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【第3部更新中】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
王宮編

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第41話 偽の宝珠

 書庫に戻ると、エミリアは椅子に深く腰掛けた。怒りは少しずつ収まってきたが、代わりに胸の奥には不安と焦りが湧いてきた。


「さて」彼女は気持ちを切り替えるように背筋を伸ばした。


「本題に入りましょう。あんたが気づいたことも知りたいし」

「ああ」ラウルも向かいの椅子に座った。


 エミリアは、これまでの出来事を整理するように語り始めた。


「まず、私が王宮で見たことから話すわ」


 枢機卿ロイデンが「聖別」の名目で神託の杖を調べたこと。その時、自分の中で警告の声が響いたこと──


「『不正アクセス検出』……そんな声が聞こえたの」

「エミリア、それは……」


 ラウルの表情が険しくなる。


「それだけじゃないわ。デルナム卿と枢機卿が、王宮の一角で密会していたの。夜、人目につかない場所で。二人とも笑顔で握手していたわ」


 エミリアは拳を握りしめた。


「そして、王宮図書館から聖遺物関連の資料が持ち出された。教会が『調査のため』という名目で。でも、私たちが調べ始めた直後にタイミングよく、よ」


 ラウルは真剣な表情で聞き入っていた。


「……なるほど」ラウルは腕を組んだ。

「それで、エミリアは俺に宝珠の真贋について聞いてきたのか」

「ええ。もしかしたら、杖や宝珠に何か細工をされたんじゃないかと思って」

「その勘は正しいかもしれないな」


 ラウルは立ち上がり、窓辺へと歩いた。


「俺も、気になることがあったんだ」

「何?」

「少し前、親父に頼まれて魔道具屋に触媒を買いに行った時のことなんだけれど」


 ラウルは振り返った。


「店にいた客が、やけに具体的な条件を出して宝珠を探していたんだ」


 エミリアは身を乗り出した。


「具体的な条件って?」

「大きさ、形、色、透明度……それに、『古いもの』という条件も付けていた。宝珠は古いほど魔力を蓄えやすいと言われているけど……それにしても、あれほど詳細な指定は珍しいんだって」

「それって……」

「ああ」ラウルは頷いた。

「ゲオルクさんも『まるで何かの代替品を作るような感じだ』と言ってた」


 エミリアの表情が険しくなる。


「その客は?」

「詳しくは見えなかった。でも、ゲオルクさんが『リトーエル教区から依頼されて』と言ってたな」

「教区……!」


 エミリアは立ち上がった。


「それって、教会じゃない?」

「ああ。おそらく、神官の誰かだ」


 二人の視線が交わる。沈黙が重く部屋を満たした。


 デルナムと枢機卿の密会。聖別という名目での杖への接触。そして、教会関係者による宝珠の探索。エミリアの脳裏で点と点が線で繋がり始めていた。


「ラウル、その魔道具屋に案内して」

「今から?」

「ええ。今すぐよ」


 エミリアは真剣な眼差しでラウルを見つめた。


「確かめないと……これが本当に、神託の杖に関係しているのかどうか」




 夕暮れの街を二人は急いだ。

 魔道具店『銀月堂』は工房街の一角にあった。古びた木造の建物で、看板には複雑な魔法陣の紋章が描かれている。


 エミリアは一度深呼吸してから扉を開いた。カランカラン、と鐘の音が響いた。


「いらっしゃい。おや、ラウルじゃないか」


 奥から現れたのは、白髪混じりの髭を蓄えた初老の店主──ゲオルクだった。


「こんばんは、ゲオルクさん」

「どうしたんだい、こんな時間に。……ん? そちらの方は?」


 ゲオルクの視線がエミリアに向けられた。


「初めまして」エミリアは丁寧にお辞儀をした。

「テルネーゼ侯爵家の娘、エミリアと申します」

「おお、侯爵家のお嬢様か。これはこれは」


 ゲオルクは恭しく頭を下げた。

 エミリアは慎重に言葉を選んだ。


「実は、先日ラウルが目撃した、宝珠を探していたお客さんのことで伺いたくて」

「ああ、あの妙に具体的な条件を出してきた客ね」


 ゲオルクは腕を組んだ。


「それで、その客がどうしたんですか? 何か問題でも?」


 エミリアは一瞬躊躇したが、真剣な表情で尋ねた。


「差し支えなければ、そのお客さんの特徴を教えていただけますか?」

「うーん」ゲオルクは顎を撫でた。

「いつもフードを深く被っていたからね。詳しくはなんとも……リトーエル教区って言ってたから、教会関係者だろうけど」


 エミリアは、さりげなくラウルと目を合わせた。


(やっぱり……)


「その宝珠の特徴、覚えていらっしゃいますか?」


 エミリアの声には緊張が滲んでいた。


「ああ」ゲオルクは少し考え込むような素振りを見せた。


「でも、お嬢様、どうしてそこまで……?」

「実は……」


 エミリアは慎重に言葉を選んだ。


「王宮の聖遺物に関する調べ物をしていまして。もしかしたら、その宝珠が関係しているかもしれないと思ったんです」


 ゲオルクの表情が変わった。


「王宮の……聖遺物?」

「ええ」エミリアは頷いた。


「詳しくは申し上げられませんが……もし関係があるなら、これは大変なことになるかもしれません」


 ゲオルクは深刻な表情で、しばらく黙り込んでいた。やがて、ため息をつくと口を開いた。


「……分かりました。侯爵家のお嬢様がそこまでおっしゃるなら」


 ゲオルクは指を折りながら説明し始めた。


「まず、大きさは手のひらに収まるくらい。形は完全な球体」

「それで?」


 エミリアの心臓が、激しく打ち始めた。


「色は透明で、内部に微かな虹色の輝きがある。それと、表面に古代文字のような刻印があるものを探してくれと」


 エミリアの顔から血の気が引いた。


(それ……神託の杖の宝珠と、ほとんど同じじゃない……!)


「それと」ゲオルクは続けた。

「『100年以上前のもの』という条件も付いていたね。古い宝珠ほど魔力を蓄えやすいといわれてますが……正直、そこまで古い宝珠を見つけるのは大変でしたよ」


 ゲオルクは腰に手を当て、短いため息をついた。


「そもそも宝珠はですな、どの国も、国をまたいでの持ち込みや持ち出しが厳しく規制されているんですよ。手続きも大変なんで、国外から取り寄せるにも時間がかかります。かなり急いでいたようですんで国内で探すしかなかったんですが、これがまあ大変でね」


 エミリアは震える声で尋ねた。


「それで……見つかったんですか?」


 ゲオルクの表情が明るくなった。


「ああ、各地の魔道具商に手を尽くして、ようやく一つ見つけたんだよ」


 エミリアは息を呑んだ。


「先日、無事に引き渡したところです」


 その瞬間──エミリアの心臓が、どくん、と一拍打った。


「もう……引き渡されたんですか」


 声が震える。


(引き渡された……ということは、もう彼らの手に渡ってしまった……!)


 世界が傾くような感覚に襲われた。頭の中で、すべてのピースが音を立てて嵌まっていく。

 枢機卿の「聖別」。デルナムとの密会。そして──すでに引き渡された、神託の杖の宝珠にそっくりな宝珠。


 エミリアは必死に平静を装った。


「ゲオルクさん、貴重なお話をありがとうございました」


 声が上ずりそうになるのを必死で抑える。


「大変参考になりました」

「いや、お役に立てたなら何よりです」


 だが、ゲオルクも興味が湧いたのか、同じ質問を繰り返した。


「それにしても、侯爵家のお嬢様が、なぜそんなことをお調べに……?」

「ええ……ちょっと」


 エミリアは曖昧に笑って店を後にした。


 


 店を出た瞬間、エミリアの足が震えた。


「エミリア!」


 ラウルが慌てて彼女の腕を支える。


「大丈夫か?」

「ええ……でも……」


 エミリアは人通りの少ない路地へと足を向けた。ラウルも黙って付いてくる。路地の奥、壁に寄りかかるようにして、エミリアは深く息を吐いた。


「間違いないわ……宝珠をすり替えるつもりだわ」

「神託の杖の宝珠を?」

「ええ」エミリアは頷いた。

「枢機卿が『聖別』で杖を確認した時、おそらく宝珠の大きさや特徴を正確に記録した。それと同じものを、魔道具屋に探させた。きっと……いずれすり替えるわ」


 ラウルの表情が険しくなる。


「でも、なぜそんなことを?」

「偽物の宝珠では、杖は正常に機能しないわ」


 エミリアは拳を握りしめた。


「つまり……神託祭が失敗するってことよ」

「それは……」


 ラウルははっとした表情になった。


「そうか、ソフィア妃殿下が巫女役を務める神託祭が失敗すれば……」

「そう。王太子派の立場が弱くなるわ」


 エミリアは空を見上げた。夕焼けが濃いオレンジ色に染まっている。


「デルナム卿は、血脈重視である反王太子派の中心人物よ。法王国も血脈至上主義を守りたい。二人の利害は一致している」

「なるほど……だから、デルナム卿と枢機卿が密会していたのか」

「ええ、きっとそうよ」


 二人は顔を見合わせた。


「どうする? 王宮に戻ったらすぐに報告するのか?」


 ラウルの問いに、エミリアは首を振った。


「証拠がまだ弱いわ。『魔道具屋で似た宝珠を買った』だけでは状況証拠に過ぎない。……もっと決定的な証拠が必要よ」


 エミリアは路地の奥を見つめた。


「アンナが何か掴んでくれるかもしれない」


 その言葉には期待と不安が入り混じっていた。


「……そうだな。次の約束は三日後だ」

「報告があったら、すぐに手紙で知らせて」

「分かった」

「とにかく、今は慎重に動くしかないわ」


 エミリアの瞳には、強い決意の色が宿っていた。




 その夜。エミリアは自室のベッドに腰掛け、窓の外を見つめていた。月が昇り、庭を銀色に照らしている。


(神託祭は秋……まだ時間はある)


 ──いや、違う。時間があるように見えて、実はないのかもしれない。


(もう、準備は整ってしまっているかもしれない……宝珠は引き渡された。すり替えはいつでもできる。……ジルベルト殿下に相談しないと)


 王宮に戻ったら、すぐにジルベルトとサラに報告しなければ。今回分かったことを共有し、次の手を考える必要がある。


(でも……どうやって阻止すれば?)


 証拠が弱い。デルナムや枢機卿を直接告発することはできない。かといって、このまま放置すれば神託祭は失敗し、ソフィアは不名誉な扱いを受ける。

 やはり、アンナを待つしかないのか──エミリアは拳を握りしめた。


(アンナ……無事でいてね)


 遠く離れた場所で、今頃アンナも同じ星空を見上げているだろうか。アンナは今、デルナム邸という敵地の真っ只中にいる。


(時間が、ない……)


 不安が、エミリアの胸を締め付けた。




 一方、その頃──ラウルは自室で机に向かっていた。しかし、目の前の魔法陣の研究資料はまったく頭に入ってこない。


(エミリアを、あんなに怒らせてしまった……)


 あの時の、涙を浮かべながら怒りに震えるエミリアの顔が脳裏に焼き付いている。


 マチルダを巻き込んだこと。アンナを危険に晒したこと。エミリアに相談せずに勝手に動いたこと──


 全部、自分が招いたことだ。


(あの時、エミリアに相談していれば……)


 後悔が胸を締め付ける。でも、もう動き出してしまった。今さら後悔しても時計の針は戻せない。


(せめて、アンナさんが無事でいますように)


 ラウルはペンを置き、窓の外を見た。月明かりの下で庭の木々が静かに揺れている。


(次の報告は三日後か……それまで、何もないといいけど)


 だが、心の奥底では分かっていた。


 デルナムたちはもう動いている。宝珠を手に入れた。おそらく、すり替えの準備は整っているだろう。考えたくない結末が脳裏をよぎる。


(いや、まだ諦めるな。エミリアとジルベルト殿下なら、きっと何とかしてくれる)


 ラウルは深くため息をついた。


(でも、俺に何ができる……?)


 無力感が胸を重く押し潰す。魔導士として、エミリアの幼馴染として──自分は、本当に彼女の力になれているのだろうか。


 答えの出ない問いを抱えたまま、ラウルは長い夜を過ごした。

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