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第五話 不良生徒の体験部長


「なるほどな。では素朴な疑問で申し訳ないが、友人と一緒の部に、などとは考えなかったのか?」


 だけど羽月さんは、あくまで馬鹿にせずに真面目に答えてくれる。


「あ、いや、友人は……」


 友人。その二文字に言葉が言い淀む。


「……気にしないでくれ。そういえば君は外部生だったな。まだ友人がいなくとも、自然な流れだろう」


 どうしようもない、嫌な気の遣われ方をされてしまった。完全に同情されてます、これ。


「い、いえ、別にそういうわけでは。テニサー……じゃない、テニス部には誘われましたし。柄じゃないので、断る予定ですが」


 一応、天川さんから直々に友達だと言われたわけだし。……でも、あれも気を遣われていたとしたら? 私は哀れなピエロだ。あり得る話だけど。


「ほう、柄じゃないと」


 一人勝手に沈んでいると、羽月さんが私を頭からつま先まで撫でるように眺めてきた。なんだなんだ、まるで珍獣を観察するかのような見方だ。


「別にそうは思わないが……そもそも君のような子が部活で誰かと群れている場面は、確かに想像しにくい。ここに君が入ってきた直後は、不良生徒が隠れ家を物色しに来たのかと思ったぐらいだ」


 私が随分な言い草をした横で、随分なことを思われていた。不良生徒——それはたぶん、私の見た目から連想した言葉だろう。……まあ正直、そう言われても仕方ないよな、とも思う。


「この髪のことを言っているのなら、すぐ染め直しますよ」


 紺色のロングボブに耳元には赤いインナーカラー。集会で立っていても、登下校で他の生徒と混じって歩いていても嫌でも目立つ。


 この学校に入学が決まった上京前、妹に染めた髪を披露した時には『お姉ちゃんがグレた!』と泣いて大変だったから。


「なぜだ?」


「それは当然、浮いているからです」


 もっとも、これは自業自得だ。


 都市部の学校で、しかも校則に髪色の指定が一切ないと知った時、素のままでは芋女がどうだと確実に舐められると思ったからだ。


 だけど実際問題、そんなことはなかった。髪を染めてるのは極一部の人間だけであり、それこそ天川さんのような選ばれし陽キャだけだ。


 誰も彼も私の顔を見ると一瞬ギョッと表情になる。馴染むよりも先に、距離を取られる要因にしかなっていない。


「いや、似合っているのなら、何も染め直してしまう必要はないだろう」


 ところが、帰ってきたのは意外な言葉だった。


「に、似合ってるって。それは皮肉ですか? 褒めていますか?」


「皮肉ではない。褒めている——というよりは、客観的事実と、私の意見を告げたまでだ」


 簡潔でありながら、どこか説得力を感じた。お世辞を言うような雰囲気がなかったからだ。


「な、なら……一旦、このままで」


「ふふっ、それがいいだろう」


 くすりと笑う羽月さんに、思わず恥ずかしくなって顔を逸らす。……我ながらチョロい。それでも褒められたら、なんだかんだで嬉しいものなのだ。


「だが、入る部活を決めかねている、か……そういった類の相談は、単純故に難しいな」


 また逸れかけた話題を、元に戻してくれる。


 ——難しい、か。だけど先ほど聞いたような、突拍子もない薬を作ることよりは簡単なことに思える。


「結局、そういった話は本人にとって何がしたいか、何に向いているかに帰結してしまうからな。私の薬でどうこうなるものでもないし、普通に相談として取り扱うにしても、私は在校生ではない。今の部事情には詳しくないからな」


 ああ、確かに。薬を飲んで、この部がいい! なんてことにはならないだろう。うーん……だとすれば、せっかく天川さんに案内までしてもらったのに、無駄足になってしまう。


 成果、怪しい薬を飲まされただけ。ハハッ、科学の発展には犠牲は付き物だからね、仕方ないネ。


「だが、ちょうどいい。薬に頼らずとも、私に良い案がある」


 だけど、羽月さんはそこで話を終わらせなかった。良い案——それは何だろう、想像がつかない。


「君がここ、旧・創薬部を新部長として復活させてしまえばいい」


 …………はい?


「え? いや、あの、話が見えないんですけど」


 ——部長。それは、一度も頭に思い浮かばなかった選択肢だ。


 思わず突っ込みを入れると、そんな私の困惑が見て取れたのか、羽月さんはゆっくりと頷いてまた話し出す。


「これは想像でしかないが、君は今、特に入りたい部はなく、人付き合いも得意ではないと見た」


 ついでのように、私の生態を見透かされて。あ、はい、それは、もう。はい。仰る通り。私は、そんなにわかりやすい人間だろうか。


「なら、自分で部を作ればいい。私が在学時の情報ではあるが、部室と顧問と活動指針さえ用意できれば、部の設立自体は簡単だからな」


 自分で部を作ればいい。……単純な話だが、確かにそれができるなら単純かつ簡単な話だ。だとしても、部室、顧問、活動指針——それらは簡単に用意できるものなのだろうか。


「部室ならここにある。顧問は——以前、してもらってた先生に頼めばいい。どうせ、飾りでしかない。了承してくれるだろう」


 そう聞くと、羽月さんが今大学二年生だから……二年前まで存命していた部だ。それをそのまま復活するだけ。確かにハードルは高くない。


「だけど私、創薬部と言っても、何をすればいいのか……」


「まあ、一番の問題はそこになるな。活動指針の一つとして、どのような活動をしているかは定期的に示さなければならないからな」


 そう、私は薬なんて作ったことがないし作ろうと思ったこともなければ、知識も持ち合わせていない。文系、理系で言えば文系寄りの人間だ、私は。羽月さんは——まあ理系だろう、格好的に。


「そこで一つ提案だが、君には私の研究の手伝い——補佐的な役割をしてほしいんだ。わかりやすく役割づけするなら助手のようなものだ」


「助手……」


「ああ、逆に言えば、それだけでいい。薬の材料を採取する際の付き添い、私の研究に対して感想、思ったことを口にしてくれるだけでいい」


 材料の採取——は想像がつかないけど、感想、思ったことを口に、というのはさっきの薬の味がどうみたいな質疑応答のことだとすれば、確かに私の負担は少ないように思える。


 部員は、部長が私なのだから私一人だけでいい。ただ実質、羽月さん含めた二人。ヤバい人臭がするのが……アレだけど。会話している感じ、会話にならないということもない。


 どちらかと言うと、天川さんとの会話の方が会話としてままならなかった気がするし——や、それは完全に私のせいなんだけど。


「私としては良い条件ですけど……それは羽月さんにメリットはあるんですか?」


「ああ、もちろんある。そもそも、私がこの部室を卒業後も使い続けていること自体がグレーゾーンなんだ。今は君が部に来た理由のように、生徒の相談役として活動しているから——と見過ごされてはいるが」


「なるほど……?」


「それと、卒業してからは自費で創薬に勤しんでいたが、正直部費が出ると助かる」


 ……素直だ。創薬部にも部費が出るのか。まあ、少額だとして、無いよりはあった方がいいのは間違いない。


「それに、私と関わりを持つことは決して悪いことじゃないぞ」


「はあ……と、言うと?」


「普通じゃできない体験ができる」


 それは、良いことなのか。ついさっき、惚れ薬などというぶっ飛んだものを投与されたばかりだ。


「それと、私は頭が良い。勉強を教えてやれるぞ。そこらの教師より、何倍もタメになるようにな」


 そう胸を張る羽月さんは、見栄を張っているような様子も見られず、発言通り自信満々のように見えた。


「見ての通り、私は天才だからな」


「あ、はい。それはもうわかりましたから」


 私が適当にあしらうと、羽月さんは不服そうに口を尖らした。あの、それ、ちょっと……いや、まあまあ可愛いのやめてください?


「まあ、悩むようならすぐに決めなくてもいい。猶予はまだあるのだろう?」


 頷く。期限は二週間以内だ。正直、私にとって悪くない話だと思った。羽月さんにもメリットがあるというところで、逆に安心感もある。


「だけど、助手って。私に務まるでしょうか」


「大変な作業はほぼないと思うが……そこは実際に体験しないとな。何か依頼でも無ければ、私は基本的に本を読んでいることが多い。珈琲でも淹れて話し相手にでもなっていてくれ」


 何て適当な……。


 呆れた私が苦笑いで返事に困っていると、ドアが軽くノックされる音が部屋に響いた。


「——っと、今日は客が多いな。……おそらく、依頼者だろう」


 羽月さんは私に目配せをする。

 助手、実際に体験しないとわからない——先ほどまでの話を振り返り、少し迷い、結局頷いた。


 乗りかかった船だ。せっかくだし、とりあえずやるだけやってみて、合わないと思ったらやめることにしよう。


「はい、どうぞ」


 私は椅子から立ち上がり、ノックされたドアに向かって返事をする。

 チラリと横を見ると、客人に向かって対応した私にご満悦な表情でマグカップを啜る羽月さんが映る。


 ……何だか嬉しそうだ。ま、いいんだけどさ。


「失礼します」


 ドアが開き、そう丁寧にお辞儀をしながら、一人の女子生徒が現れた。


「突然の訪問で申し訳ございません」


 その彼女は、礼儀正しい態度で部室の中に入ってきた。


「江夏くんか。君から私を訪ねに来るとは珍しいな。生徒会の仕事か?」


「いいえ。今は個人的に用事があると抜けさせてもらってて。実は、羽月さんに相談……依頼がありまして」


「君が私にか? ……よし、わかった。じゃあ、椅子にかけてくれ」


 どうやら見知った仲のようで、羽月さんは先ほどまで私が座っていた椅子に座るように視線を向ける。私もそれに倣い、どうぞどうぞと椅子を引く。


「あ、はい、ありがとうございます。それで——」


 丁寧にぺこりと羽月さんと私にお辞儀、お礼を言って椅子にかけた後、その江夏くんと呼ばれた女子生徒と私と目が合う。柔らかいウェーブがかかったセミロングが、ふんわりとした雰囲気を醸し出している。


 桜花学校では、生徒の学年によってリボンとネクタイの色分けがされている。青が三年生、黄が二年生、赤が一年生だ。そして江夏くんと呼ばれた人は青のリボンと生徒会役員の紋章——間違いない、三年生だ。


「初めまして、一年生の渡来綿音です」


 ここは後輩の勤め。

 私から先に自己紹介をする。


「あ、ご丁寧にありがとうございます。私は三年生の江夏鈴乃です。よろしくね。その、渡来さんも、羽月さんに依頼を?」


「あ、それは——」


「いや、彼女は新生・創薬部の部長候補であり——そうだな——今は、体験活動のようなものだ」


 一瞬、どう答えるか迷った私に代わり、羽月さんが説明をしてくれる。


「えっ、創薬部が再建されるのですか?」


「決まったわけではないが、私の意思を引き継ぎたいと懇願する者が遂に出てきてな」


「へえ……それは……」


 どんどん私の知らない設定で話が進んでいく。なんて物好きな子だ、とでも言いたげな表情だ。

 まあ、話が変にややこしくなるよりは、この方がスムーズでいいか……。


「よろしくお願いします。その……江夏先輩」


「ふふ、よろしくね。部を正式に復興させることになれば生徒会を通してね」


「はい、わかりました。ありがとうございます」


 私は特に否定せずに、頷いておいた。どうも、物好きです。

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