Athena
1月24日。
件のアンノウン接敵領域への調査は、タイラー率いる第二艦隊が担当することになった。
彼にとっては艦隊長としての初仕事になる。
出発式にはガランも同行し、敬礼と共に送り出していった。
『反物質ブースター、パワーユニット共に動作良好です。』
「了解。地球重力圏を脱出し次第、光速飛行に移行する。」
正午に地球を出発した第二艦隊は太陽系を順調に航行。
地球標準時で午後7時、予定していた領域に到着する。
「レーダー、起動。」
艦内にポーンという音が響き、目に見えない領域が明らかになっていく。
半径3天文単位。
これがレーダーの探査圏内である。
ホログラムに表示されたそれに、映ったのは。
『居ました。アンノウンです。』
右斜め前方、2.3天文単位。
その距離に、確かに先日と同じ艦がいた。
やはりこの辺りを中心に活動していると見て間違いないだろう。
「全艦、無線を含んだ通信機器を全てオフ。アンノウンのレーダーにかからないようにしてくれ。」
タイラーが選択した行動は、隠密。
「これよりアンノウンを追跡し、活動拠点を突き止める。」
「第二艦隊からの通信が途絶えました。」
地球標準時、翌日午前2時。
現地時刻からおよそ7時間遅れで地球に通信が届く。
地球軍総合参謀本部にて第二艦隊からの連絡を確認。
「恐らくアンノウンを再び見つけたのだろう。相手方のレーダーに引っかからないように通信装置を全て遮断したのだ。」
モニターを前に、ガランは呟く。
「彼らが上手くやっているなら、もう帰路についている頃かもしれない。」
通信が途絶えてから、電波は波を立てない。
なんとももどかしい時間が過ぎていく。
「光速の壁というのは、とても分厚いものだな。」
この宇宙に居るものは、何人たりとも秒速30万キロを超えることはできない。
それは古くからの常識であり、超えようとすること自体がバカらしいことだった。
ガランも、そう思っていた。
つい十日ほど前までは。
「あの艦は、何かがおかしかった。何が、と聞かれれば何もかもがなのだが…。」
もしかすると我々は今、地球史に残る一大事に直面しているのかもしれない。
そう考えると恐ろしくもある。
ようやく掴んだ平穏な日々が、また新たな混沌に呑まれようとしているのだ。
「…フゥ…」
第二艦隊からの最後の通信が行われてから、20分が過ぎた。
ガランは手元のコーヒーを飲んで一息つくと、休憩にむかおうと席を立つ。
その時。
「第二艦隊から通信が入りました!!!これって…!」
「なにッ!?」
その通信は、至極単純なものだった。
『・・・ ーーー ・・・』
SOS。
他の文言は一切ない。
単なる、ただの救助要請。
相手方に余裕がないことはひと目でわかる。
だが、どうしようもない。
現場はここからおよそ60億キロ離れた宇宙の彼方である。
今から救助に向かおうとしても7時間はかかる。
それに、何より。
この通信、実際は7時間前に行われたものだということを忘れてはならない。
合計14時間のギャップがある。
「何が…そこに何があったと言うんだタイラー…!」
ガランは手をわなつかせ、コーヒーカップがカチャカチャと音を立てている。
「画像が添付されています!!!」
通信官のその声に、ガランは添付画像を開くように指示。
そこに描かれていた光景、それは以外にも見た者に不快感を感じさせるものではなかった。
巨大な黒い球体。
地球の10倍はありそうな大きな球体である。
これが、新惑星…プラネット・ナインだと言うのだろうか。
画像の片隅には、第二艦隊が追跡しているアンノウンの姿もある。
「次の画像に移ります!」
二枚目の画像では、その球体の上部がぱっくりと開いていた。
中は空洞になっており、その中心には煌々と輝くまばゆい光が見える。
「これは…人工太陽か…!?」
恒星は、水素の核融合反応によって形作られている。
理論的には人工太陽もできないことはないが、現時点の科学力ではまず不可能であろう。
その太陽は恒星にしては異様に小さく、直径1000キロ程度に見える。
そして、その周りを公転する黒い影。
これが恐らくプラネット・ナインの居住区域。
この惑星も、人工的に作られたものだろう。
人工太陽、人工惑星、それを包む外殻。
これは、惑星というよりも…。
「コロニーと言った方が正しいかも知れないな…。」
太陽の熱が全くと言っていいほど通らない、太陽系外縁領域。
その場所で生存するための方法の1つでは、確かにある。
しかし、それを実際にやってしまうとは。
恐ろしい技術だ。
「…第二艦隊の救出に向かう。」
ガランは上着を羽織り立ち上がる。
付いてくる者はいないだろう。
だが、単身だとしても。
助けに行かなくては…。
ガランが部屋を出ようと、ドアに手をかけたその時だった。
「第二艦隊のIDがジャックされました!何者かがメッセージを送ろうとしているようです!!!」
モニターには、第二艦隊のIDが表示されたまま。
そこに、一通のメッセージが表示された。
『はじめまして、『地球』の皆さん。私は【The Athena】です。』