星
【『The Athena』に関する議会決定事項】
・エッジワース・カイパーベルト領域に存在が確認された新惑星は、アンノウンの自称名である『アテナ』(和名・恵雲星)と呼称することとする。
・『The Athena』の要求は極めて危険である可能性はないと判断、連合総裁ケネス・グアナフォージャーをアテナへ派遣することを、前向きに検討する。
・『首脳会談』にて、宇宙軍第二主力艦隊の所在をアテナ側から確認する。
・第二主力艦隊に所属する艦隊員に負傷もしくは死者がいることが発覚した場合、地球連合はアテナに強く抗議し、賠償を請求する。
・これは、人類史に残る一大事変である。各人、それ相応の覚悟を持ったうえで職務に就くべし。
家の鍵が開く音で、ガランは目を覚ました。
空になったマグカップを片手に、寝室からリビングへと向かう。
「おかえりなさい、父さん。」
玄関には、黒いコートを着込んだケネスの姿があった。
「ただいま、ガラン。ホットミルク、飲んだか?」
「はい。とってもよく眠れました。」
外はすっかり暗くなっていた。
寝入ったのはまだ午前だったから、少々寝すぎたかもしれない。
ガランはコートを脱がせる手伝いをしようと、ケネスの肩に手を伸ばす。
だが、ケネスは『脱がなくていい』という手ぶりをして。
「今日は空気が澄んでいる。郊外まで、星でも見に行かないか?」
ケネスはそう言って微笑み、棚からクルマのキーを取り出した。
「外は冷え込んでいる。一番分厚いコートを用意しなさい」
時刻は深夜に差し掛かっている。
一台のクルマが、田園地帯の脇を駆ける。
周りは対向車線も含めて、人の気配は一切ない。
宵闇を、ハイビームのヘッドライトだけがただ照らす。
「おまえが私の助手席に座っているのも、久しくなかったことだな。」
道の先を注視しながら、ケネスが呟く。
「子供のころを思い出しますか?」
「ああ。おまえはいつでも可愛い息子だよ。」
クルマを、道の脇に寄せて停める。
広いあぜ道の脇は芝生の丘になっており、寝転んで星を見るのに丁度いい。
「宇宙というものは…果てしなく広いものです。」
人類の行動範囲は、確実に広がっていっている。
「この目に映る星のほとんどは、私の一生をかけてもたどり着けない場所にあります。」
とは言っても、一世代で到達できるのはせいぜい100光年圏内。
銀河の直径は10万光年。
そして、宇宙はその先も更に広がっている。
「私の幼い頃の夢は、ベテルギウスの超新星爆発をこの目で見ることでした…。」
550光年の彼方に存在する、オリオンの右肩。
その赤色巨星は、往生際が悪いらしい。
宇宙における時間のスケールは、人間のそれと比較することもできないほどゆったりしたものである。
宇宙を舞台にしたとき、光速は遅すぎる。
…手の届く範囲のことを考えてみる。
太陽系の、端っこで。
事が動き出そうとしている。
「タイラー…。」
第二艦隊との連絡は、未だ取れていない。
この宇宙の果て…というには近所すぎる、アテナ。
そこで、何が起ころうとしているのか。
全く見当もつかない。
手足が震えてきた。
寒さゆえのものだろうか、それとも恐怖からくるものだろうか。
「ガラン。」
今まで静かに空を見上げていたケネスが口を開く。
「私は、アテナで『首脳会談』を行う。」
「…。」
ガランは、軍部の人間以外を危険に晒すことを最も嫌う。
まして、その対象が肉親だというのなら。
「これを決断したのは私自身だ。なぜか?それは…」
ケネスはガランの肩に腕を回す。
「私に何があっても、おまえたちには地球を任せることができる。そう思ったからだ。」
「…やめてくださいよ。何もありはしませんって。」
ケネスは笑う。
彼は、恐怖を感じないのだろうか。
どんな見た目をしているかも知れない、地球外生命体に対談のご氏名を受けたのだ。
だが、彼は平然と流れ星を探している。
「私ももう歳だ。これからの地球は、おまえたちが背負っていくんだよ。」
ガランには、自分が地球のトップとして生きていく想像ができない。
1つの艦隊をまとめるのだって大変だというのに。
「さて、そろそろ寒くなってきたな。帰るか。」
「はい。帰りは私が運転しますよ」
まさに宇宙のような、凍てつく寒さだった。