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【第3部更新中】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
王宮編

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第45話 まさかの拒絶

 初夏の日差しが王宮の廊下に差し込んでいる。窓の外では若葉が風に揺れ、鳥たちが爽やかな声でさえずっていた。

 エミリアは廊下を歩きながら、耳に飛び込んでくる会話に神経を尖らせていた。


「神託祭、楽しみですわね」

「ええ。儀式が成功すればライモンド殿下の地盤は盤石になりますわ」


 王太子派と思われる侍女たちが、給仕室の前で立ち話をしている。


「ソフィア妃殿下が見事に儀式を成功させれば、反対派も黙るしかないでしょう」

「そうですわね。楽しみですわ」


 エミリアは二人の前を通り過ぎた。今度はその先の廊下の角から、男たちの声が聞こえる。


「もし儀式が失敗すれば、ジュリアン殿下擁立の気運が高まりますな」

「ああ。血脈の薄い方ではやはり神に選ばれないということだ」


 反王太子派と思しき貴族だった。彼らは歪んた笑みを浮かべながら派閥の話をしていた。


 エミリアは足を速めた。胸の奥で焦燥感が渦巻いている。


(この儀式はもう、ただの儀式じゃない。王国全体の未来がかかっている……)


 各陣営はもはや隠そうともしていなかった。神託の儀は完全に政治的なイベントと化しているのだ。もし儀式が失敗したら、ソフィア妃は不名誉な扱いを受け、王太子派は大きく後退するだろう。


(私の得た情報は、絶対に無駄にできない)


 エミリアは自室へ急いだ。

 部屋に戻ると机の上に手紙が置かれていた。ラウルからだ。封を切り、急いで中を確認する。


『エミリアへ

 信仰の勉強はいかがですか?

 信心に目覚めたメイドは、今日もつつがなく信仰について学んでいます。

 信心深い貴族のもとへは立派な神官が訪れ、直接ありがたいお話が聞けるとのこと。信仰の道を志す者にとってはうらやましい話ですね。また、儀式の夜にはお祝いが開かれるようで、こちらもなかなか興味深いです。

 あなたも静かに勉強に励んでください。──ラウル』


 エミリアは手紙を握りしめた。ラウルはあいかわらずボカして書いてくれている。やはり、いつどこで見られるか分からない。これくらい慎重な方がいい。


(アンナは無事なのね……! で、デルナムと枢機卿は屋敷で会っている。それに、神託の儀の夜に……パーティー?)


 わざわざ神託の儀の夜にパーティーとは。これは祝勝会のつもりなのだろうか? だとしたら、儀式を確実に失敗させる準備は整ったということか?


 しかし、証拠がない。これまでの断片的な情報と憶測だけでは誰も動かせない。


(どうすれば……)


 エミリアは窓の外を見つめた。庭園では侍女たちがのんびりと散歩を楽しんでいる。平和な光景だった。だが、その裏では陰謀が渦巻いている。


(ジルベルト殿下に報告しないと)




 夕方、図書館の一角でジルベルトと会うことにした。人目を窺いながら奥の閲覧室へと向かう。


「殿下、ラウルから手紙が届きました」


 エミリアは手紙の内容を伝えた。デルナム邸への枢機卿の訪問、神託の儀の夜のパーティー。それと、里帰りで得た情報──偽の宝珠の件も話した。


 ジルベルトは真剣な表情で聞いていた。


「デルナム侯と枢機卿が繋がっているのは確実ですね」

「ええ。宝珠をすり替える計画もほぼ確実だと思います。準備も整っているのかもしれません」


「でも……」とエミリアが表情を曇らせる。


「証拠がない、ということですね」ジルベルトは唇を噛んだ。


「たしかに、憶測だけでは誰も信じてくれません。特に、デルナム侯は第二王子派の中心人物です。軽々しく告発はできません」


 二人は沈黙した。閲覧室に重苦しい空気が流れる。


 やがて、ジルベルトがゆっくりと顔を上げた。


「……兄上に報告しましょう」

「王太子殿下に?」

「ええ。もうこれは、私たちだけで解決できる問題ではありません。兄上に報告するべきです」


 大丈夫なのだろうか──エミリアは微かに不安を覚えた。だが、他に頼れる人物はいない。二人は翌日、王太子ライモンドに報告することを決めた。




 翌日の午後、エミリアとジルベルトは王太子の執務室の前に立っていた。重厚な扉の前で、エミリアの心臓が激しく打っていた。いつのまにか掌が汗ばんでいることに気づく。


 ジルベルトが優しく声をかけた。


「大丈夫。兄上はきっと理解してくれますよ」


 その言葉に、エミリアの心がほんの少し和らぐ。


 扉が開いた。中では、ライモンドが机に向かって書類に目を通していた。


「どうした、ジル。ここに来るなんて珍しいな。王庫からの小遣いが足りなくなったのか?」


 ライモンドは茶化すような口調で微笑んだ。だがジルベルトの真剣な様子を見ると、すぐにその表情を引っ込めた。


「兄上、重要な報告があります」


 ジルベルトが一歩前に出た。エミリアも後に続く。ライモンドは書類から目を離し、二人を見つめた。その瞳には感情が見えない。


「話せ」ライモンドが冷たく言い放つ。


 ジルベルトは、デルナムと枢機卿の繋がりや宝珠のすり替えの可能性について説明した。エミリアも補足する形でラウルやアンナからの情報を伝えた。


 ライモンドは腕を組み、表情を変えずに聞いていた。いったい何を考えてらっしゃるのか──エミリアはその様子に思わず背中がこわばった。


 報告が終わると、しばらく沈黙が続いた。


 エミリアがちらりとジルベルトの様子を見ると、彼の拳は固く握られていた。自分と同じように、彼もまた緊張の中にいるのか──エミリアは唇が乾くのを感じた。


「証拠は?」


 しばしの沈黙の後、ライモンドがジルベルトに尋ねた。たが、その声は氷のように冷たかった。


「まだ確たる証拠は……」

「憶測で騒ぎ立て、儀式の前に混乱を招くつもりか」


 遠慮がちに答えたジルベルトの言葉を遮るように、ライモンドがジルベルトを問い詰める。その硬い声色に、エミリアの背筋に冷たいものが走った。


「しかしながら殿下! このままでは──」


 エミリアは思わず口走った。


「侍女は侍女の務めに専念せよ。政治に口を出すな」


 ライモンドはエミリアを冷たい目で見据えた。その一言が、エミリアの胸に突き刺さった。──言葉が出なかった。


「兄上……」

「おまえもだ、ジルベルト。王子として自覚を持て。憶測に基づいた報告で、私の時間を無駄にするな」


 ジルベルトは半ば呆然とした表情を浮かべた。だが、そんな様子などお構いなしに放たれたライモンドの声には、有無を言わせぬ威圧感があった。


「二人とも下がれ」


 二人は愕然としたまま執務室を出た。


 廊下に出ると、エミリアの足が震えた。壁に手をついて深呼吸する。思わず「どうして……」と声が漏れる。


 ジルベルトも拳を握りしめていた。


「分からない……兄上がなぜあんな態度をとるのか」


 ふと、エミリアの脳裏にジュリアンの言葉が蘇る。


『泥をかぶる役目は、何人もいらない』


「まさか……王太子殿下までもが……」

「何ですか?」


 ジルベルトが振り返った。


「ジュリアン殿下が以前おっしゃってた、あの言葉です」

「『泥をかぶる役目は何人もいらない』という、あれですか……」


 ジルベルトの表情が見る間に険しくなる。


「はい。王太子殿下は儀式を本当に成功させたいのでしょうか。普通、危険な芽は排除しますよね? ……正直、お二人のことが分からなくなりました」

「たしかに……もはや、誰が敵で、誰が味方か分からないですね」


 二人は、王子二人の本心を測りかねていた。




 その夜、エミリアは思い切って王妃に相談することにした。王妃の私室を訪ね、許可を得て入室する。


「どうしたの、エミリアさん? こんな時間に深刻な顔をして」


 王妃が優しく声をかけてくれた。


 エミリアがデルナムと枢機卿の疑惑について説明すると、王妃は真剣な表情で聞いていた。


「それは心配ね……」


 王妃は少し考えてから、続けた。


「でも、神託の杖はリハーサルまでは王宮で厳重に保管されているわ。あなたが疑っている『聖別』も、あれ以降あったとは聞いてませんよ?」


 王妃の表情は真剣ではあったが、深刻なものではない。

 エミリアは言葉に詰まった。たしかに保管庫の警備は厳重だ。聖別も警備の騎士たちの立ち会いのもと行われていた。今後また聖別を行うとしても、騎士たちも仲間でない限り、すり替えるのは不可能だ。


「それに、儀式まではまだ時間があるわ。今から警戒しておけば大丈夫ではないかしら」


 王妃は普段の穏やかな表情に戻ったが、エミリアは胸の内から不安を拭うことはできなかった。彼女のこわばった表情を見て、王妃はまたしばし考え、エミリアへ提案した。


「では、杖を確認してみたらどう?」

「確認……ですか?」

「ええ。保管庫へ入れるよう取り計らいましょう。確認すれば、少しは安心できるでしょう?」


 たしかに一度確認した方が手っ取り早い。エミリアの締め付けられていた胸がふっと緩んだ。




 翌日、エミリアとジルベルトは保管庫へ向かった。警備の騎士が二人を案内する。


 エミリアは最奥に保管してある神託の杖に近づいた。白銀に輝く杖身と先端にはめ込まれた宝珠──以前見たとおりの姿だ。

 エミリアが杖を見つめると、頭の中であの時と同じ声が響いた。


《ステータス確認……特定ユニット》


 彼女は安堵のため息をついた。


「……本物だわ」


 ジルベルトも「良かった」と安心した表情を見せる。

 しかし、それでもエミリアは不安を拭えなかった。


「でも、前日のリハーサル以降は教会に保管されますよね?」

「そうです……しかし毎回、リハーサル後の教会内部は人払いされ、周囲を衛兵と神官が警備します。そこですり替えるのは難しいと思います。……まあ、それでも気を抜けませんね」


 いったい、いつすり替えるのか──エミリアは拳を握りしめた。



   ◇ ◇ ◇



 二人が執務室を去った後、ライモンドも私室に戻った。初夏の風がカーテンを優しく揺らしている。


「まだ早い……」


 誰にともなく、つぶやいた。


「今、動くわけにはいかんのだ」


 ライモンドは机の上の書類に目を落とした。それは──貴族たちの動向が記された報告書だった。


(全ては計画通りに進んでいる)


 ライモンドの瞳には冷たい光が宿っていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


もし少しでも「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、 ブックマーク登録や、ページ下部の「ポイントを入れて作者を応援しよう!」をタップしていただけると嬉しいです。

皆様の応援が、今後の執筆の何よりの励みになります!



神託祭が近づく中、デルナムたちの陰謀を確信しながらも証拠を掴めないエミリア。そして、潜入中のアンナの今後は?

対して、王太子ライモンドはいったい何を企んでいるのか?


今後もよろしくお願いします。

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