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【第3部更新中】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
王宮編

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第50話 神託の儀

 秋の夕暮れが近づき、王都の空は茜色に染まり始めていた。中央教会前の広場は、王国中から集まった民衆で埋め尽くされていた。


 広場中央には舞台が組まれ、その周囲を取り囲むように観覧席が設けられている。後方の一段高くなった貴賓席には、王族や王国の重臣たちや各国の使節団が陣取り、儀式の開始を待ち構えていた。


 王妃の後に控えていたエミリアは貴賓席を見渡した。そこにはデルナム侯爵や枢機卿ロイデン、そしてベルナードとディアーヌの姿も見えた。ディアーヌは心配そうな表情でこちらを見ていたが、ベルナードは複雑な表情で視線を逸らしていた。


 シャリューン王国の使節団の席に視線を移すと、あの不思議な雰囲気の姫もいた。彼女は時おりエミリアを見つめ、エミリアと目が合うたびに視線を逸らす。


 中央の舞台に目を向けると、舞台中央に据えられた祭壇の前に立つソフィアの姿があった。彼女がまとう白い巫女装束は夕日に照らされ朱に染まり、銀糸で縫い込まれた祈りの文様はキラキラと輝いている。


 広場を埋め尽くす観客たちの興奮が、熱気となって立ち上っていた。


「奇跡が見られるぞ!」

「楽しみだな!」

「王太子妃殿下、お綺麗ね〜」


 期待の声が飛び交う。誰もが、神託の儀の成功を信じて疑わない。


(ついに、この時が来たわ……)


 エミリアの胸に緊張が走った。


(イルダさんは大丈夫かな。兄上たちは無事に救出できたかな)


 朝の出来事が頭をよぎる。イルダの拉致、クロードとジルベルトの救出作戦──だが、今はそれを考えている場合ではない。


(私は、私の役目を果たす。ソフィア妃殿下を絶対に守る)


 拳を握りしめた。


 やがて、鐘が鳴り響いた。

 重く、荘厳な音が広場に響き渡る。観客たちのざわめきが静まり、広場全体が静寂に包まれた。


 教会の扉が開き、神官たちが聖歌を唱えながら列をなして現れた。先頭には四人の神官が、杖が収められた箱を持っている。神官たちは舞台へと進み、整然と並んだ。箱を持った神官たちは祭壇の脇の台へ箱を置き、列に戻る。


 ソフィアは一歩前に出てひざまずき、胸の前で手を組んだ。


 やがて、中央に立つ年配の神官が箱に歩み寄った。箱を静かに開けると、中には神託の杖が納められていた。鈍く輝く白銀色の杖身、先端に埋め込まれた透明の宝珠。

 杖がその姿を現した瞬間、観客から感嘆の声が上がった。


 年配の神官は神託の杖を手に取り、祭壇に歩み寄ると、厳かに祈りの言葉を唱え始めた。


「我ら、聖なる神の御前に集いし者たち──」


 その声が広場に響く。


「──神は自らの血を分け与えるだけではなく、神託によってその力を広め──」


 神官の祈りは続く。


 ソフィアはその間も胸の前で手を組み、目を閉じている。


 エミリアの視線が杖に注がれた。見た目には本物に見えるが──


(あれ……?)


 心臓がとくんと跳ねる。


(声が……聞こえない)


 これまで、見ただけで聞こえたはずの声──『ステータス確認……特定ユニット』というあの無機質な声が、今は何も響いてこない。


 エミリアの全身に冷たいものが走った。


(まさか……あの杖は偽物!?)


 息を呑む。


(いつの間に!? リハーサルの後、教会で厳重に保管されていたはずなのに! それに、今、箱から出したばかりよね!?)


 頭の中で思考が渦巻く。


(今すぐ止めないと……!)


 だが、儀式は始まってしまった。ソフィアが杖を使うまで、あとわずかだ。


 気づけば、エミリアは立ち上がっていた。


「エミリアさん?」


 王妃が小声で尋ねるが、答える余裕はなかった。


「申し訳ありません。少し外します」


 そう告げると、エミリアは貴賓席の後方へと歩き出した。周囲の侍女たちがわずかに驚いた表情を浮かべる。

 観客たちは全員、舞台に釘付けになっている。儀式に夢中で、貴賓席後方での侍女の動きなど誰も気にしていない。


(本物の杖を……取り戻さないと!)


 エミリアは高い台の階段を静かに降りた。



   ◇ ◇ ◇



 広場の一角で、ラウルは儀式を見守っていた。オルフェンも隣におり、二人とも舞台に視線を注いでいた。

 今のところは何も起きてない。だが、最後まで気は抜けない。


 だが、ラウルの目の端に、貴賓席から離れていく人影が映った。


(あれは……エミリア?)


 ラウルの心臓がどくん、と打った。


(なぜこんな時に席を離れるんだ!?)


 そう思った瞬間、ラウルは思わず動き出した。


「ラウル?」


 オルフェンが不思議そうに振り返るが、ラウルは答えずに歩き出す。


(何かあったんだ。間違いない)


 周囲の人々は儀式に夢中で、観客が一人動いたところで誰も気にしない。ラウルは人混みをかき分け、エミリアの後を追った。



   ◇ ◇ ◇



 エミリアは広場の端を抜け、教会へ向かって走っていた。息が切れるが、止まるわけにはいかない。


「エミリア!」


 後ろから声がした。振り返ると、ラウルが駆けてくるのが見えた。


「ラウル……!」


 ラウルは息を切らしながらもエミリアに追いつく。


「どうしたんだ!? なぜ儀式の最中に──」

「杖が……偽物なの!」


 エミリアもまた息を切らしながら答えた。


「偽物!?」


 ラウルの顔色がにわかに陰る。


「それじゃあ、本物は──」

「まだ教会にあるはず! 行くわよ!」


 二人は教会へ向かって駆け出した。




 教会の正面扉は開いており、警備の姿はなかった。儀式のために警備が解かれているのだ。エミリアは迷わず中へ駆け込んだ。ラウルも後に続く。


 教会内部は薄暗く、松明の灯りだけが揺れていた。


(神託の杖よ、あなたの居場所を教えて!)


 エミリアが強く念じた瞬間──


《ナビゲーション起動》


 無機質な声が脳内に響いた。


 エミリアの視界に、足元から保管庫への道筋が淡い光で映りだした。それは、まるでエミリアを導くように廊下を這っている。


「こっちよ!」


 エミリアが躊躇うことなく駆け出す。


「場所が分かるのか!?」


 光の筋が見えないラウルは、驚愕の声を上げながらもエミリアの後を追った。二人は光に導かれるまま、保管庫へと向かって走った。



   ◇ ◇ ◇



 貴賓席では、デルナムが表面上は儀式を見守る姿勢を保っていた。隣に座る枢機卿も、笑みを浮かべながら余裕のある表情だった。

 だが、デルナムはその視線の端で、エミリアが席を離れる様子を捉えていた。


 デルナムの表情がわずかに険しくなる。傍らの従者が静かに近づき、耳元で囁いた。


「閣下、あの侍女が席を離れました」


 デルナムは動揺を押し殺し、低い声で命じた。


「追え。教会には入らせるな」


 従者はうなずき、そっと貴賓席を離れる。


(まさか、気づかれたのか……!?)


 デルナムの胸に焦りが走る。


(いや、大丈夫なはずだ。杖はすでにすり替わっている。今さら本物を持ってきても──)


 しばらくして、別の従者が近づいた。


「閣下、もう一人、若い男が加勢しております」


 デルナムの顔色が変わった。


「何……!?」


 若い男とは──協力者がいるのか? 騎士か貴族か、それとも神官──まさか、裏切り者が? ──デルナムは瞬時に考えを巡らしながらも、平静を保ちつつ静かに立ち上がった。


「失礼する。少々用件がありまして」


 周囲の貴族に小声で告げると、貴賓席を離れた。枢機卿が気づき、視線を交わす。


(本物の在処を知られるわけにはいかない!)


 デルナムは急ぎ足で教会へ向かった。

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