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【第3部更新中】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
王宮編

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第47話 偽りの成功

 王都は祝賀ムードに包まれていた。

 神託祭は秋の収穫を祝う祭りでもある。儀式だけでなく、シャリューン王国の使節団とともにやって来た隊商によるバザールが中央広場で開かれるのだ。二週間に渡って続くこのバザールに併せて国中から行商人や大道芸人なども集まり、王都中がお祭り騒ぎとなる。


 王宮も慌ただしくなる。儀式の翌日には王宮で宴席が開かれ、各国の使節団が祝いの言葉を述べる。その使節団も、この機会に交易協定の見直しや国境警備についての実務を行う。祝祭と外交が入り混じった、王国にとって重要な時期なのだ。




 王宮は、明後日の宴席の準備で忙しかった。侍女たちが忙しなく行き交い、衛兵たちが警備配置を確認している。使用人が花瓶を王宮中に飾り、清掃係が床を磨く。普段とは明らかに違う緊張感が王宮全体を包んでいた。


 エミリアはサラとともに、ソフィア妃の私室で儀式の巫女装束の最終確認をしていた。白い絹の装束は細部まで丁寧に仕立てられ、袖口や裾には銀糸で祈りの文様が刺繍されていた。


「明日、いよいよですね」


 サラが装束を丁寧にたたみながら、緊張した面持ちでエミリアに話しかけた。

「ええ……」エミリアはうなずいたが、胸の奥には焦燥感が渦巻いていた。


 ソフィアは窓辺に立ち、装束を見つめていた。その横顔には不安の色が浮かんでいる。


「リハーサルでうまくいけば、明日も大丈夫よね」


 ソフィアは自分に言い聞かせるように小さくつぶやいた。


「もちろんです」エミリアはできるだけ明るい声で答えた。


「殿下なら絶対にお務めを果たせます」


 だが、心の中では違う言葉が響いていた。


(でも……油断はできないわ)




 午後。リハーサルのため、ソフィアと侍女たち、そして王子たちや一部の重臣たちは中央教会へ向かった。


 教会前の広場には、明日の儀式に備えた祭壇や観覧席がすでに組み立てられていた。大工たちが最終調整をし、装飾を施している。周囲を取り囲むように貴賓席も設けられ、それはさながら古代にあったという闘技場のようだ。

 ──明日、ここが王国中の注目を集める舞台となるのだ。


 エミリアは広場を見渡した。秋の日差しが石畳に降り注ぎ、色とりどりの装飾旗が風に揺れている。平和で美しい光景だった。


(ここで、すべてが決まるのね……)


 少し離れた所にジルベルトを見つけた。彼の表情も普段より硬い。エミリアと目が合うと、彼は小さくうなずいた。


 無言のうちに、二人は同じことを考えていた。


(何かあれば、すぐに動く)




 中央教会の聖堂。重厚な石造りの空間に、午後の日差しがステンドグラスを通して幻想的な光を落としていた。

 聖堂に、杖が収められた箱が運ばれてきた。四人の騎士が箱を担ぎ、神官たちがその周りを取り囲むように歩いている。


 エミリアはその様子を見守った。


(今はまだ本物のはず……でも、枢機卿がどこかで手を出すかもしれないわ)


 立ち会う重臣の中にデルナムもいた。彼は表面上は厳かな表情を浮かべているが、エミリアには彼の目に不敵な光が宿っているように見えた。

 ロイデンの姿はない。「本国から来た使節団長との打ち合わせのため」という理由で欠席したそうだが、それがかえって不気味だった。


 杖は箱から出されると聖堂の祭壇に安置され、神官たちが祈りの儀式を執り行う。詠唱の声が聖堂内に響き、その空気を震わせた。聖堂の壁際に据えられた柄の長い燭台の炎が微かに揺らめく。


 やがてリハーサルが始まった。白い巫女装束をまとったソフィアが祭壇の前に立つ。神官が短い祈りの言葉を唱え、ソフィアに杖を手渡した。

 ソフィアは緊張した面持ちで杖を受け取った。その手がわずかに震えている。


 エミリアは祈るように見守った。


(お願い……うまくいって)


 ソフィアが聖典に記された祈りの言葉を詠唱し始める。その声は最初こそ小さかったが、次第に力強さを増していった。


 杖の宝珠がゆっくりと淡い銀色の光を放ち始めた。


 光は優しく、周囲を包み込むように広がっていく。まるで満月の光のような、柔らかく幻想的な輝きだった。


 その瞬間、エミリアの中であの声が響いた。


『特定ユニット……出力──正常』


 エミリアはホッと小さく息を吐いた。


(今は……まだ本物だわ)


 やがて、ソフィアが詠唱を終えると、光はゆっくりと収まっていった。宝珠の輝きが静まり、聖堂に静寂が戻る。


 一瞬の沈黙の後──


「素晴らしい……」


 王太子派の重臣の一人が感嘆の声を上げた。


「やはり、ソフィア妃殿下は大丈夫だった!」

「明日の儀式も、きっと成功するでしょう」


 安堵の声が次々と上がる。


 ライモンドはソフィアの元へ歩み寄ると、優しく微笑みかけ、「よくやった」と労った。ジュリアンは席で足を組み、皮肉な笑みを浮かべていた。


 ジルベルトがエミリアに近づき、小声で囁いた。


「成功しましたね」

「はい……でも、まだ安心はできません」

「そうです。むしろ今からが危険です。保管室へ移す際に立ち会わせてもらいましょう」




 リハーサル後は、神託の杖は教会の聖遺物保管室へ移されることになる。エミリアとジルベルトも同行を許可され、保管室まで見届けることにした。


 保管室は教会の最奥にあった。松明の灯りが石壁を照らし、影が揺らめいていた。神官が重厚な扉を押すと、ぎぎぃ、と重く軋んだ音を立てて扉が開いた。


 中には、様々な聖遺物が収められた箱が整然と並んでいた。古びた木製の箱、装飾が施された金属の箱、布で覆われた箱──それぞれに法王国の印が施されている。杖の入った箱は、保管室中央の祭壇に安置された。


 エミリアはその様子を見守りながら、疑問が頭をよぎった。


(ここから、どうやってすり替えるつもりなの……?)


 保管室の扉には鍵がかけられ、教会内部はこの後人払いされる。明日の儀式まで誰も近づけないはずだ。さらには、教会の周囲は衛兵と神官で警備されるという厳重な体制だ。


 杖が安置された後、衛兵たちが保管室の状況を確認しようとした。衛兵長が保管室内を調べようと一歩踏み出したとき、神官が静かに制止した。


「お待ちください」


 その声は穏やかだが、有無を言わせぬ威厳があった。


「保管庫にある他の箱は、法王国が管理する聖遺物です。お手を触れてはなりません」


 衛兵長は困惑した表情を浮かべた。


「しかし、警備のためには──」

「法王国の取り決めです。聖遺物には神官以外が触れてはなりません」


 神官の毅然とした態度に、衛兵長は渋々うなずいた。仕方なく、衛兵たちは壁面や扉の周辺のみを調べ、異常がないことを確認した。


 その後、保管室は施錠され、教会は閉鎖された。周囲には神官と衛兵が警備につき、誰も近づけないよう厳重な体制が敷かれた。




 王宮へ戻る馬車の中で、ジルベルトがエミリアに尋ねた。


「エミリアさん。先ほどの件、どう思いました?」

「神官が聖遺物の箱に触らせなかったことですか?」

「ええ。たしかに言われてみればそうなんですが、もし、その聖遺物の箱の中に何か仕掛けがあったとしても、確認できませんよね」

「そうですよね」エミリアはうなずいた。

「でも殿下、どうやってすり替えるつもりなんでしょう?」


 エミリアは首を傾げた。


「保管室は施錠されて、周囲も警備されているのに」


「分かりません……」ジルベルトは窓の外を見た。


「だが、何か手があるはずです。明日の儀式直前にすり替えるつもりなのか……」


 二人は困惑しながら王宮へと戻っていった。


 馬車の窓から、夕焼けに染まる王都の街並みが見えた。人々は明日の神託の儀を楽しみにしているだろう。誰も、その裏に潜む陰謀には気づいていないのだ。



   ◇ ◇ ◇



 その頃、王宮の廊下をイルダが焦った様子で歩いていた。その表情は険しく、知り合いの侍女に声をかけられても応じることはなかった。


(リハーサルが成功した……)


 イルダの胸には不安と焦りが渦巻いていた。嫌な予感ばかりが浮かんでくる。


(このままソフィア妃殿下が明日の儀式に成功すれば、王宮内での発言力はさらに高まるわ。そうなれば、妃殿下と仲の良いエミリアが第二王子妃になる可能性が……)


 母の言葉が頭の中で響いた。


『デルナム卿を頼りなさい』


(そうだわ……デルナム様に相談しなければ!)


 イルダはデルナムを探し始めた。侍女仲間に尋ねると、「デルナム卿は執務棟におられますよ」との答えが返ってきた。


(よかった……)


 執務棟──王宮の一角にある重臣たちの棟。ここは、王宮に出入りする重臣たちがちょっとした業務や打ち合わせを行うための小部屋がいくつかある棟だ。


 イルダはデルナムの部屋に着いた。しかし、扉の前で立ち止まった。中から声が聞こえてきたのだ。


 イルダは躊躇した。


(お客様がいらっしゃる……でも)


 時間がない。躊躇している場合ではない──意を決してノックしようと手を伸ばした瞬間、扉の向こうから会話が聞こえてきた。


「計画どおりですな」


 それはデルナムの声だった。

 イルダは思わず手を止めた。息を殺し、扉の隙間に耳を近づけた。


「ええ。夏の間に本国で仕上げました。一見では本物と見分けがつきませんよ」


 相手は誰か分からない。


「素晴らしい。しかし、杖をどうやって入れ替えるのです?」

「保管室も、少々……手を加えてあります」

「と、いうと?」

「保管室には法王国管理の聖遺物が収められた箱がいくつもあります。その中の一つに隠し通路を仕込んでおきました」

「通路……ですか?」


 杖を入れ替える? ──イルダの心臓が激しく打ち始めた。


「ええ。箱の底に穴をあけ、地下通路と繋げました。この通路は王都の地下水路と繋がる昔の避難路でしてね。使われなくなった今では塞いであり、存在を知る者は教会でもごくわずか。今夜、部下がそこから侵入し、杖を入れ替えます」


 イルダは息を呑んだ。


「儀式が失敗に終わった後、元に戻しておけば証拠も残りません。なにせ、儀式終了後は一晩教会で保管された後、翌朝に王宮へ戻される通例ですからな」

「なるほど。後から調べても杖は本物。失敗は妃殿下のせい、というわけですな」


 笑い声が聞こえた。


 イルダは扉の前で、驚愕のあまり全身が震えた。


(儀式を……失敗させるつもり!?)


 頭の中が真っ白になる。

 まさかこんな陰謀が計画されていたとは。でも、失敗の方が、自分にとっては都合が良いのでは。いや、それでも杖をすり替えるなんて犯罪ではないのか──いろんな考えが頭の中に浮かんだ。


 ──これは聞かなかったことにしよう。そう思い、音を立てないように後ずさった瞬間──


 ガタッ。


 扉の横の花瓶台に腕が当たり、音を立ててしまった。


 中の会話が止まった。


「誰だ!」デルナムの鋭い声。


 イルダの顔から血の気が引いた。

 扉が勢いよく開かれた。


 立ちつくすイルダの前に、従者らしき男たちが現れた。瞬間、イルダが部屋の中に視線を向けると、中にはデルナムと顎髭を蓄えた黒法衣の男が見えた──あれは、たしか枢機卿?


 デルナムは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに冷たい笑みを浮かべた。


「これはこれは……ローエン卿のご息女ではないか」


 イルダは震える声で答えた。だが、言葉が続かない。


「わ、私は……ただ、お話を……」


 デルナムは視線で従者に合図を送った。従者がイルダの背後に回り込み、突然イルダの口を塞いだ。


「んんっ!」


 イルダがもがくが、別の従者が彼女の腕を掴む。がっちりと押さえつけられ、抵抗できない。


「厄介なことになりましたな……」デルナムが舌打ちした。

「まあまあ、対応は儀式の後で考えましょう」枢機卿がなだめる。

「……そうですな。おい、ひとまず屋敷へ運べ」


 デルナムは従者たちに命じた。


 従者が小瓶をイルダの鼻先に近づけた。イルダは甘ったるい匂いを感じたかと思うと、視界がぼやけ、意識が遠のいていく。


(誰か……助けて……)


 イルダの意識はそこで途切れた。



   ◇ ◇ ◇



 夜。エミリアの部屋。エミリアはベッドに横たわっていたが、眠れなかった。明日の儀式への不安と、デルナムたちの陰謀への警戒が頭から離れない。


(明日……すべてが決まる)


 エミリアは拳を握りしめた。


(絶対にソフィア様を守らなくては……)




 その頃、王都の街は祝賀ムードに包まれていた。


 広場周辺の通りには早くも露店が並び、人々が明日の儀式を楽しみにしている様子が見えた。酒場も夜通し盛り上がる勢いだ。


「明日は盛大な奇跡が見られるぞ!」

「楽しみね!」


 人々の期待の声が夜の街に響いていた。



   ◇ ◇ ◇



 深夜。中央教会の聖遺物保管室。教会の周囲は衛兵と神官が警備しており、誰も近づけない。松明の灯りが石壁を照らし、衛兵たちが定期的に見回りをしていた。


 しかし、保管室の中──法王国管理の聖遺物が収められた箱の一つが、カタリと小さな音を立てて開いた。

 中から、黒ずくめの男が現れた。男は周囲を確認すると、隣の箱を静かに開けた。

 そこには、神託の杖とそっくりな杖──偽物が収められていた。宝珠も、形も、装飾も、本物と見分けがつかないほど精巧に作られている。


 男は本物の杖が収められた箱へと近づいた。封印を解除する術式をつぶやくと、封印が静かに解けた。箱の蓋を開けると、中には本物の神託の杖が安置されていた。


 男は手慣れた様子で杖を取り出し、偽物と入れ替えた。偽物を本物の箱へ、本物を偽物の箱へと収める。


 男は隠し通路が仕込まれた箱へと戻った。


 ──保管室は何事もなかったかのように眠りについた。

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