アテナの夜明け
『ガラン殿!あれは…!!!』
「…第二艦隊一番艦だ。」
艦隊からの無線に、ガランは答えた。
認めたくはなかった。
だが、現実のものとして目の前にいるのは。
タイラーの乗る、第二艦隊一番艦。
『相手主砲に熱源確認!!!また撃ってきます!!!』
何故だ。
何故だ、タイラー。
「取舵一杯…!まだ撃つなよ…!!!」
なにかの間違いだろう。
ガランが乗っている船が、アテナのものだからか?
敵艦が帰ってきたと勘違いしているのか?
そんな思考が、ガランの脳内で展開される。
まさか、自分自身を敵と認識しているとは微塵も思っていない。
「タイラー!!!私だ!ガランだ!!!」
精一杯叫ぶ。
無線の収音機能の上限を超えた音圧であるその言葉は、相手には音が割れて届くことだろう。
砲撃から逃げ惑いつつ、必死に紡いだ言葉は。
確かにタイラーへと達した。
『ええ…分かってますよ、坊ちゃん。』
どういうことだ。
ならば、ならばなぜ。
『僕が艦隊長となったあの日、伝えたはずです。』
「どうした。あまり嬉しそうではないな?タイラー。」
「だって、坊ちゃんと離れることになっちゃうんですよ?第二艦隊は配属されるエリアも全然違うし…」
それを聞いたガランは笑い、タイラーの肩に腕を回す。
「離れていようとそうでなかろうと、私たちは同じ宇宙に居るんだ。寂しがることはない。」
タイラーは複雑そうな表情で、呟く。
その声は、ガランに届くか届かないかの小さな声であった。
『いつかあなたと、戦ってみたいものですね。』
…違う。
それは、そんな意味ではない。
「タイラー!!!私は…私は!!!」
どうしてこんなことを?
私は何か、間違いを犯したのだろうか。
いや、それを判断するのは私ではない。
実際問題、タイラーが私に敵対しているということは。
何か、どこかで間違えたのだろう。
私がとるべき行動は、なんだ。
もしもタイラーが何者かによって操られているとしたら、対話が必要だ。
しかし、もし万が一…。
『ガラン・グアナフォージャー、マレニア・オーグメント。僕の意思のもと、両名を殺害します。』
その瞬間、ガランの中で何かが切り替わった。
『ガラン殿…!』
万が一、殺意をもって行動に及んでいるのだとしたら。
「…地球連合第一艦隊長、ガラン・グアナフォージャーが命ずる。」
こちらも武力に頼らざるをえない、と。
「二番・三番艦、対宙魚雷発射用意…!!!」
「タイラー…私にはお前が何を考えているのかは分からない。」
第一艦隊は主砲を撃たない。
威嚇射撃のような魚雷を数本撃つのみ。
対するタイラーは、艦の全能力をフル活用して戦闘に挑んでいる。
「お前が生きていた事を喜ぶ間もなかった。」
どうしてこんなことになるのか。
「教えてくれ、なぜこうなってしまったのかを!!!」
タイラーからの弾丸は、数発命中しているものの。
大勢を崩すほどの被害は出ていない。
『逆に、お聞きしたいことがあります。』
それまで沈黙を貫いていたタイラーが、無線に返答する。
『あなた方は、どうやってここまで来ましたか。ヴァレルは健在ですか。』
全く意図を汲めない。
その質問が何を意味しているのか、分かる気がしない。
「我々は戦争に勝った!!!ヴァレルはもう居ない!!!」
その時だった。
ガランの無線が到達すると同時に。
味方艦からの連絡が入る。
『敵戦艦に、魚雷一発命中…。艦体に亀裂が入っています。』
タイラーの乗る第二艦隊一番艦が、被弾。
その分厚い装甲にもひびが入り。
そこから空気が漏れ出していく。
損傷が激しく、艦の命はもうもたないように見える。
『そうですか…。』
「タイラー、今から救命機を出動させる。早くハッチまで降りろ!!!」
ガランの切羽詰まった声を聞くと、タイラーはフフッと笑った。
まるで、『そんなに声を荒げる坊ちゃんは初めて見ました』とでも言うように。
『…僕は、ヴァレルに雇われたんです。坊ちゃんとマレニアさんを殺せって。』
「な…そんなことって」
『あの時の僕はどうかしてたんだと思います。結果、こうなってしまった。』
タイラーは指令室の真ん中で立ったまま。
ガランと交信を続けた。
もう時間は残っていないというのに。
「もういい、話は後で聞かせてくれ…早く救助を受けろ!!!」
『それは、できません。』
一度でも、ガラン坊ちゃんに刃を向けてしまった。
その償いは、多分こうすることでしか。
全ての元凶、その存在を。
根幹から、物理的に消し去ること。
『僕は、幸せでした。最期に、あなたとこうして戦えた。』
対等な立場で、想いをぶつけ合えた。
タイラーの艦、その向きが変わっていく。
艦首をアテナの外殻の方へ向ける。
『反物質ブースター、起動。』
周りには、外殻に囲まれた惑星アテナのみ。
「おい、待て。何をする気だ」
さよなら。
さよなら、坊ちゃん。
「やめろ!!!!!」
一つだけわがままを言うとすれば。
最後まで、あなたの親友でいたかった。
惑星アテナ近隣領域で確認された第二艦隊一番艦は、反物質ブースターを起動。
光速まで加速した後、アテナの外殻へ体当たりを決行。
内部の人工惑星および人工太陽を消し飛ばした。