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【第3部更新中】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
王宮編

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第32話 魔導剣士

 晴天に恵まれ、久々に寒さが和らいだ休日の午前。王宮練兵場の片隅で、エミリアは一人木剣を握っていた。


 離れた場所では騎士見習いや衛兵たちが隊列を組んで訓練に励んでいる。剣を振る音、号令の声、砂を踏む足音──それらが混ざり合って、練兵場特有の活気を生み出していた。


 エミリアは基本の型を一つ一つ確認するように、ゆっくりと木剣を振る。足を踏み込み、腰の回転を使って斬り下ろす。衛兵隊長に叩き込まれた基礎を思い出しながら動作を反復した。


(侍女は、主人と二人きりになる場面がある。いざという時お守りできるようにしないと……)


 王宮に仕えることになり、もう剣の稽古はできないのかと残念に思っていた。だが王宮では、武芸はお付きの侍女の嗜みとして推奨されていた。

 衛兵がいない時であっても、侍女は主人に付き添っている。そんな時、最低限主人を守ることができるように短剣などの基本的な扱いを仕込まれる。


 ちらりと向こうを見ると、今日は久々に天気が良いためか、他にも数人の侍女が騎士に剣を教わったり短剣を振ったりしていた。


(噂でよく聞く〝侍女と騎士の出会い〟って、こういうことじゃない?)


 剣を振りながら、ふとどうでもいい事を考えてしまうくらい気分の良い天気だ。


 一呼吸入れ、もう一度、縦の斬撃。今度は少し速く。木剣が空気を切る音が響く。


(それにしても……)


 木剣を下ろし、自分の手を見つめた。


 市場での──自分が『二つ持ち』だと誤解された一件。あの時、剣が光を放った。光を放てと命じたわけでもないのに、自分の意思とは関係なく〝何か〟が発動した。その正体は依然として謎のままだ。


「あら、『二つ持ち』さんじゃない。こんなところで何をしているの?」


 甲高い声が響いた。


 振り返ると、練兵場の入口にイルダが立っていた。彼女の後ろには数人の侍女たちが控えており、全員が自分を見て、含み笑いを浮かべている。


「剣の稽古よ。侍女としての嗜みだわ」


 冷静に、淡々と答えた。イルダとは何度か顔を合わせているが、毎回このような調子だ。


「へえ、二つ持ちって剣も使えるんだ」


 イルダは腕を組み、わざとらしく首をかしげた。


「でも、どっちつかずで中途半端なんじゃない? 魔法も剣も両方できるって言っても、結局どちらも一流にはなれないでしょう?」


 背後の侍女たちがクスクスと笑う。

 深呼吸した。ここで感情的になっても仕方がない。


「そう思うなら、そう思っていればいいわ」

「あら、つれないのね」


 イルダは一歩前に出た。


「それとも……自信がないの?」


 彼女の目が挑発的に光る。


「私はルーエン伯爵家の娘。父は騎士団の副団長よ。武門の家に生まれた私は物心ついた頃から剣を習ってきたの。あなたなんかとは積み重ねてきたものが違うのよ」


 イルダは侍女たちに向かって言った。


「ねえ、私の腕前、見たことあるでしょう?」

「はい、イルダ様の剣技は素晴らしいですわ」


 一人の侍女が即座に応じた。


「お父様直伝ですもの」

「さすが武の血脈のお方ですわ」


 別の侍女たちも調子を合わせる。


 イルダは満足そうに微笑むと、再びエミリアを見た。


「ねえ、せっかくだから手合わせしましょうよ。二つ持ちの実力、見せてもらいたいわ」


 内心でため息をついた。


(面倒なことに……)


「遠慮しておくわ。私は稽古がしたいだけだから」

「あら、怖いの? それとも、本当は大したことないのかしら?」


 イルダの声が大きくなり、周囲の注目を集めはじめた。近くで訓練していた兵士たちがこちらを見ている。


「もしかして、二つ持ちって噂だけなんじゃないですの?」


 一人の侍女が囁いた。


「見せかけだけなのかもしれませんわね」


 木剣を握る手に力が入る。ここで逃げれば噂はさらに広がるだろう。侯爵家も『武の血脈』の家門だ。父や兄に特段の思い入れはないが、後ろ指を指されるのはやっぱり腹立たしい。


「……分かったわ。でも、手合わせだからね。怪我のないように木剣でね」


 エミリアが渋々了承すると、イルダの顔に勝利を確信したような笑みが浮かんだ。




 二人が向かい合うと、訓練中だった兵士たちが次々と集まってきた。


「おい、侍女同士の手合わせだぞ」

「マジか。珍しいな」

「あれ、副団長のご息女じゃないか?」

「もう一人は……たしか、テルネーゼ侯のご息女だったか」


 あっという間に、半円状に人だかりができた。エミリアは内心で舌打ちした。


(思ったより大事になってきたわね)


 適度な距離を取り、二人は構えた。イルダの構えは隙がなく、重心も安定している。本当に幼い頃から鍛えているのだろう。


 審判を買ってでた一人の騎士が「始め!」と合図を出した。


 その瞬間、イルダが地面を蹴って踏み込んできた。


 速い! ──エミリアの目が見開かれる。上段から振り下ろされる木剣。エミリアは咄嗟に右へステップし、紙一重で回避した、が──


「遅い!!」


 イルダの追撃が来る。横薙ぎの一閃。今度は避けきれない。エミリアはすんでのところで木剣で受け止めたが、衝撃で両腕が痺れ、二歩ほど後退させられた。


(剣圧も、強い……!)


 イルダは容赦なく攻め込んでくる。縦、横、斜め──多彩な攻撃が次々と繰り出される。エミリアは防戦一方だった。


「どうしたの? 逃げてばかりじゃない!」


 イルダの木剣がエミリアの防御を崩しにかかる。一撃、二撃、三撃──連続攻撃に、エミリアの体勢が崩れる。


 観客たちがざわめいた。


「イルダ嬢、さすがだな」

「副団長の娘だけあって、剣筋がしっかりしてる」

「侯爵家の令嬢、どこまでやれるか……」


 エミリアは必死に木剣を動かすが、イルダの攻勢を崩せない。彼女の剣筋は鋭く、無駄がなかった。父親から受けた本格的な指導の成果だろう。


(このままじゃ……)


 イルダの構えが──変わった。木剣が大きく振りかぶられる。エミリアの木剣が弾かれ、がら空きになった胸元に決定的な一撃が迫る。


「これで決まりよ!」


 イルダの顔に、勝利の笑みが浮かぶ。

 その瞬間だった。

 エミリアの脳内に、無機質な声が響いた。


《自動防衛システム起動》


(──っ!?)


 エミリアが驚く間もなく、手の中の木剣が淡い銀色の光を放ち始めた。まるで剣そのものが生命を持ったかのように、柄から刀身全体へと光が広がる。


「えっ──!?」


 イルダの目が見開かれる。


 光をまとった木剣が、まるで意思を持ったかのように動いた。エミリアの手を通じて、完璧な軌道でイルダの木剣を迎撃する。


 カキィィン!


 甲高い音──木剣同士とは思えない激しい衝撃音が響き、イルダの木剣が宙高く舞い上がった。


「きゃあ!」


 イルダは勢いを失い、尻餅をつくように地面に倒れ込む。


 周囲が一瞬、静寂に包まれた。


 エミリアは自分の手の中の木剣を見つめた。銀色の光はすでに消えかけており、ただの木剣に戻ろうとしている。


(また……勝手に発動した……!?)


「ズルい!」


 イルダの叫び声が響いた。彼女は立ち上がり、顔を真っ赤にしてエミリアを指さす。


「魔法を使うなんて反則よ! 手合わせは剣術だけのはずでしょう!?」


 しかし、周囲の兵士たちの反応はイルダの期待とは全く違うものだった。


「おお……あれが二つ持ちの力か」

「剣に魔力をまとわせるなんて……魔導剣士じゃないか!」

「俺、魔導剣なんて初めて見たッスよ!」

「素晴らしい! あんな繊細な剣さばき、見たことがない」


 年配の衛兵が興奮気味に語る。


「魔導剣士ってのは、魔力で剣を強化するだけじゃなく、剣の軌道そのものを最適化できるんだ。今の動き、見たか? 完璧な迎撃だった」

「あれが二つ持ちの血脈か……」

「いやいや、あの威力は反則だろう」

「噂以上だな。テルネーゼ侯爵家の令嬢、只者じゃないぞ」


 イルダは兵士たちの興奮した声を聞いて、さらに顔を紅潮させ、歯ぎしりした。


「ちょっと! 誰も私の味方してくれないの!?」


 背後にいた侍女たちは気まずそうに視線を逸らした。


 エミリアは困惑していた。剣が光ったのは自分の意思ではない。また例の力が勝手に発動したのだ。しかし、周囲はそれを魔導剣の技だと思い込んでいる。


「あの……意図したわけじゃ……」

「謙遜なさらず!」


 一人の騎士が声を張り上げた。


「これぞ二つ持ちの血脈です! 我々の血脈など、可愛いものです」

「将来、兄上様とともに騎士団で剣を振るうご予定は?」


 他の騎士たちも賞賛の声を上げた。


 エミリアが返答に困っていると、パチパチパチ……と、ゆっくりとした拍手の音が響いた。


 一同が振り返る。


 そこには、数名の侍従を引き連れた金髪の青年──第二王子ジュリアンの姿があった。


「素晴らしい。実に見事な魔導剣の技だった」


「ジュリアン殿下!」皆が慌てて跪く。


「楽にせよ」ジュリアンは優雅に手を振ると、エミリアの前まで歩み寄った。


「テルネーゼ侯の娘だったな。エミリア、と言ったか」


「はい、殿下」エミリアは膝を折って一礼した。しかし内心では、先日の出来事を思い出していた。


(この人……ソフィア妃殿下を「血脈が弱い」と皮肉っていた……)


 エミリアの内心に黒いものが渦巻く。


「このような血脈を持つ令嬢を──」


 ジュリアンは意味深な微笑みを浮かべ、周囲を見回した。


「妃にしたいものだな」


 周囲がざわめく。


 エミリアは冷たく答えた。


「お戯れを。わたくしは王妃殿下にお仕えする侍女でございます」


 そっけない態度で、必要最低限の礼だけを示す。

 ジュリアンは一瞬、意外そうな表情を見せたが、すぐにいつもの軽薄な笑みを取り戻した。


「おや、つれないな。……まあよい」


 彼はエミリアに近づき、耳元で囁いた。


「だが、忠告しておこう──」


 その声は、先ほどまでの軽薄さを完全に消していた。低く、真剣で、どこか切迫したニュアンスを含んでいた。


「──あまり目立たない方がいいぞ、侯爵令嬢」


 エミリアは思わず顔を上げた。しかしジュリアンはすでに背を向けて歩き出している。


「では、精進されよ」


 侍従たちを引き連れ、優雅に立ち去っていく。その後ろ姿は先ほどまでの軽薄な王子ではなく、何か重い責任を背負った人物のように見えた。


 エミリアはその場に立ち尽くした。


(あまり目立つな……? どういう意味……?)


 先日、廊下で会った時の鋭い視線を思い出した。そして今日は「目立つな」という言葉。


(この方は、一体何を……?)


「殿下……」遠くから、イルダのつぶやきが聞こえた。彼女はジュリアンの後ろ姿を複雑な表情で見つめていた。その瞳には、嫉妬と、憧れと、そして悔しさが入り混じっているように見えた。


 人だかりが徐々に解散していく。兵士たちは訓練に戻り、侍女たちも散っていった。イルダも侍女たちに引っ張られるようにして立ち去った。──練兵場に再び静けさが戻る。


 エミリアは木剣を見つめた。


(また勝手に発動した……この力は一体何なの?)


 そして、ジュリアンの忠告。


(なぜ、あの人は私に警告を? 私が何か、危険なことに巻き込まれようとしている……?)


「エミリア様!」


 サラが息を切らして駆け寄ってきた。


「大丈夫でしたか? すごい騒ぎだったと聞いて……」

「ええ、大丈夫よ。ただの手合わせだったから」

「でも、ジュリアン殿下がいらしたとか」

「……ええ」


 サラに、先ほどの出来事を簡単に話した。彼女は真剣な表情で聞いていたが、ジュリアンの忠告の部分で眉をひそめた。


「ジュリアン殿下が『目立つな』と? それは……」

「ええ。あの方が何をお考えなのか……」

「あのお方は」サラは声を潜めた。

「今でこそ軽薄なお振舞いをされますが、以前は非常に聡明な方だったと聞きます」


 木剣を武器庫に返却しながら、胸の中に渦巻く疑念を整理しようとしてみた。自分の力の謎。ジュリアンの真意。イルダの敵意。そして、王宮の中で進行している何か──


(いったい、何が起ころうとしているの……?)


 空を見上げると白い雲が悠々と流れていた。だが、それが嵐の前の静けさのように感じてならなかった。

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