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【第3部更新中】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
王宮編

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第46話 琥珀色の視線

 初秋の朝。王宮の中庭に、いつもとは違う喧騒が広がっていた。

 エミリアは廊下の窓から下を見下ろし、その光景に目を見張った。中庭が続々と到着する馬車で埋め尽くされている。各国の紋章を掲げた旗が秋風になびき、衛兵たちが整列して厳かな雰囲気を作り出していた。

 神託祭を来週に控え、各国の使節団が到着したのだ。


「エミリア様、準備はよろしいですか?」


 隣を歩くサラが声をかけてきた。彼女もいつもより少し緊張した面持ちだ。


「ええ。でも……すごい数ね」

「今日からしばらく忙しくなりますね」


 サラが小さく息を吐く。エミリアもうなずいた。


(いよいよね……)


「ええ。でも……油断はできないわ」


 エミリアは小声でつぶやき、窓の外に視線を戻した。


 デルナムと枢機卿の陰謀。偽の宝珠。神託の儀の夜に開かれるパーティー。全ての断片がまだカチリとはまらない。


(あと一週間……時間がない)


 エミリアとサラは急いで階段を降り、接待の準備が整った広間へと向かった。広間では、他の侍女たちが慌ただしく動き回っていた。


「では、今日の流れを再確認しますわね。まず謁見があって、それから客室へのご案内──」


 リーダーのマリアンヌが指示を出す。


「夕方には、客室へお茶とお菓子を。それから──」


 マリアンヌの言葉が続く中、エミリアはもう一度窓の外を覗いた。

 シャリューン王国の馬車が中庭に入ってくる。エキゾチックな装飾が施された馬車だった。精霊信仰の国らしく、自然をモチーフにした意匠が施されている。扉には木々や鳥、そして不思議な文様が刻まれていた。

 使節団の長──顎髭を蓄えた恰幅の良い中年男性が降りてくる。続いて数名の側近たちが続いた。そして、最後に一人の少女が馬車から降りてきた。


 エミリアは思わず息を呑んだ。


 年の頃は十代前半だろうか。小柄で華奢な体つき。青や橙、深紅の糸で織られた、複雑な幾何学模様の衣装を身にまとっている。フードの付いたショールが秋風に揺れ、腕や指、額には銀細工の装飾品が輝いていた。

 イルスレイド王国とは全く違う装いの少女は、黒褐色の髪や琥珀色の瞳と相まって、どこか神秘的な雰囲気をまとっていた。


 少女は周囲を物珍しそうに見回している。その視線がふと、窓の方へ向けられた。


 ──目が合った。


 琥珀色の瞳がエミリアを捉える。エミリアは一瞬、時が止まったような感覚を覚えた。少女は不思議そうな表情を浮かべ、じっとこちらを見つめていた。


(何……?)


 少女が自分の内側を見透かしているような気がして、エミリアの胸の奥はざわめいた。


「エミリア様?」


 サラの声に我に返る。視線を戻すと、少女はすでに使節団に促され、王宮の中へと入っていくところだった。


「あの……あの子は?」


 エミリアが尋ねると、サラは首を傾げた。


「分かりません。使節団の方のご家族でしょうか?」


「そう……」エミリアは窓の外を見つめた。少女の姿はもう見えない。


(何か……特別な雰囲気を感じた。何なんだろ……)


「さあ、エミリア様。始めましょう」


 サラに促され、エミリアも準備に取りかかった。


 続いて、ガルナック帝国の使節団が到着した。重厚な黒い馬車。帝国の紋章が金色に輝いている。シャリューン王国の馬車とは対照的に、実用的で力強い印象を受けた。使節団の長が降りてくる。威厳のある壮年の男性だ。続いて、数名の帝国貴族や学者風の人物たちが降りてきた。


「ガルナック帝国……」エミリアはつぶやいた。


 サラが小声で応じた。


「血脈よりも実力を重んじる国ですよね」

「ええ。法王国とは仲が良くないとも聞くわ」


 エミリアは使節団の様子を観察した。イルスレイド王国や法王国とは明らかに異なる雰囲気。学術的で理知的な印象を受ける。洗練された立ち居振る舞いだった。


 やがて、王と王妃への謁見が始まった。エミリアたちは広間の脇に控え、静かに見守る。


 まずシャリューン王国の使節団が礼をとり、続いてガルナック帝国の使節団。さらに他の国々の使節団が挨拶をした。

 最後に、白い法衣をまとった法王国の使節団の挨拶となった。ロイデンではない、別の黒法衣の枢機卿が王に礼をとる。法王国──教会は、神託祭においては王国とともに開催する側であるため、使節団は小規模だ。

 表面上は和やかな雰囲気だが、エミリアには何か探り合うような緊張感が感じられた。


 神託祭は、エミリアに限らず王国民であれば知らぬ者はいない祭だ。各国から使節団が来ることは知っていたが、まさかこれほどの規模とは。

 もはや王国だけの話ではない。国際的な注目を集めている。この儀式の成功がどれほど重要なのか──エミリアは改めて実感した。




 昼下がり。侍女たちの控室は使節団の話題で持ちきりだった。


「シャリューン王国の使節団、異国情緒がありましたわね」

「あのお嬢様は誰かしら?」

「分からないけど、とても神秘的な雰囲気でしたわ」


 侍女たちが次々に口を開く。エミリアも紅茶を飲みながら会話に耳を傾けていた。


「帝国の使節団も、なんだか威厳があったわね」

「帝国は法王国とは仲が良くないって聞くわ」

「そうなの?」

「ええ。たしか、聖典の解釈を巡って対立してるらしいのよ」


 サラが隣に座り、小声で話しかけてきた。


「エミリア様、大丈夫ですか? お疲れのようですが」


「ええ、大丈夫よ」エミリアは微笑んで見せた。だが、心の中では焦りが募っていた。思っていた以上に政治的な意味合いが強い気がする。そして、デルナムと枢機卿の陰謀がその裏で進行している。


(それなのに、私は真実を掴めていない……)


 証拠がない。憶測だけでは誰も動かせない。エミリアは唇を噛み締めた。




 夕方。エミリアは使節団の接待のため、客室のある廊下を歩いていた。お茶とお菓子を載せたトレイを手に、シャリューン王国の客室へと向かう。


 客室の前まで来たとき──扉が開いた。

 中から、あの少女が出てきた。


 エミリアは思わず足を止めた。少女も、エミリアを見た瞬間に立ち止まる。ショールや装飾品を外した少女は、まだあどけなさが残る顔立ちだった。

 だが、エミリアを驚いたように見つめる琥珀色の瞳は、まるで吸い込まれそうなほどに神秘的な雰囲気を漂わせ、エミリアは思わず息を呑んだ。


(また……この感覚)


 エミリアの胸の奥がざわめく。


 少女が何か言いたそうに口を開きかけた。だが、言葉にならない。


「あの……何か?」


 エミリアが尋ねると、少女は小さく首を振った。


「いえ……」


 その声は小さく、か細かった。だが、その瞳は依然としてエミリアを見つめている。まるで言葉にできない何かを感じているような表情だった。


 そのとき──


「姫様、お戻りください」


 客室から、シャリューン王国の侍女らしき女性が現れた。異国の衣装を身にまとい、少女と同じような雰囲気を持っている。


(姫様……?)


 エミリアは驚きで目を見開いた。


(この子……お姫様なんだ……)


 シャリューン王国の王族。それも、わざわざ神託祭のために王都まで来るほどの重要な人物。

 部屋への戻り際に少女は振り返り、もう一度エミリアを見た。その琥珀色の瞳には何かを確かめようとするような光が宿っていた。彼女は侍女に促されて客室へと戻っていった。


 エミリアはその場に立ち尽くした。


(今の……なんだったの?)


 姫が何かを感じ取っていたのか? なぜ? ──エミリアは困惑した。


(あの姫様は……私の中に何を感じたの?)


 もしかして、自分の謎の力と関係があるのだろうか。初めて会う異国の姫が? ──だが、今はそれを確かめる余裕はない。まずは、神託の儀を無事に成功させなければ。


 エミリアは深く息を吸い、客室のドアをノックした。




 夜。大広間で盛大な晩餐会が開かれた。

 魔導灯のシャンデリアの光が輝き、豪華な料理が並んでいる。楽団が優雅な音楽を奏で、各国の使節団がイルスレイド王国の文化を称賛する社交辞令を交わしていた。

 王や王妃をはじめ、三人の王子たちや王太子妃ソフィアが上座に着席している。エミリアは王妃の後ろに控え、静かに晩餐会の様子を見守っていた。


 シャリューン王国の使節団へ目を向けた。あの姫も同席している。姫は時折、エミリアの方をちらりと見た。だが、エミリアと目が合うとすぐに視線を逸らす。まるで、何かを確かめようとしているような様子だった。


(あの姫様……やっぱり、私の何かを感じているのかしら)


 ガルナック帝国の使節団長が王と会話している。


「初日の神託の儀、大変楽しみにしております」

「我が国の伝統ある儀式です。そう言っていただけると嬉しいものですな」


 王が穏やかに応じる。使節団長の視線がソフィア妃に向けられた。彼は何か含みのある微笑みを浮かべていた。


(各国の使節団が妃殿下に注目している……)


 他の席に視線を移すと、他の使節団同士も会話が盛り上がってた。たが、そこには何か探り合いの色が窺えた。




 晩餐会の後半は立食パーティーとなり、各自、隣の広間へ移動した。音楽は軽快なものに変わり、それに合わせてダンスに興じる者、酒や会話を楽しむ者──先ほどよりもリラックスした雰囲気に包まれている。


 その一角。ガルナック帝国の使節団が小声で会話を交わしていた。


「ソフィア妃殿下といえば、例のノルウェステン公の……」


 髭を蓄えた貴族が周囲を窺いながらつぶやいた。


「そうですな。当時、ご縁談には帝国でも懸念する声が多かった」使節団長がうなずく。

「ノルウェステン公国をはじめ、北方諸国は我が帝国の〝裏庭〟でございますので」側近が付け加えた。

「イルスレイド王国は法王国側。血脈信奉の国ですからな」髭の貴族も続けた。


 使節団長がソフィアの方へ目をやり、つぶやいた。


「だが、皇帝陛下は最終的に『脱血脈主義』の可能性に賭けられたのだ」

「そのためにも、まずは儀式の成功で妃殿下のお立場が盤石となることが肝要かと」別の側近が同意する。

「橋頭堡というやつですな」髭の貴族がうなずく。


 使節団長は静かに笑い、うなずいた。まわりも静かに微笑んだ。会話は、晩餐会の喧騒に紛れて誰の耳にも届かなかった。




 晩餐会が終わり、エミリアは自室へと戻った。窓を開けると、秋の夜風が頬を撫でた。


 各国の使節団が集まり、王宮は華やかな雰囲気に包まれている。だが、その裏では各国の思惑が交錯し、デルナムや枢機卿の陰謀も渦巻いている。さらには、シャリューン王国の姫──あの琥珀色の瞳を持つ少女の眼差し。


 エミリアは窓枠に手を置き、空を見上げた。


(あの姫様は……私の中に何かを感じたのかもしれないわね。でも、今はそれを確かめる余裕はないわ)


 まずは、神託の儀を無事に成功させなければ。ソフィア妃殿下を守らなければ。


 エミリアは拳を握りしめた。

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