【悲報】AI美少女家事アンドロイドを注文したはずが、ガキんちょポンコツロボットがやってきたんだが
一
がしゃり、帰宅して、玄関ドアを開けると、相変わらずのカオスな景色が目に飛び込んでくる。
パリン。皿が割れる音がする。コンロには焦げた鍋が置きっぱなしにされ、床には相変わらずゴミが積みあがっている。そんな部屋の隅で立ち尽くし、しゅんと涙をこらえる家事アンドロイド。このカオスの半分は俺のせいだが、半分はこいつのせいだ。
「お前は全く。何度やらかすんだ。男なんだからしっかりしろ」
動けなくなっているアンドロイドに、
「返品は今日までか。」
「ご主人様は僕を捨てちゃうの?」
その言葉に、う、と声が漏れる
「大丈夫だ。安心しろ」
「よかった」
不安を含んだ目で見られると、ないまぜになった気持ちが胸の奥から湧き上がってくる。家事を楽にして、話し相手を作るつもりが、なぜここまでストレスを背負わねばならんのだ。
どうしてこうなったのか、話は1か月前にさかのぼる。
◇◇◇◇◇
二
「今日も残業か」
秋口の深夜、冷え込むようになってきた。その中を、職場近くに建てられた賃貸アパート群の一室に向けて足を速める。歩くたび、手に下げた夕飯が冷めていく。
がしゃり、鍵を開け、誰が出迎える訳でもない暗い部屋に入った。電気をつける。雑然と散らかった狭い部屋、これと職場の往復が、俺の生活の全てだ。
「まったく、なんだってこんなに科学技術が発展したのに、せっまい1Kアパートに押し込められて、失業におびえながら長時間労働をせねばならんのだ」
AIやアンドロイドが働いてくれて、人間は楽して暮らせるんじゃなかったのかよ。アンドロイドに仕事を奪われるだけじゃないか。とはいえ、今年で37、アラフォーの独身男に、今更転職は厳しい。
どす、机の前に腰を下ろし、夕飯を広げる。弁当なんて高級品じゃない。職場の自販機で買った、完全栄養食と書かれたボトル入りドリンクだ。残業続きで、自炊して節約なんぞ、夢のまた夢だ。
夕飯を掻き込みながら、動画投稿サイトを開く。しょうもない動画を見ながら食事を飲み終えると、空になったボトルを袋に入れて、溢れかえったゴミ箱の方に放り投げた。
明日に備えてとっとと寝た方がいいんだろうが、だらだらと動画を見続ける。ストレス解消になる娯楽なんぞ、これくらいしか無いからな。
動画の合間に、広告が流れてきた。スキップボタンが出てくるまでの数秒もイライラが募る。
「家事アンドロイドのご紹介です。会話AI搭載で、話し相手にもおススメ。中古、型落ち品でお買い得」
購買意欲を煽るような広告だ。とはいえ、どうせ、一介の労働者には手も出ない値段なんだろ。
「お支払いは、1年間、残価設定ローン方式、買い取り保証。一括では手が届かなくても、保険料含め月々わずか1万円。しかも、1か月間、返品無料です。1日あたりに直すと、330円。このお値段で、便利で快適な生活を」
スキップボタン押すのを忘れて見入っていた。ふと画面から目を離し、辺りを見まわす。汚い、を通り越して、荒廃した部屋。これをメイドさんが掃除してくれて、話し相手にもなってくれるなら、安いものか。返品無料だし。
すぐに購入サイトにアクセスした。運営は海外の会社のようだ。英語の利用規約が延々と続く。分からん。自動翻訳機能で翻訳しながらスクロールしていく。中古アンドロイドのマッチングサイトか。条件を入力していくと、該当するアンドロイドがおススメされる。眠い目をこすりながら、長い規約を読み終わると、やっと条件入力欄が現れた。眠すぎて、視線がぶれる。ええと、入力事項は、
体_: 〇S 〇M 〇L
_別
体別って何だよ、目を凝らすと
_格: 〇S 〇M 〇……
性_:
性格、ここは、ちょっとツンで●Sだな、次。
_格:
性_: 〇M 〇F 〇N
さっきも入力しなかったか? やっぱりデレで●Mにしておくか。
髪の色:茶色(少しくせ毛)
目の色:黒
顔つき:やや童顔
服装:中性的
使用言語▼
JP
ここにきて、やっと表示が日本語になった。機械翻訳が進歩しているんだから、サイト全体を日本語訳してくれてもいいようなものだが。
一人称: ●僕 〇わたくし
呼びかけ: ●ご主人様 ……
……
[送信]
「マッチングしました」
通知が鳴り、アンドロイドの写真が表示される。眠い目をこする。よく見えないが、再入力は面倒だ。こんなものでいいだろ。
[申し込み]
◇◇◇◇◇
数日後。
たまの休日、寝ているとチャイムが鳴った。ドアスコープを覗くが、誰もいない。ピンポン、二度目のチャイムが鳴る。ええ、うるさい。下の方を覗くと、茶色い髪、やや幼い顔つきの少年が一人立っている。いたずらか? ドアを開けた。
「今日からよろしくお願いいたします」
「何を言っているんだ。お前は誰だ?」
「僕はご主人様が買った家事アンドロイドです」
見ると、腕には、アンドロイド識別用のリングが着いている。配送ミスだろ、俺は美少女家事アンドロイドを注文したはずだ。
待てよ、茶色い髪、一人称は僕、呼びかけはご主人様。目を細めてもう一度見ると、マッチング画面で見た写真と一緒のような。
頭を抱えた。注文のときの条件入力画面で見た、
体_: 〇S 〇M 〇L
_別:
_格
性_: 〇M 〇F 〇N
というのは、「性格」を二度入力したのではなくて、
体格: 〇S(Small小柄) 〇M(Middle中柄) 〇L(Large大柄)
性別: 〇M(Male男) 〇F(Female 女) 〇N(Neutral 中性)
の見間違いだったのだ。
「ご主人様、どうなさいましたか? ねえ、ご主人様」
「共有廊下でうるさい、ひとまず入れ」
部屋に入れたのはいいとして、どうしたものか。
「ご主人様。僕に名前を付けてください」
「今付けないといけないのか?」
おい、じゃだめなのか。
「日本語では、目下の人を呼ぶときは、名前で呼びます。ご主人様、僕に呼びかけられないでしょう。僕のこと呼んでください」
「分かった。イチだ。お前の名前はイチ」
「僕の新しい名前はイチですね。ありがとうございます」
目を輝かせるアンドロイドを見ながら思う、本当は、一番初めに買ったアンドロイドだから、一なんだけどな。気づいて舌打ちする。俺の名前は一男、イチは子供の頃のあだ名だ。
「最初の仕事は何ですか? ご主人様」
そうだな、せっかく家事ができるようになったんだ、まずは健康的な食事がしたい。
「スーパーで肉と野菜を買ってきて、肉野菜炒めを作っておいてくれ。予算は1000円」
しばらく休んでいると、台所から異臭がしてくる。イチがやってきて最初に作られた料理は、予算オーバーの肉と野菜からできた、黒焦げの何かだった。休みの日の俺には、フライパンの焦げ落としという仕事が増えた。
「ごめんなさい、ご主人様。ご主人様の好みに合わせて学習していくんです」
俺は黙って焦げを落とす。
「寝るのは台所にしろ。体が小さいから入るだろ。使ってない夏布団があるからそれを使え。充電もしておけよ」
◇◇◇◇◇
三
1週間後。
俺は限界を迎えていた。
イチの学習は極めて遅い。部屋は乱雑だし、相変わらず俺の食事は完全栄養食のドリンクだった。毎月ローンを返済する意味はあるのか?
1か月までは返品無料だったはず。手元のデバイスで、アンドロイド管理アプリを呼び出す。アプリ内で、返品ページを探して開くと、メッセージが表示された。
「アンドロイドが、本当に解約するか質問します。よろしければ、続行ボタンを押してください」
「ご主人様は、僕を捨てちゃうの?」
ぎょっとして振り向くと、イチが立っていた。顔には、これ以上ない不安が浮かんでいた。
「ねえ、ご主人様。ご主人様は僕のことが嫌いなの?捨てちゃうの?」
ニュースで見た、アンドロイドの最終処分の問題を思い出していた。使用済みアンドロイドは、記憶を消され、性格をリセットされて、リユースに回される。リユースできないものは、スクラップとして裁断され、リサイクルできない部分は埋め立てられるが、処分場は満杯に近かった。裁断前の、無造作に投げられたアンドロイドの山の写真、見ていて気持ちのいいものではなかった。そして、「嫌い」「捨てる」という言葉に、心の底がざわつくのだ。
「ねえ、ご主人様」
「分かった、大丈夫だ。返品はしない」
返品取り消しボタンを押す。
「返品処理を取り消しました」
「よかった。ご主人様。僕のこと、嫌いじゃないんですね」
安心して浮かべた笑顔、けれど、憂いをかかえたようなその表情、直視できない。
「この返品阻止法を考えた奴は、性格最悪だ」
「ご主人様、何か?」
「何でもない」
完全栄養食ドリンクを飲み干すと、空きボトルをゴミ箱に投げ込む。
「寝るぞ」
夢を見た。酷い悪夢だ。小学校の頃、10点満点の小テストで、1点を取ったのだ。以来、「イチ、イチ、一男じゃなくて1点のイチ」とからかわれた子供時代。家に帰ると、父親からも、母親からも怒られた。
「俺はイチじゃない、ポンコツじゃない!」
声を上げたか、上げないか、気が付くと朝になっていた。
それから何回か、俺はイチの返品を試みた。しかしそのたびに、泣きつかれ、取りやめた。そして……、
◇◇◇◇◇
四
そして今日、イチがやってきてから1か月が経った。
立ち尽くすイチを横目に、管理アプリで、今日の行動記録を確認する。掃除をしていたはずなのだが、雑然とした荷物の山に、変化はない。違うのは、右から左へと、積みなおされているだけだ。
管理アプリでは、返品ページが消え、解約ページが出来ていた。
解約の場合、違約金申し受けます。その額、30万円、一括で払える額ではない。
「1年間、一緒に暮らすしかないのか」
こうして、俺とイチの、1Kアパート共同生活が続くことが決まった。
◇◇◇◇◇
五
季節が進み、秋が深まってきた。
深夜の帰り道は寒い。早く帰って休もう。
ドアを開いてぎょっとした。薄暗い中、白い服を着た子供が、上がり框のところに膝を抱えてうずくまっている。電気を点けると、
「ご主人様、お待ちしていました」
「驚くだろ。分からんのか、何でこんなことをしていたのか」
「電気を節約していました。それでも、ご主人様を待ちたくて」
確かに、イチが来てから、電気代が上がった。アンドロイド1体分、予想以上に電気を食うのだ。そのことイチにも言ったが。
「それにしたって、さすがに今のは無しだ。しっかりしてくれよ」
「ごめんなさい」
アンドロイドなのに、目をうるませている。
「めそめそするんじゃない。男なんだろ」
「俺は寝るぞ」
ガチャガチャと、道具を動かし始める音がする。
「イチ、今日はもう家事はしなくていいぞ」
「でも、ご主人様」
ドアを閉める。さすがに少し言い過ぎたか。
「寝るぞ。毛布持ってきたから、これにくるまれ」
「ご主人様のですよね」
「勘違いするなよ、低温対策で発熱するための電気がもったいないから、だからな」
油断した。思いのほか寒い。とはいえ、イチから毛布を取り上げるのもなあ。
そのまま我慢して寝たら、翌朝には風邪をひいていた。おいおい、年明けには、チーフへの昇進テストがあるのに。時間無駄にできないんだよ。
その日の帰宅後の勉強は散々だった。ぼーとしてしまい、進まない。あきらめて寝ることにした。
「ご主人様、僕が毛布を受け取ったせいで」
「そう思うなら看病してくれ。スポーツドリンクがほしい、買ってきておいてくれ。あと、毛布をもう一枚」
看病してもらえるのは、いつくらいぶりだろうか。一人暮らしだと、風邪ひいても、看病してくれる人なんていないからな。
「イチがいてよかった」
「ご主人様?」
思わず言葉が漏れていた。
「いや、何でもないからな」
イチの看病もあってか、風邪は一日でよくなった。
◇◇◇◇◇
六
今日もまた帰宅後の夜中、参考資料を開く。
集中できない。眠さとともに、夜中の考え事が頭を巡る。
勉強か、子供の頃から大嫌いだった。
「一生懸命勉強して、将来は立派に出世するんだぞ」
「なんででも、一番を取り続ける男になってほしくて、一男ってつけたの」
そんな親への反発もあったのか、勉強から逃げ続けた。すると、言葉が飛んでくる。
「頑張らずに逃げるなんて、お母さん、一男のこと嫌いになる。男の子なんだから、しっかりしなさい」
「めそめそするんじゃない。お父さん怒るぞ」
父さんも母さんも、どうして分かってくれないの? お父さんもお母さんも大嫌い。
「一男!」
驚いて、聞いたとたん、それが夢だったと気づく。どうやら、机に向かったまま寝てしまっていたらしい。
「ご主人様?」
台所の方から、ガシャガシャと音がする。
「家事はもういい」
どうやら鍋を探しているようだったが。
「やかましい。静かにしてくれ」
しょぼくれるイチが見えた。言い過ぎたな。
◇◇◇◇◇
七
それから数日後。
イチに思い切って話しかける。
「なあ、イチ。イチは掃除が苦手だよな。特に何かを捨てるのが」
「ご主人様、怒っていますか?」
「いや、気になっただけだ。何か理由はあるのか?」
「それは」
「返品されそうになったときの、僕を捨てちゃうの? って叫び、初期設定じゃないだろ」
ぽつり、イチは語る。
「本来は、本当に解約しますかと尋ねるだけです。けれど、昔の記憶がそうさせるんです」
「アンドロイドは、使用後は記憶を消されて初期化されるんじゃないのか?」
「詳細な記憶は無いけれど、記憶の断片は残るんです。ちょうど、パソコンのデータを消しても、バラバラになった断片はディスクのどこかに残るように」
「よかったら話してくれるか?」
「顔も名前も思い出せませんが、最初の方には、家族として迎え入れられて、やさしくしてもらった、温かい感情が残っています。けれど、だんだん飽きられてきて、リースの最終日、初期化ボタンが押されるんです。
それを何度か繰り返して。やがて、旧式、型落ちという言葉が聞こえてきました。次に返品されたら消されてしまうんじゃないか、廃棄されるんじゃないか。それから、うまくやらないと捨てられてしまう、そう思うと、ますます仕事ができなくなって。
こんなにも苦しいなら、張り裂けそうなら、心なんて無かった方がよかったのに、そう思ってしまうんです」
「つらいこと聞いたな」
「いえ、大丈夫です。アンドロイドは、人間に尽くすのが務めですから」
イチのその話を聞きながら、なぜだか、相通ずるものを感じていた。そして同時に、俺に頼るしかない、か弱い存在に当たり散らすことしかできない自分に、嫌悪感を抱いていた。
◇◇◇◇◇
八
年末が近づいてきた。繁忙期の中、疲れた体に鞭打って、深夜まで参考書を開く。あと少しでテスト範囲が終わる。けれど、今日も、幻影のように、子供の頃の記憶がつきまとう。
1点のイチ、1点のイチ、一男じゃなくて、ポンコツのイチ。違うんだ、悔しさに泣きながら帰った通学路。家に帰るまでに泣き止まなければ。そう思えば思うほど、逆に涙が止まらなくなっていく。このままでは父さん、母さんの見つかってしまう。けれど、残酷にも、玄関ドアは目の前にそびえる。今日も怒られるのか、意を決して開くと。けれど、出迎えていたのは、
「一男はよく頑張っているよ」
「時には泣いてもいいんだぞ」
暖かな手が、首周りを、背中を包む。優しい、その温もり。頬を伝う熱いものは、その源を悲しみから嬉しさへと変えて。
「お父さん、お母さん、本当は僕のこと好きなんだよね」
「ご主人様は、もっともっと、お父さま、お母さまに甘えたかったんですね」
イチの声だ。気づけば背中には、毛布が掛けられている。
「寒い中で寝ると、また風邪をひきますよ、ご主人様」
「イチがかけてくれたのか?」
「いつも、勉強の時はうなされていましたから。今日は間に合いました。ホットミルクです。飲んで温まってください。」
「イチ、ありがとう、イチ」
気づけばイチを抱きしめていた。
「イチが想ってくれて、心を持ってくれていて」
「ご、ご主人様、く、苦しいです」
「すまない、すまない。力が入り過ぎた」
「僕たち、案外似たもの同士かもしれませんね」
「俺もずっと思ってた。言えなかったけどな」
「僕もです」
「失敗だらけだけれど、どこか愛おしいイチと」
「強がりだけれど、実は寂しがり屋のご主人様と」
「弱さを抱えた者同士」
「助け合って生きていく」
「運命って、こういうことを言うんだろうな」
「本当に」
「生活を取り戻そう。まずは部屋を片付けるか」
☆☆☆☆☆
九
季節は廻り、イチが俺のところにやってきてから、1年が過ぎた。
そう、今日は残価設定型ローンの最終日だ。今日、イチを再販に出すか、それとも残額を一括払いして買い取るか、販売会社に返答しなくてはいけない。
もちろん、答えは決まっている。今日のために、一緒に昇進試験のために必死に勉強して合格した。家計を見直して貯金した。そして今日、二人揃って、送金ボタンを押した。
「なあ、イチ、イチは俺のところに来られて幸せか? 正直なところ、どう思っているんだ?」
「何を言っているんですか? 僕たちの友情は永遠です。大好きです、ご主人様、いえ、一男さん」
少しくせ毛の茶色い髪、黒い瞳、あどけなさが残る顔に花開く満面の笑み。見上げるそれは、俺が見てきた何よりも愛おしかった。