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【第3部更新中】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
王宮編

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第37話 注文の多い客

 春の陽射しが眩しい午後。ラウルはテルネーゼ侯爵邸の自室でエミリアからの二通目の手紙を読み返していた。

 先日届いた最初の手紙は、簡潔ながら不安を滲ませるものだった。『最近気になることがあって、相談したいことがあるの』──それだけで、何か良くないことが起きているのは分かった。

 そして今朝届いた手紙は、より具体的だった。神託の杖の、魔道具の観点からの情報。杖や宝珠の真贋について──ラウルは便箋を机に置き、椅子の背にもたれた。


(エミリア、一体何に巻き込まれているんだ……)


 神託の杖は知っている。神託祭で巫女が使う聖遺物だ。しかし、真贋とは──何か引っかかる。だが、それが何なのか、まだ掴めない。


「ラウル」不意に扉がノックされ、父オルフェンの声が聞こえた。扉を開けたオルフェンは、いつもの穏やかな表情を浮かべていた。


「悪いが、工房街の魔道具店まで行ってくれないか。触媒が必要なんだ。『銀月堂』に頼んである」

「分かった。すぐに行くよ」


 エミリアの出仕以降、オルフェンとラウルの親子は、本来の職務であるお抱え魔導士としての業務にあたっていた。

 シル・テルネーゼの名が示すとおり、侯爵家はテルネーゼ地方を治めていた古代の豪族を祖に持ち、その広大な領地は今も変わらず侯爵家のものだ。そのため多くの資産と権益を有しており、魔導士の親子を雇い続けるくらいの余裕はあった。




 工房街への道すがら、ラウルはエミリアからの手紙のことを考えていた。


(杖や宝珠について……もしかして、杖に何かあるのか?)


 エミリアが気になっていること。杖や宝珠の真贋──彼女の例の〝力〟に関することなのか。いや、手紙の文面からは何か切迫したものを感じた。しかも、肝心なことを、わざと書いていない気がする。


 工房街の入口に着くと、ラウルはすぐに目当ての店に向かった。『銀月堂』は工房街の一角にある老舗だ。古びた木造の建物だが品質の良さで知られている。扉を開けるとカラン、と小さな鐘が鳴った。


「いらっしゃい。おや、ラウルじゃないか」


 店の奥から現れたのは、初老の男性──店主のゲオルクだった。灰色の髪と髭を蓄え、穏やかな笑みを浮かべている。


「こんにちは、ゲオルクさん。父の使いで触媒を取りに来ました」

「ああ、オルフェンさんの。用意してあるよ。でも、ちょうど別のお客さんがいるんだ。少し待ってくれ」


「お待たせしました」とゲオルクが奥へ引っ込む間、ラウルは店内を見回した。棚には様々な魔道具が並んでいる。魔法の触媒、宝珠、杖、護符……どれも職人の手で丁寧に作られたものばかりだ。


 その時、店の奥から声が聞こえてきた。


「……まだ見つからないのか」

「申し訳ありません。ご要望にぴったり合うものがなかなか見つかりませんで。今しばらくお待ちいただきたいのですが」

「……分かった。また来る。金に糸目は付けぬ。必ず宝珠を見つけてくれ」


 男の声は冷静だったが、どこか切迫していた。


「……分かりました。引き続きお探しします」


 男が奥から出てくる気配がした。ラウルは思わず棚の前へと移動し、商品を見ているふりをした。フードを深く被った男が店を出ていく。


 扉に付けられた鐘がカラン、と軽く鳴った。

 ラウルはゆっくりと息を吐いた。


「お待たせ、ラウル」


 ゲオルクが小さな包みを持って現れた。


「ありがとうございます」


 ラウルは包みを受け取りながら、ゲオルクに尋ねた。


「さっきの方は?」

「ん? ああ……」


 ゲオルクは少し困ったような表情を浮かべた。


「教会──リトーエル教区の方なんだけどね。やっかいな依頼を持ち込んでてね」


 リトーエル教区──古くからの街や村が点在している、王都にほど近い地域だ。


「宝珠を探していたようですね」

「ああ。教会からの依頼は珍しくもないが、条件が細かくて」

「条件……ですか?」


 ゲオルクは腕を組み、ため息をついた。


「ああ。大きさや形も細かく指定して、しかも『古いもの』という条件付き。宝珠は古いほど魔力を蓄えやすいと言われているが……それにしても、あれほど具体的なのは、まるで何かの代替品を作るような感じだな」

「そうなんですか……」

「まあ、おおかた教会にある宝珠を壊してしまって、慌てて探してるってところじゃないかな。なにしろ、依頼してから二日と空けずにやってくる」


 ラウルの脳内で何かが引っかかった。


「代替品……急いでる……」

「ん? どうかしたかい?」

「いえ、何でもありません。ありがとうございました」


 ラウルは笑顔を作った。


 店を出て、春の日差しの中に戻る。しかし、ラウルの頭の中は先ほどの光景でいっぱいだった。帰り道でも、その光景が消えない。


(具体的な大きさと形状……代替品……教会関係者……古い宝珠……)


 エミリアの手紙の内容が頭をよぎる。


(気になること……神託の杖……宝珠の真贋……)


 でも、まだ点と点が完全には繋がらない。ラウルは焦りを感じた。何か重要なことに気づきかけているのに、最後のピースがはまらない。

 ラウルは父に触媒を渡すと、すぐに自室へ直行した。


 自室に戻ったラウルは、机の上に広げたままのエミリアの手紙を改めて読み返した。

 魔道具店で聞いた具体的な条件での宝珠探し。大きさ、形状、そして〝古い〟という条件。まるで、何かに〝似せた〟宝珠を作るための──


(神託の杖……たしか、宝珠がついていたな。以前、神託の儀で見たことがある。もし、その宝珠の大きさと形を正確に知っている者が、似た宝珠を探していたとしたら──)


(──それは、すり替えるため?)


 まさか、いくらなんでも突飛な考えだ。聖遺物をすり替えるなんて。しかも、教会が? すり替える動機が分からない。

 それとも、リトーエル教区が何か企んでいるのか? だが、あの牧歌的な地域と、この考えがどうにも結びつかない。


 ラウルは立ち上がり、部屋の中を歩き回った。ピースが少ない。もっと情報が欲しい。なにしろ、エミリアがわざわざ手紙を寄越すくらいだ。重大なことに違いない。


 ふと、立ち止まった。


 ──依頼主そのものに意味はないのかも。教会同士すべて繋がっている。ただのカモフラージュでは?


 ラウルの脳裏に光が走った。


「法王国か!」


 思わず声に出していた。


 でも、なぜそんなことを? 偽物の宝珠では、杖は正常に機能しないはずだ。そうなれば、神託の儀は失敗する。


(法王国が失敗を目論む? ……なぜ?)


 今の段階では、そこまでは分からない。だが、ラウルは何か大きな陰謀の匂いを感じた。これがもし事実なら、王宮の、いや、国家の中枢を揺るがす陰謀だ。


 ということは、エミリアはきっと、とんでもないことに巻き込まれている──


 ラウルは震える手でペンを取った。すぐにエミリアに知らせなければ。便箋を引き寄せ、ペン先にインクをつける。だが、書き始めて手が止まった。


(待てよ……手紙が誰かに読まれたら?)


 エミリアも最初の手紙で詳細を書かなかった。それには理由があるはずだ。相手は法王国だ。王宮内にも協力者がいるかもしれない。具体的なことを書くのは危険だ。二通目で言葉を選びながら書いたのは、危険を承知の上──それだけ、押し迫っているのだろう。


 ラウルは一度書いた紙を破り捨てた。新しい便箋に、慎重に言葉を選んで書く。


『エミリアへ

 慣れない王宮生活で、悩みも多いかと思います。

 はっきりとした答えはありませんが、何かとアドバイスできますので、できるだけ早く、直接会って話を聞きたいです。

 それまでは思慮深く行動し、決して一人で動かないようにしてください。──ラウル』


 ラウルは短い手紙を封筒に入れ、封蝋を施した。内容はできるだけボカしたつもりだ。


(これでいい。エミリアなら察してくれる)


 手紙を使用人に預け、急ぎ王宮へ届けてもらうようお願いした。


(エミリア……無事でいてくれ)


 自分の無力さを感じる。でも、できることはした。春の里帰りまで待てないかもしれない。何とか早く会う方法を考えなければ。


 ラウルは拳を握りしめた。



   ◇ ◇ ◇



 翌日の午後、王妃の私室。エミリアが茶器の片付けをしていると、文書室の使用人が現れた。


「エミリア様、ご実家からお手紙です」


 エミリアの心臓が跳ねた。きっとラウルからだ。手紙を受け取ると胸がざわめいた。休憩時間まで待てない。彼女は王妃に一言断り、人目につかない廊下の隅へと急いだ。


 封を切り、便箋を広げる。


 内容は至って普通の内容だった。しかしエミリアには、これが『はっきりとは言えないが、何なのか分かった。早急に会って話をしたい』と読み取れた。

 エミリアはラウルの慎重さを理解した。自分も最初の手紙で詳細を避けたように、ラウルも同じ判断をしたのだ。


 同時に、事態の深刻さも悟った。


(これは……想像以上に危険なのかもしれないわ)


 手紙をしっかりと握りしめ、エミリアは廊下を急いだ。サラを探さなければ。


「サラ!」使用人用の小部屋で、エミリアはサラを見つけた。


「エミリア様、どうなさいました?」

「ラウルから返信が来たの。でも……」


 エミリアは手紙を見せた。サラは真剣な表情で読み進める。読み終えると、困惑の色を浮かべた。


「これは……具体的なことが何も」

「私は杖や宝珠が本物かどうかの見分け方を聞いただけ。それで、それが何を意味するか推測できたのよ。でも、それを直接書くのは危険だと判断したんだわ。きっと……」


 エミリアは唇を噛んだ。


「何に気づかれたんでしょうね」

「分からない……でも、早く会って話をしたいみたいね」

「もしかしてラウル様は、私たちが知らない情報を何か掴まれたのでは?」


 サラの声も緊張を帯びている。


「そうかも知れないわね。でも、春の里帰りは、まだ半月以上先……」

「それまで待てないということですわね」


 二人は顔を見合わせた。


「エミリア様、すぐにジルベルト殿下に報告しましょう」


 サラの提案に、エミリアはうなずいた。




 夕方、王宮図書館の閲覧室。ジルベルトが既に待っていた。窓辺で佇んでいる姿は、まるで一枚の絵画のようだった。


「お待たせしました、殿下」


 エミリアの声にジルベルトが振り返る。


「いえ、私も今来たところです。……何かあったのですか?」


 エミリアの表情から、ただごとではないと察したようだ。


 奥の閲覧室に移動すると、エミリアはラウルからの手紙を差し出した。ジルベルトは真剣な表情で読み進めた。


「……彼は何かに気づいた。そして、それを手紙に書くのは危険だと判断した、ということですね」

「でも、何に気づいたのか……」


 エミリアの声には焦りが滲んでいた。


「やはり、杖や宝珠に関することなんでしょうね」


 ジルベルトがつぶやいた。


 三人はそれぞれ考え込んだ。しかし、推測の域を出ない。


「でも、ラウルが気づいたことを、私たちがここで推測しても……」


 エミリアが言葉を切った。


「その通りです。憶測で動くのは危険です。ラウルさんと直接会って、話を聞くべきですね」

「里帰りは半月以上先なんです……もっと早く会えないかしら」


 エミリアは唇を噛んだ。


「とにかく、私が義姉上に相談して、もう一度杖を確認させてもらいましょう」

「はい。私が見れば……」


 エミリアは言いかけて口を閉ざし、ジルベルトだけに分かるように視線を送った。ジルベルトは小さくうなずいた。


 ──今はまだ証拠がない。このままでは誰にも信じてもらえない。ソフィア妃殿下をお守りするために、もっと確実なものにしないと。


 エミリアは唇を引き結んだ。

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