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ボン・ヴォヤージュ

宇宙港では、ケネス・グアナフォージャーの出発式が執り行われていた。

万雷の拍手の中、ケネスが第一艦隊・一番艦へと乗り込んでいく。


ガランは敬礼の姿勢を崩さずに、父の姿を目で追った。

その日は風が強く、幾度か帽子が飛ばされそうになる。


その度にガランは思う。


本当に、このまま敬礼を続けていていいものかと。

帽子を押さえ、飛ばされないようにするべきなのではないかと。

父を引き留め、危険に晒さぬようにするべきなのではないかと。


事態は徐々に大事になってきている。

ガランの一存でどうこうできる状態でないことも分かっている。


しかし、ガランも一人の人間であることに変わりはない。

地球の安寧のためにその身を捧げる、軍人ではある。

だからと言って、彼は人としての心のぬくもりを捨てたりはしていない。


タイラーも、ケネスも。

ガランにとって、最も大切な人間の一人であることは疑いようがない事だ。


ケネスの姿が、艦内へ隠れた。

もう、引き返すことはできない。









『目標はアテナ。あと2分で地球圏を脱します。』


「分かった。そのまま航行を続けてくれ」


指令室にて艦隊員の報告を聞き、指示を出す。


「おまえの仕事場を見られるとは、なんとも役得だな。」


ガランの横に立つケネスは、心底嬉しそうに言った。


「そんなに特別なことはしてませんよ」


苦笑して返すガラン。


「私が艦隊長になってからしばらくの間、この仕事は退屈なものでした。」


ホログラムに表示された太陽系のマップを見ながら、コーヒーを一口。


「軍部の仕事というのは、退屈であるのが最も好ましいのです。それに気づいたのはつい最近でした」


退屈にかまけるのではなく、退屈でなくなった時のことをいつも考えなければならない。

だが、忙しいときはいつも緊急事態。

忙しさを楽しむ時間などは、無いのである。


「子は、知らぬところで成長するものだな。おまえの口からそんな言葉が聞けるとは思わなかったぞ」


「私だって、いつまでも動乱が好きな子供ではありませんとも。」


ケネスも、戦時を生き抜き平和を勝ち取った指導者である。

『退屈』の大切さは、誰よりも身に染みて理解している。

だが、その退屈は突然に終わるのだ。


恐らくアテナは、我々が想像もできないほどの大昔からそこに在った。

なぜ、今となって我々の前に姿を現したのか。

あるいは、我々が彼らの前に姿を現したのかもしれない。


「父さんは、怖くはありませんか。」


得体のしれない何かが、目の前の視界いっぱいに大きく映し出されている状況。


「初めておまえが軍に入ると言った時に比べたら、全然だね」


「まだそれを言いますか」


ガランの表情も、少し柔らかくなってきた。


「なあ、ガラン。」


「なんです?」


ケネスは窓から、光速で流れる宇宙の景色を眺める。


「人類にとって、宇宙は少しだけ狭くなった。」


人類の行動範囲は、今や太陽系全土に広がっている。


「だが、あまり詳しくない私でも知っている。この(そら)の広さは人知を超えているということを。」


遥か138億光年、その先にも空は続く。


「おまえは、できることなら更に先へと向かってみたいと思うか?」


光速を超え、その先へ。

できる者がいると、明らかになった今。

闇の中に点在する光の粒を、見て回ってみたいと思うだろうか。


「…私の故郷は、地球だけですよ。少なくとも、父さんやタイラーが居てくれる星だから。」


好奇心がないわけではないのだろう。

だが、それに勝る安堵感。

そして、人々への愛情。


それらの感情が、ガランを優しく縛り上げる。

『ここにいて良いんだよ』と。






『目標地点、アテナまで残り1.5天文単位です。』


「了解。徐々に速度を落とせ。」


レーダーには、先日のアンノウンの反応がある。

だが、探せど探せど第二艦隊のIDが見つからない。

通信機器を遮断したまま消息を絶ったためであろうか。


というか、その可能性しか考えたくはない。


「安心しろ。私が必ず、第二艦隊の艦隊員を総員生還させる。」


ケネスはそうガランに告げ、下船の準備を始めた。

いよいよ、黒いアテナの外殻が視界に入る。


宇宙に巨大な人工物が、あたかも当然のようにぷかぷかと浮いている。

強烈な異物感、恐怖すら感じる。

その外殻の眼前まで船を進めると、いつかのように外殻が開き始めた。


「…待ってました、と言わんばかりだな。」


レーダーの表示は、ほとんど重なっている。

第一艦隊の前に現れたのは、一隻の宇宙船。


「Athena…!」


外殻の中から現れた『The Athena』はくるりと船体を反転させると、人工惑星に向けて進み始めた。

その速度は、あまりにも遅かった。

まるで、地球の戦艦が付いてこれるように配慮をしているかのようである。


ガランは自身とケネスが搭乗する一番艦以外には待機命令を出した。


ゆっくりと、人工惑星へ近づいていく。

分厚い大気と雲に隠れて、地表の情報は確認しづらい。

ガランは惑星内の状況によっては宇宙服の使用も検討しなければならないと考えていた。


だが、その心配は無用だった。

大気圏を抜け、雲を突き破り現れたその地表は。


あまりにも、『地球』だった。


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― 新着の感想 ―
なかなかタイラーさん達の安否がわからなくて、最悪の事態だけはやめてー!とずっと心の中で祈っています! 惑星が地球そっくりというのも気になるところ。 もしかして地球を模して造られた人工の惑星……というこ…
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