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【第2部開始】「ノースキル」の烙印を押された侯爵令嬢、実は世界の管理者(アドミニストレーター)でした  作者: 柊ユキヤ
王宮編

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第29話 栗毛の侍女

 朝の光が部屋の窓から差し込む。王都の街並みには、まだうっすらと雪が残っていた。


 エミリアが王宮入りして二か月。その間、新年を迎えた。来て早々、新年の様々な催しの対応に駆り出され、慌ただしい毎日を送っていた。


「おはようございます、エミリア様」


 朝の支度をしていると、サラが部屋に入ってきた。彼女の柔らかな明るさは、まるで早春の陽射しのようだ。


「おはよう、サラ。今日も早いのね」


「エミリア様こそお早いですね。今日は王妃殿下の朝のお茶会があります。準備を手伝っていただけますか?」


 服に袖を通しながらうなずいた。この二か月で王宮での作法にもだいぶ慣れてきた。王宮入り当初は新年の準備のドタバタで緊張するどころではなかった。年が明けて半月、王宮が平時の平穏を取り戻した今では、気がつくと自然とこなせるようになっていた。


 王妃の私室へ向かう廊下で、サラが優しく指導してくれる。


「エミリア様のお茶の注ぎ方、もう完璧ですね。所作も美しくて、殿下もお褒めになっていましたよ」

「そう? 嬉しいわ」


 本日のお茶会は、王妃と親しい貴婦人たちの新年の挨拶を兼ねた集まりだった。王妃の応接室で侍女たちは静かに給仕をしながら、時おり交わされる会話に耳を傾ける。


「ソフィア妃殿下が巫女役をお引き受けになったそうですね」


 貴婦人の一人が尋ねた。


「ええ、私が辞退して推薦したのよ。もう歳も歳ですし。──彼女なら立派に務めてくださるわ」


 王妃が穏やかに答える。しかし、別の貴婦人が心配そうな表情を浮かべた。


「でも、北方諸国のご出身で血脈もお薄いとか……」

「血脈だけが全てではありませんわ。ソフィアさんは聡明なお方、大丈夫ですよ」


 王妃の声には優しさの中にも静かな威厳があった。


(そうだ、ソフィア妃殿下は北方諸国のご出身だったわね)


 ソフィアから、北方諸国はガルナック帝国の影響が強く、血脈を重視しない文化だと聞いている。血脈が貴族の証ではない。この国とは価値観が違うのだ。

 だが、イルスレイド王国の貴族たちはそうは見なかった。




 午後、王妃の部屋から戻る回廊で、エミリアは背後から声をかけられた。


「あなたね。テルネーゼ侯爵家の『二つ持ち』は」


 振り返ると、そこには栗色の髪を優雅にまとめた美少女が腕を組んでこちらを見ていた。瑠璃色の瞳は美しいが、その中にはあからさまな敵意が宿っていた。

 挑発的な口調で立ちはだかる彼女の様子に、周りにいた侍女たちがひそひそと囁き始めた。


「は、初めまして。エミリア・シル・テルネーゼです」


 まだどんな人か分からない。彼女の突っかかるような態度が気になるが、まずは礼儀正しく挨拶した。だが、栗毛の令嬢は鼻で笑った。


「私はイルダ・ルーエン。覚えておきなさい」


 そして突然、イルダはエミリアを指差し、宣言した。


「あなたには負けないから!」

「……え?」


 エミリアは困惑した。いったい何の話だろうか。


「とぼけないで! ジュリアン殿下の妃候補になるために巫女の座を蹴ったのでしょう。さすが『二つ持ち』は計算高いわね」


(何それ? 私が巫女の座を蹴った? そんな話初めて聞いたわ)


「そんなつもりは全くないわ」


 そもそも第二王子との縁談など、聞いたこともないし考えたこともない。しかも、巫女と縁談に何の関係があるのだろうか?


「ふん、どうだか。でも覚えておきなさい。王子の妃となる者には強い血脈を持つ者がふさわしいの。私だって、ルーエン伯爵家の誇り高い純粋な武の血脈を持っているわ」


 イルダは、ふんっと胸を張った。


「『二つ持ち』だからって調子に乗らないで。ジュリアン殿下は血脈の真の価値を理解される方よ」


 捨て台詞を残して、イルダはスカートの裾を翻し、颯爽と去っていった。


(なんなのよ、もう……)


 思わずため息が出てしまう。勝手にライバル視されても困る。


「お気になさらないでください」


 横から、サラが慰めるように声をかけてきた。


「イルダ様は血脈至上主義の権化みたいな人ですから。ルーエン伯爵家は第二王子派の中核なんです」

「第二王子派?」

「ええ、王宮には大きく二つの派閥があります」


 サラは声を潜めて説明し始めた。


「王太子派はライモンド殿下を支持する人たち。血脈よりも能力や人柄を重視する改革派です。片や第二王子派はジュリアン殿下を支持していて、伝統的な血脈重視の考え方なんです」

「なるほど……」

「できれば、どちらにも属さない方がいいですよ。中立が一番安全です。テルネーゼ侯爵家も中立、強いて言うなら王派ですし。それと──」


 サラは先ほどのことを思い出したのか、苦笑いする。


「イルダ様ですが、あのように気性の激しい方で、爵位や立場もお構い無しなので、あまりお気になされない方がよろしいですよ」


 たしかに、あの気の強い栗毛の美少女の姿を思い出すと、苦笑するしかない。

 また、これまでの関係を差し引いても、父は政治の話を自分にしてこなかった。父の政治的スタンスが少し分かったことも新鮮だった。




 夕方、廊下を歩いているエミリアの耳に、第二王子派らしき貴族たちの声が入ってきた。


「やれやれ、北方の血脈の弱い姫が巫女役とは、王国の伝統が穢れるな」

「そもそも、ガルナック帝国の影響を受けた国の出身者など……」

「やはり血脈こそが神に選ばれた証。王太子殿下は理想主義が過ぎる」


(ひどい言い方……)


 頭に血が上るのを感じた。ソフィア個人を知りもしないで出身地と血脈だけで判断するなんて──血脈に囚われないアンナやラウルの顔が思い浮かんだ。




 夕食後、王妃の部屋で給仕をしているエミリアに、王妃が優しく声をかけてきた。


「エミリアさん、イルダさんとのことは聞いたわ」

「殿下……申し訳ございません、お騒がせして」

「いいのよ。あの子はああいう子だから。ジュリアンの周りには血脈を重視する者が多いですから、あなたの『二つ持ち』を羨んでいるのでしょう」


 王妃は些細なことだと言わんばかりに、平然とした様子で紅茶を一口飲んだ。


「でもね、本当に大切なのは血脈の強さではなく、心の在り方よ。ソフィアさんのこともよろしくね」

「はい」

「北方諸国から来た彼女には、この国の血脈至上主義は息苦しいはずだから。同じ年頃のあなたが側にいてくれたら心強いと思うの」


 王妃の瞳は深い慈愛に満ちているように見えた。王妃は、本心から王太子妃を大事に思っているようだった。




 その夜、エミリアは自室に戻ると、アンナへの手紙を書き始めた。この二か月は慌ただしく手紙を書くことすら思わなかったが、今日の皆の話が心に引っかかり、書かずにはいられなかったのだ。


『親愛なるアンナへ

 王宮生活も二か月が過ぎました。今日はイルダという侍女に一方的にライバル宣言されて少し疲れてしまいました。

 それより心配なのはソフィア妃殿下のことです。北方諸国の出身で血脈が弱いということで、第二王子派から批判されています。血脈だけで人を判断するなんて、本当におかしいと思います。

 王妃殿下も仰っていました。大切なのは心の在り方だと。私もそう思います。ソフィア妃殿下をお支えできるよう頑張ります。

 まだまだ寒い日が続きますが、アンナも風邪などひかぬようご自愛ください。──エミリア』


 ペンを置き、窓の外を見つめた。王宮の尖塔に灯る明かりが、まるで星のように瞬いている。


(そういえば、あの夢も不思議な力も最近は全くないわね……)


 それは忙しさのためか、そういう機会がなかったのかは分からない。だが、今はそれどころではない。ソフィアのことが気がかりだった。異国から来て、価値観の違う社会で生きる孤独。血脈至上主義の批判にさらされる辛さは痛いほど理解できる。


(機会があれば、ソフィア妃殿下とお話ししてみたいな。少しでもお力になれれば……)


 複雑で気をつかうばかりの王宮生活だ。イルダの敵意も面倒だ。だが、それより大切なことがある。

 窓の外では雪がちらちらと舞い始めていた。新しい年は予想以上に波乱に満ちたものになりそうだった。

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