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第二話 きゃぴギャルGPS


 ——その後、学年集会にて一通りの学校行事や各部活動の紹介があるということで、私や天川さん含む一年生たちは全員体育館に集められた。


 それらが終われば自由解散となり、大半がそのまま部活見学に向かうという流れらしい。


「で、あるからして——」


 そんな事情もあって、私たち一年生は床に座らされたまま、ステージ前で禿げた教頭先生が偉そうにぶつくさと喋っている内容に適当に頷いている。


 とはいえ、大体の内容は事前に渡された学校案内のパンフレットに書いてある。基本はそれをなぞるだけでいいのだから、耳に入れなくとも目で追えばいい。


 体育館に響く教頭の声を半ば聞き流しながら、パンフレットを流し見する。


 大半は小中学校の義務教育を済ませていれば何となく理解できるような内容だったけど、その中に気掛かりなものが一つあった。


 やむを得ない理由がない限り、入学から二週間以内に入部する部を決め、それから一学期の間の転部に制限はないが、どこかの部には所属せねばならないということ。


 そのルール自体は入学前から知っていたが、問題はどこに入部しようか——それを未だに決めかねているという点だ。


「サッカー部、部員募集しています。もちろん、マネージャー希望の方も歓迎していて——」


 気がつけばステージには三年生と思わしき人たちが代わる代わる部活動の紹介をしていた。最初に運動部、その後文化部と続く。


 順番はパンフレット通りに進行しているようでわかりやすい。どうやら、部員数の多い順に進んでいるようだ。


「皆さまご機嫌よう。部長の鳴嶋です」


 一部、人気のある上級生もいるようで。声を上げるだけできゃあきゃあと歓声が上がる。部名も名乗らず自分の名前からか。私は内心で苦笑する。


「我らテニス部では——」


 よし、私はパスだ。


「七海ちゃんはテニス部入るの?」


「うん、中学でもやってたしそのつもりかなー」


 辺りから同じクラスの人間の声がヒソヒソと聞こえてくる。やっぱりギャル——天川さんは既述通りテニサー村の人間か。


 テニス部か……私にも運動部に憧れていた時期がありました。今となっては考えられないけどさ。


 その後も、何十種類にも及ぶ説明は続けられた。部活動に一旦入らねばならないルールがあることからもわかるように、本校が力を入れている部分でもあるのだろう。まず種類からして多い。


「ここ、一緒に入らね?」

「おおっ、こんなの中等部のときなかったよな〜」

「私、高校からは前の部活じゃなくて——」


 紹介が一つ一つ終わるごとに各々の反応がヒソヒソと聞こえてくる。ここはどうだ、あの先輩はだのと色々と。


 一方、一人膝を抱える私。居心地の悪さから少し目に掛かった前髪を弄る。


 だけどそれは私が隣地方の半端街から此処都心に上京してきたことだけが理由でもない。


 私以外、周りは中等部からの見知った人間ばかりで形成されている。ともなれば、高等部に存在する部活動についても、どんな先輩がいるかなどもある程度の情報は既に把握し合っていることだろう。


「渡来さんは何の部に入るか決めてるのー?」


 そんな完全に孤立した私を気遣ってか、前に座っていた天川さんが振り返って声を掛けてくれる。


「いや、まだです」


「そうなの? うち部活の種類多いし選び放題だよ」


「うーん……」


 そうは言ってもね。


 今更部活紹介されたところで、どんな部活があるかは入学前に調べたホームページや渡されたパンフレットから把握していた。そして結局、そのどれを選ぶにしても同じ懸念が私を悩ませた。


「私、友達いないからなぁ」


 既に出来上がったグループ、団体に飛び込むのには勇気がいる——気が引ける、という話だ。人が多いところであればあるほどその懸念は増して、人が少ないところは少ないところで少数精鋭の絆みたいなのがありそうで、それもまた寄り付き難い。


 そんな体育館の喧噪の中、私は自分の居場所を見つける難しさを痛感していた。自分で選んだ道とはいえ、こんなところで悩むことになろうとは。


 今の私には、ただこの場にいるだけで精一杯だというのに——。


「え? 私と友達じゃん?」


 そんなキョトンとした表情で首を傾げる天川さんの発言に、私は思わず目をパチクリさせた。


 え、と、ともだち? あてぃしが?


 思わず初めて愛情を注がれた化け物のような反応を取りそうになる。


 あっ、えと。天川さんってもしかして、一度話しただけで友達判定してしまえるタイプ……?


「そうだっ! もしも入るところが見つからないなら私と一緒に——」


「いや、テニサーは遠慮しときます」


「へ? て、テニサー?」


「あ、すみません。運動は苦手で」


「そ、そっかぁ。なら仕方ないね!」


 誘ってもらったところで申し訳ないけど、テニサーと言えばパリピでウェイみたいな印象しかない。


 数年前の私ならともかく、今の私ではとても太刀打ちできる気がしない。


「うーんでも、とりあえず籍を置ける場所だけでも探さないと……」


 誰に向かって言うでもなくポツリと呟く。あと、できれば明確な部の方針みたいなのは存在しない方が嬉しい。規律もなく、緩そうな……。そんなふうに考えながら、自分の理想に合致する部活はないか考える。


「うーん、そんなところあるのかなぁ」


 天川さんも困り眉でパンフレットの部活一覧のページに目を通す。一緒に考えてくれている。優しい。でも、テニサー。


 ……とは言ったけども、よくよく考えてみれば知ってる名前が存在するというだけ、誰も知ってる人の居ない空間よりは有難いのかもしれない。


 テニサーに入る、私の新しい概念——それは、アリなのか? つい直前まで想像にもしなかった考えが頭に浮かんでくる。


「では、これで部活動紹介は終了となります」


 司会進行の人の声がマイク越しに聞こえる。


「あ、終わっちゃった」


「だねぇ。それで、ピンと来たのはあった?」


 うーん。腕組みした私は、改めて紹介に上がった部活動を頭の中で羅列する。


 運動部……は基本的に選択肢から外したい。強いて言うなら天川さんと同じテニス部……は本当に追い込まれたときだけだ。


 文化部だと消去法で文芸部、情報部、写真部……変わり種だとおにぎり部、即興RP部とか……。


 私が腕組みしながら前後ろに揺れながらうんうんと唸っていると天川さんが「ふふっ」と私を見ながらクスリと笑った。


「えっと、なんでしょう」


「あっ、ご、ごめんね? なんだか渡来さん、可愛いなぁって思って」


 私、笑われるようなことした? 疑問を口にすると、予想していなかった返答。


 待て、可愛い? それは私の挙動が?


 これはアレか。もしかして、『アハハッ! オタクくんキョドッてんじゃん! まじウケるんですけど。可愛いー笑』的なやつなのか?


「そ、そう、ですか……」


 ……なんて返せばいいのやら、途端に恥ずかしくなって両手を宙に浮かせて固まる。


「うんっ! その、あはは……」


 チラリと横目で伺えば、その発言をした天川さんの白い頬は少し赤く染まっているように映る。


「はは……」


 …………なんだこの空気。


 お互いに視線を泳がせる微妙な間。体育館の喧噪が遠くに聞こえる中、私たちだけが妙にしんとした空間を作り出している。


「そ、それよりもっ! まだ迷ってるならあそこに行った方がいいかも?」


「あそこ……?」


「うん! 確か創薬部って言ってたかな。そこの部長さんだった人が中等部でも有名だったんだよね」


 創薬部……パンフレットや部活紹介では無かった名前だ。聞き馴染みもなく、イメージも湧かない。


「まあ、部員がその人しか居なかったから、卒業と同時に廃部になったらしいけどね。だけど、卒業生として、まだその部室に入り浸っているって話だよ」


 卒業生が部室に入り浸っているって、どういう状況? 部活のOBが毎週様子見に来る感覚?


 ……なんか、そうやって聞くと面倒見良い面倒臭い先輩感が増してくるな。


「あははっ、警戒しなくていいと思うよ?」


 しまった。その懸念が表情出ていたのか、天川さんからフォローが入る。


「でも、もう廃部しているんですよね」


「うん、そうなんだけどね。なんか、当時から相談役? みたいなことしてたらしくてね。テニス部の先輩もお世話になったことあるって言ってたよ!」


「な、なるほど。じゃあ、大丈夫そうか……でも、場所の記載が……」


 当たり前に、パンフレットには現存する部室の場所の記載しか見当たらない。


「じゃあ、私が案内してあげるねっ」

「え? いや、普通に教えてもらえたら」

「よーし、じゃあ行こう行こうっ、GOGO!」


 わざわざ申し訳ない——の言葉を発する前に押し切られてしまう。

 まあ折角の親切を私如きが断るのも……ね。

 結局、素直に頷いた私は、天川さんの背中を雛鳥のように着いていくことにした。


「んっとねぇ、確か四号館の端の方にあるって言ってたかな〜?」

「えへへっ、曖昧でごめんね? でも、確かそう!」

「この道左に曲がったら裏門の近道で、右に行ったら裏山に続いてて——」

「そういえば昨日新作で出てた桜味のフラペチーノ、もう飲んだ? 飲んでないなら絶対飲んだ方がいいよっ!」


 ——そうして天川さんから一方的に繰り出されるマシンガントークを聞き流しながら歩いていると、桜花学校のキャンパスはとにかく広いんだなあと改めて思い知らされる。


 正門をくぐるとまず本館があり、そこから放射状に、中等部棟・高等部棟・大学棟がそれぞれの敷地を分け合うように建っている。

 四号館は、もともと本校舎として使われていた古い建物で、現在は学部をまたいだ研究系の部活動や、大学の研究室の一部までが間借りしている、

 いわば「なんでも置き場」のような場所である。


 天川さんの話を聞く限り、私の目的地である旧・創薬部も、その四号館の最上階の端っこに部室を構えているという。まるで隔離施設に追いやられているようだ。


「あ、七海見つけたーっ! 鳴嶋部長が七海のこと探してたよ〜!」


「えっ、私? なんで〜?」


「ん〜わかんないけど、どこにいる? って。まあでも七海、中等部の頃から鳴嶋部長に気に入られてたしね〜」


「うそっ、そんなことないよ〜!」


 きゃはははははっ!!!


 しかし、その後の天川さんのご厚意での案内は、途中でテニス部の人に呼び止められ、ちょうど四号館を目の前にしたところで終わってしまった。


「渡来さんっ、ごめんね。案内の途中で!」


「ああいえ。ここまで来れば、後はわかるので……」


「なら良かった! じゃあ、また明日ね〜!」


「はい、ありがとうございました」


 天真爛漫。笑顔でぶんぶんと手を振る天川さんに礼を言って、姿が見えなくなるまで見送る。


 ……騒がしい。まるで嵐のような人だった。や、感謝はしてるんだけどね。


 気を取り直して、私は建物の入り口まで足を運ぶ。やはり他の号館とは違い、四号館は建物も古い代わりに、それ相応の風格のようなものを漂わしていた。


「まあ……行ってみるか」


 どうせ、他にアテもないしね。ダメならダメで、天川さんの待つテニサーへ。


 まるで突撃兵。覚悟を持った表情に引き締めて。朝、登校前にポケットに忍ばせた飴を口に放り込んで舐める。


「……うぇ。今日のはハズレ」


 あのぉ……先行きが、大変不安です。

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