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第七話 女子、恋のお悩み


「じゃあ、早速生徒会室に向かおうか。会長くんはまだいるかな?」


「はい、まだ作業中だと思います」


「生徒会って……え、もう行くんですか?」


 席から立ち上がり、すぐにでも外に出る素振りを見せる羽月さんに思わず突っ込みを入れる。


 江夏先輩が生徒会長へ『告白する勇気が出る薬』が欲しいという話の流れで、まだ薬も作っていないのに生徒会室へ行くのには違和感があった。


「この学校には裏山が隣接しているだろう? あそこに行くには生徒会の許可が必要なんだ」


 そんな私の疑問に対して返答が来る。

 裏山——確かに桜花学園には、敷地外に出ずとも裏山に入っていける構造になっていた。


 ホームルームで『裏山に入るには生徒会か教師の許可が必要だ』という案内があったことを思い出す。

 そもそも、そんな場所に誰が入るのかと思っていたが……なるほど、羽月さんのような人が入るのか。


「で、それは何のために行くんですか?」


「薬で使う材料の採取だ。あそこには良い薬草や花にキノコなんかもあるからな」


 薬の材料採取……助手の話の時にも言っていたが、まさか山にまで向かうとは。


 羽月さんは冷静な雰囲気を保ちつつも、どこか目が爛々としているように見えた。まるで宝探しに出かける冒険者のような表情だ。


「それと、これは部室の鍵だ。君も持っておくといい」

「エッ、アッ、ハイ」


 その後、全員が部室の外に出たことを確認し、躊躇もなく渡された鍵で急いで部室の戸締りを済ませる。


 別に合鍵を渡されたワケでもないのに。小さく愛らしい生物のような声を上げた私は、今日何度目かの醜態に頭を抱える。




「ここから職員室に行くのも手間だからな。いつも生徒会室で許可証を貰っているんだ」


 羽月さんと江夏先輩の後ろ姿を追って廊下を歩いている途中、説明が入る。


 パンフレットに記載されていた校内の地図では、生徒会室は隣の三号館で、職員室は正門前の一号館だ。確かに距離を考えれば、生徒会室の方が断然近い。


「私は生徒会役員の書記を担当してるんです。創薬部のこともそうですし、何かあれば渡来さんも気楽に来ていいですからね?」


「はい、ありがとうございます」


 江夏先輩が優しい笑顔に、心が落ち着く。

 私のような、どうやらコミュニケーションに難ありな人間は先輩というだけで心中穏やかでない。

 なのに、江夏先輩はそういった感情にさせない。さすがは生徒会役員といったところだろう。


「そういうことで、私も生徒会の人間とはそれなりに交流があるんだ。江夏くんとも、もちろん会長くんともな」


「あんな話をした後で、改めて会うのは恥ずかしいですけれど……」


「なに、気にすることはない。君が会長くんに好意を持っているのは理解していたぞ」


「えっ、ほ、本当ですか? 私ですら、最近気づいたんですよ?」


「ああ。そして、君が気づいたのがちょうど春休み前——二月ぐらいの話だろう?」


「は、はいっ、そうです……けれど! なんでそれを……?」


「ふふ、やはりな。まあ、そういった感情は、意外と第三者視点からの方がわかりやすい場合もあるんだ。創薬部の窓からは、君たち生徒会関係者の帰る姿がよく見えているからな」


「うう、余計に恥ずかしくなってきましたよ……」


 生徒会室へ向かう間、肩を並べて二人が盛り上がっている三歩後方を私がついていく。まるで蚊帳の外だが、まあ、仕方がない。私は一人唯一の後輩なのだから、余計に肩身が狭い。


 風が吹き抜ける廊下で、私だけを除いた声が反響する。なんだか、友達同士で盛り上がってる隣のクラスを眺めているような気分。

 いつものことだけど。冷笑気味に達観していると逆に気分が落ち着いたりする時もある、アレ。


「ちなみに、君に恋愛経験は?」


 と、完全に油断していたところ、私に首を傾け、羽月さんが問いかけてきた。予想していなかった突然の質問に心臓が跳ねて、周りの景色が一瞬ぼやける。


「……まあ、それなりに」


 脊髄反射で返事をしてしまった私だが、それなりにと言えるような実績は一つもない。


「ふふ、そうかそうか。見た目通りと言えば、そうなるだろうな」


「そうですよね。落ち着いたら、渡来さんのお話も聞きたいです」


「いやー、まあ。機会があれば。あはは」


 しかし、そんな内情とは裏腹に、私の派手に染まった髪色が発言を冗談と捉えさせず、そこに存在する事実のように染め上げてしまった。


 見た目の印象とは、時として自分の意図しない方向に一人歩きさせてしまうものなのかもしれない。

 私の場合、発言もそれを助長したせいで、完全に自分のせいなんだけど……。




「——着いたな」


 その後、生徒会室まではあっという間だった。

 三人で目を見合わせ頷くと、先に江夏先輩が扉をノックし、「どうぞ」という返事が聞こえて中に入る。


 そういえば、生徒会室なんて中学校の頃には入ったことがなかった。なんとなく敷居が高い場所というイメージがね。滅多に用事がある場所でもないし。


「失礼します」


 江夏先輩の後に続き、生徒会室に足を踏み入れる。その室内は創薬部と比べて——当然だが——贅沢な作りで、とても広々としている。


 窓から差し込む午後の陽光が床に広がり、室内は明るく清潔感に溢れている。

 壁際の大きな机には、数枚の書類や文房具が整然と並んでいて、その前に置かれた椅子に座り、パソコンの前でカタカタと作業をしている男子生徒が一人だけいた。


 集中しているのか、私と羽月先輩には気づかずにキーボードを叩く音が響いていた。


「ただいま戻りました」


「ああ、鈴乃か。おかえり。用事は終わったのか?」


「はい。一旦は……」


「みんなはもう帰ったぞ。伝えといてくれってさ」


「ありがとうございます」


「あと十分もすれば作業は終わる。待てるか?」


「大丈夫、です」


「……ごめんな。すぐ終わらせるから」


 その男子生徒は、パソコンから顔を上げて、江夏先輩とのぎこちない会話に困った表情を浮かべた。

 目も合わせようとしない江夏先輩に、私たちとの会話との違いで少し驚く。


 たぶん、話の流れからあの男子生徒が生徒会長なのだろう。まるで妹に構う兄と反抗期の妹のようで、とても幼馴染同士の会話には聞こえない。


 その微妙な空気感が、見ているこちらまでむず痒く感じてしまう。なんというか、恋愛感情が絡むとこんなにも関係性って変わってしまうものなのか。


 江夏先輩の方を見ると、顔と視線を下げ、正面から見られないようにしているが、少し頬が赤く染まっているように見える。


 全てがぎこちなく、これぞ恋する乙女というような反応だった。しかし、これだけでは鈍感な人だと、この変化を「最近元気がない」「機嫌が悪い」程度にしか捉えなくとも仕方がないのかもしれない。


「ん? そこにいるのは——」


 その顔を上げたタイミングで、生徒会長の視線が私たちに向けられる。


「すまない、私の用事で江夏くんはもう少し借りることになる。裏山に行きたいんだが、許可証を貰えるか?」


「ああ、羽月さんですか。それは構わないですけれど——そこにいるのは?」


「創薬部の新部長候補だ」


 その羽月さんの返答に、生徒会長は一瞬意外そうな表情を浮かべる。


「君は——一年生か。じゃあ初めましてだよね? 僕は冬野結城だ。この学校の生徒会長をしている。よろしくね」


 私に向けたその声は優しく、浮かべた柔和な笑みはどこか親しみやすさがあり、江夏先輩に感じた安心感を同じように抱かせた。


「はい、渡来綿音です。よろしくお願いします」


「じゃあ、これを——新部長候補さんに、どうぞ。わざわざ裏山に行くのは羽月さんぐらいなものだから、ほぼ専用の許可証なんだけどね」


 そう言って机の引き出しから許可証なるものを取り出し、私に手渡してくれる。大した手続きもなく、簡易的なものだ。


 これならわざわざ許可を取る必要もないのでは、とも思うが、こういった形式でもないといざ問題が起きた時に困るのだろう。


 まあ、学校としてはルールを守っているという証拠にもなるし、納得できる。書類一枚でも、責任の所在がはっきりするから大切なことなのかもしれない。


「ありがとうございます」


 生徒会長——在校生代表の挨拶では眠気でほとんど記憶になかったが、こうして見ると中性的な顔立ちで、生徒会長になってからモテるようになったと江夏先輩が言っていたが、その理由もよくわかった。


 確かにこれは人気が出そうだ。それに、今の丁寧で親切な対応を見ていると、外見だけじゃなく性格も良いんだろうな。江夏先輩が惹かれるのも無理はない。


 そんなやり取りの中、江夏先輩が心配そうな表情で私を見ていた。その視線は、まるでおもちゃを取り上げられそうになった子犬のようだ。

 ああ、もしかして生徒会長と私が仲良く話しているのを見て、嫉妬……というか不安になってるのかな。


 ——大丈夫です、取りませんから。

 そう言って安心させたくなるような反応が、なんだか可愛くて思わず笑いそうになってしまった。恋する人って、こんなに分かりやすく感情が顔に出てしまうものなのか。


「それでは、今から裏山に行くわけだが、生徒会役員の君たち二人も一緒に来てくれたまえ」


「えっと、私たち……もですか?」


「ああ、それが必要な工程だからな」


 必要な工程——それだけだと少し説明不足に感じるが、まさかここで薬の依頼を受けたからです、と馬鹿正直に話すわけにもいかない。


「なるほど、わかりました。僕たちも同行します。鈴乃、いいよね?」


 生徒会長も一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、すぐに納得して頷く。江夏先輩の方は、その視線を受けて更に顔を赤くしてしまう。


「はい。羽月さんと……会長が、そう言うなら。私も大丈夫です」


 江夏先輩は薬を飲む必要があるからすぐに納得してくれたのだろう。しかし、そうではない生徒会長もすぐに同意してくれたのは話が早くて助かった。


「よし。それでは私たちは先に裏山前で待っておくから、作業が残っているなら終わらせておくといい」


 そう言って、羽月さんは私の手を引く。


「では、私たちは先に行こう」


 その声に従い、廊下へと足を進める。

 突然の手の温もりに、心音が揺れる。……不意にそういうことはしないでいただきたい。


 生徒会室を出る際、少しの間二人きりになるからだろうか——一瞬、江夏先輩の表情が不安そうに見えたので、私が視線を合わせて頷くと、江夏先輩はぎこちないながらも笑顔で返してくれた。


 ……薬、依頼、江夏先輩と、生徒会長の関係。全部、上手くいくといいんだけど。実際に二人のもどかしいやり取りを見て、私は改めてそう思った。

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