誰も近寄っていないし、そもそも封鎖されていたはず──それでも、今はこの光を信じるしかない。
教会内部は薄暗く、松明の灯りだけが石壁を照らしていた。
「エミリア、どこへ!?」
ラウルが息を切らしながら叫ぶ。
「本当に場所が分かるのか!?」
「分かるわ……こっちよ!」
エミリアは振り返らず答えた。
「信じて、ラウル!」
二人は聖堂を抜け、曲がりくねった廊下を駆け抜けた。松明の灯りが揺れ、壁に二人の影が踊る。石造りの床に足音が響き渡る。
(急がないと……! 殿下が偽物の杖を使ってしまう!)
エミリアの胸に焦燥が募る。
今、まさに広場では儀式が進行中だ。神官がソフィアに杖を渡そうとしているかもしれない。一刻の猶予もない。
やがて、重厚な木製の扉が見えてきた。聖遺物保管庫だ。だが──
「誰だっ!」
扉の前に、二人の神官が立ちはだかった。白い法衣をまとい、手には警備用の杖を握っている。
「この奥は許可なく立ち入ることまかりならん!」
神官たちが鋭い声で誰何する。エミリアとラウルは立ち止まった。
(説得している時間はない──)
エミリアはラウルと視線を交わし、小さくうなずいた。ラウルも決意を込めてうなずく。
「ごめんなさい!」
ラウルが両手を構えた。
「レディアントコイル!」
ラウルの両手から黄金の光がほとばしる。光は空中で二本の光の縄に変化し、まるで意思を持つかのように神官たちに飛びかかった。
「うぐっ……!」
「な、何を……!」
光の縄が神官たちの身体に絡みつき、動きを封じた。二人はバランスを崩し、その場に倒れ込む。
「あんたたちにかまってる暇はないんだ!」
ラウルが倒れた神官の腰から鍵束を取り、エミリアに手渡した。エミリアは震える手で鍵を受け取り、扉に差し込む。重い扉がきしみながら開いた。
「ラウル、中へ!」
「分かった!」
二人は保管庫へ飛び込んだ。
保管庫の中は、ひんやりとした空気に満ちていた。大小様々な箱が整然と並び、それぞれに法王国の印が施されている。
光は、神託の杖が収められた箱が置かれていた場所の、隣の箱を示していた。
《対象……特定ユニット「神託の杖」》
無機質な声が脳内に響く。
(あの箱ね……)
「ラウル、この箱の中よ。本物は持ち出されてなかったわ」
「何でここに置いてたんだろうな?」
「さあ。もしかしたら、儀式が終わった後、また本物と入れ替えるつもりだったのかも。ほら、儀式が終わったら、またここに一晩保管するから」
「他の場所では戻す時にバレるからってことか?」
「そうかもね」
エミリアは箱の蓋を開けると──そこには、神託の杖があった。
白銀の杖身。先端に埋め込まれた透明な宝珠。エミリアが見つめると、頭の中に《ステータス確認……特定ユニット》という、あの声が響いた──本物だ。
「本物よ!」エミリアは杖を手に取った。
「よし!」とラウルも拳を握りしめる。
その時、向こうから複数の足音が響いてきた。
「侵入者だ!」
「こっちだ!」
怒号が廊下に響く。松明の明かりが壁に映り、こちらへ近づいてくる。
「来た道は戻れない……!」
二人は保管庫を出ると、来た方向とは逆に走った。
「いたぞっ!」
「待てぇ!」
「逃がすな!」
背後から追手の声が響く。足音が近づいてくる。二人は全力で廊下を駆けた。石造りの廊下が続く。曲がり角を曲がり、また真っ直ぐ走る。息が切れる。足が重い。それでも止まるわけにはいかない。
追手の足音がすぐ後ろまで迫っていた。
「スモークシールド!」
ラウルが振り返り、両手を後方に向けて叫ぶように詠唱した。白い霧の障壁が廊下に展開される。視界を完全に遮る濃密な煙幕の魔法だ。
「うわっ!」
「見えない!」
「くそっ、霧か!」
追手の混乱した声が聞こえる。二人はその隙に距離を稼いだ。
(出口は……どこ!?)
エミリアの胸に焦りが募る。
だが、廊下の先に光が見えた──聖堂だ。
「聖堂よ!」エミリアが叫んだ。
「出口だ!」ラウルが指差す。
聖堂の向こう側に、正面の大扉が見える。
二人は聖堂に飛び出した。ステンドグラスから月明かりが差し込み、床に幻想的な光の模様を描いている。聖堂の中央を横切り、祭壇の脇を抜ける。
(あと少し……! 広場に戻れば、殿下に)
希望が見えた。エミリアの足が速まる。
だが──
「そこまでだ!」
低い声が聖堂に響いた。
二人は立ち止まった。
正面扉の前に、デルナムが立っていた。左右には黒服の部下たちが五人。彼らの手には抜き身の剣が握られ、月光を受けて鈍く輝いていた。
「デルナム卿……!」
エミリアは息を呑んだ。
「エミリア、下がって!」
ラウルがエミリアの前に立ち、両手を構えた。
「今まで少々のことには目をつぶっていたが、これは見過ごせんな」
デルナムが冷笑を浮かべた。
「さあ、杖を渡してもらおうか」
その視線がエミリアの抱える杖に注がれる。
「嫌よ!」エミリアは杖を胸に抱きしめた。
「この杖はソフィア妃殿下のものよ!」
声が震えそうになるのを必死に抑える。
「あなたたちの好きにはさせない!」
「もう一度言う。その杖を置いて立ち去れ」
デルナムが一歩前に出た。
「そうすれば、今回のことは不問としよう。それも聞けないようなら……力ずくで──」
「エミリアには触れさせない!」
デルナムの言葉を遮るように、ラウルが叫んだ。ラウルの指先に黄金の光が集まり始め、魔法陣が浮かび上がる。
(ラウル一人に戦わせるわけにはいかないわ)
エミリアは聖堂の壁際を見回した。長い燭台が立てかけてあるのが目に入った。彼女はさっと駆け寄り、燭台を掴み取った。端を握り、剣のように燭台を構える。
「なるほど、剣の真似事か」デルナムが苦笑した。
「面白い」デルナムは部下たちに視線を送る。
「しょせん子どもだ。さっさと片付けろ」
指示とともに五人の部下たちが扇状に広がり、じりじりと間合いを詰めてくる。月明かりが聖堂の床に長い影を落とす。
「やれ!」デルナムが手を突き出した。
黒服の男たちが一斉に飛びかかった──




