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第十四話 ブーメランだった件


「では、その上で、君がどんな作品を描いているのか教えてもらえるか?」

「はい。ええっと……以前までは主に恋愛ものを描いていましたね」

「いました、というのは今は違うのか?」

「バズったのが転生ものだったんです。『二次創作の妄想に捗るオタクを狩る死神に転生したらブーメランだった件』っていう……」

「なんかそれ、見たことあるような……あれ、大宅先輩の漫画だったんですか? それ、ブヒッターで投稿しました?」


 私の脳裏に、そんなタイトル、題材の漫画を読んだことがあると主張する。確か、見たのは二、三ヶ月ほど前だったはずだ。あまりにも印象的だったため、すぐに思い出せた。その話を聞いた大宅先輩は驚きと喜びの入り混じった表情を浮かべる。


「う、うん! 渡来ちゃん……だよね? あれ見たの? 恥ずかしいし……なんか、意外だね」


 大宅先輩の声が少し上擦って響いた。頬が薄く染まり、目線が泳ぐ。その仕草に、作者としての照れと、思わぬ読者との遭遇への驚きが滲んでいるように見えた。


「え、意外ですか?」

「言い方悪いかもしれないけど……そういう、オタクジャンルの漫画とか見るんだなって」

「普通に見ますよ、それなりに……たぶん、普通の人よりは」


 ザ・オタク道を歩む人間かと問われると返答に窮するが、広い浅瀬に住むオタクだと自負している。悪く言えば、中途半端だ。毎クール一、二本はアニメも見てるし、話題の漫画もそれなりに履修する。


「まあ、確かに君にそういうイメージは抱きづらいかもしれないな」


 羽月さんに冷静に指摘される。一体どこが、と問い返そうとしたところ、羽月さんと大宅先輩の視線が私の顔辺りに注がれているのに気づいた。


 そうジッと見られると居心地が悪いけど……。


 私の肩まで伸びた紺色の髪には、耳元付近にだけ赤いインナーカラーが差し込まれていて、その隙間からはシルバーのピアスが時折覗かせる。


 何が言いたいのかは何となくわかった。

 昨日、五月女先生も私の見た目と態度の乖離に違和感を覚えていた。いわゆる、不良っぽいと言いたいのだろう。


「見た目はこの際置いとくとして、今時ギャルでもアニメ観る時代ですよ。……って、ネットで見ました」


 最近のオタクたちは、立場や見た目も以前よりずっとカジュアルになっているらしい。


 もしかしたら、天川さんもね。私、結構オタクだよ! ワンピー◯とか見るし! とか言ってきそうだし。……これもまた、悪い偏見か?


「——って、そんなことは、私のことはいいんですよ。それより大宅先輩の漫画、私の記憶では一万”イイぞ”ぐらいされてた記憶がありますよ」


 私を主題にされても困ると、大宅先輩の話に引き戻す。

 SNSで流れてくる漫画を見る際、内容もそうだが、どれだけ注目されているかも一つの指標になる。

 私が読んだ時にはもうバズったと言える状態だったが、設定が嫌に現代的で、しかし、その発想はどこから生まれたのかと素直に感心した覚えがある。


「いや、でもあれ、変なテンションの時に勢いで描いた半分出オチの一発ネタだから。また描こうと思っても、なかなか上手くいかなくて……」


 大宅先輩の言葉に、一瞬の躊躇いが感じられた。その様子を見逃さず、羽月さんが冷静な口調で応じる。


「しかし、そういうテンション、勢いの類はインスピレーションにおいても大事だぞ。場合によっては、再現性だってあるかもしれない」


 羽月さんの言葉には、薬を探求する研究者らしい冷静な分析と建設的な提案が込められていた。しかし、大宅先輩の表情にはまだ不安の色が濃く残っている。


「再現性ですか……だけど、うーん……それは難しいのかな、と思います」

「どうしてなんですか?」


 そう断言された返答に疑問を持った私が理由を聞くと、それに対して大宅先輩は軽く息を吸って言葉を続けた。


「私、GLもBLもなんでもいける雑食系なんだけど、某ソシャゲのキャラに推しカプがいるの。でも、そのキャラ周りで同じ文芸部の子と解釈違いを起こして喧嘩しちゃって、その後にブチ切れながら描いたやつなんだよね……それ以来、私も幽霊部員になっちゃったし」


 大宅先輩が早口で言い終わると、遠い目をしながら、コーヒーにミルクを混ぜて飲んでいた。


 なるほど、そういう経緯があったのか。インスピレーションのキッカケは怒りやフラストレーションから生まれることもある。

 その喧嘩と漫画の内容は多少なりともリンクしているようだが、再現性という意味では確かに難しそうだ。


「……あ、このコーヒー美味しい。ありがとね?」


 感想とお礼をされる。どうやら、私の作るコーヒーの評判はそこそこに良いらしい。


「まあ、元々趣味も合ってなかったんだけどね。私がSNSでバズった時、すごく悔しそうに空リプしてたもんね。ぷぷっ、ざまみろーって思ったけどね〜」


 そう二転三転しながら語る大宅先輩の話や仕草からは、どこか愛すべきオタクっぽさが漂っていた。なんだか安心感さえある。


「それで、今ではそれまでと違ったジャンルのものを描いている、ということか」

「はい。転生もので」

「しかし、それは本来得意ジャンルではない。それも余計に描くのを難しくさせている要因なのかもしれないな」

「一度そう思って、以前にも描いていたような漫画を考えても、それも上手くいかなかったんです」

「まさしくスランプ状態か。それでインスピレーションが沸く薬を欲しい、と」

「はい……とりあえず何か描ければ……だけど、バズった漫画から私のことを知った人たちはガッカリしちゃうんじゃないか、って不安もあるんですが……」

「なるほどな……」


 一通り大宅先輩の話を聞いて、羽月さんはしばらく考え込む。その瞳の奥には何を思うのだろう。

 今回、私には口を挟めそうなところがない。

 自分の好きと求められているものの乖離——というやつだろうか。よく聞く話だ。

 だけど聞いている限りでは、やはり創作者の心情は創作者にしかわからないなと思った。


「よし、ひとまず君の依頼と状態は理解した。しかし、今日すぐに薬は用意できないな……また後日、会うことは可能だろうか?」

「それは大丈夫ですけど、明日は学校休みですよね。またここに来ればいいですか?」

「そうだな……朝六時に、部室に来てくれ」

「え……!?」


 というところで準備などもあるのだろうか、続きは後日へと持ち越される。その羽月さんの提案に、大宅先輩の表情が一瞬曇るのが見えた。

 だけどよく考えれば、普通依頼を受けてすぐに「はい今すぐに」とはならないよな……と思ったところで、昨日の江夏先輩の場合はその日のうちだったと思い出す。まあ、あの時は自信もありそうだったし、依頼の難易度みたいなものがあるのかもしれない。


 今すぐにでも薬が欲しい様子の大宅先輩には悪いけど納得してもらうしか——。


「あ、朝六時……え、ええー……今昼夜逆転してて、早起きは、そんなに得意じゃないんですけど……」


 引っかかっているのは別の問題だった。


「ああ、そのあとに裏山に行き、そこで薬の材料を採取する予定だ。だから、今日は遅くとも二十二時には寝るようにしてくれ」

「えっ! で、ですけど、まだ漫画も全然描けてないし、積みまくったアニメやゲームも……!」

「それは君が依頼した薬を飲んでからだな。言っておくが、これもまた薬の効力を上げるための方法のうちの一つだ」

「う、うう……! なんて、鬼畜な……!」


 羽月さんの意に返さない冷静な声色に、大宅先輩はそれでもそれなりに長く悩んだ後、項垂れながらも渋々と頷いた。


「ちなみに、君も同じ時間に来てくれ」

「はい、わかりました」


 羽月さんからの指示に、私は素直に了承した。今の二人のやり取りを聞いていて、抵抗する気も起きない。

 大宅先輩には気の毒だが、私は毎日の中で学校のように中弛みするような起床ではなく、今回のように設定された用事さえあればちゃんと起きられるタイプだ。

 別に他に予定が入っているわけでも、入るわけもないという事情もあるが……。


「じゃあ、羽月さん、今日はありがとうございました。また明日もお願いします……あと、渡来ちゃん、コーヒーありがとうね……美味しかったよ」


 大宅先輩は、まるで最後の晩餐のようにコーヒーの中身を一気に喉に流し込むと、涙目になりながら部室を出て行こうとした。

 早起きがそんなに憂鬱なのか、その姿は悲壮感に溢れている。


「あの、朝、目覚めるようにまたコーヒー作るので元気出してください」

「そもそも、早朝にお布団から出て、休日に学校に行くまでが難関なんだけどね……」


 確かに、それは大宅先輩の言う通りだった。

 けれど、そこから先は本人に頑張ってもらうほかない。

 せめてもの情けにと、私は廊下をよろめくように歩いていく、その背中——まるでゾンビのように力なく揺れる姿が見えなくなるまで、静かに見送った。

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