地球連合所属
「艦隊長。戦闘機が一機、本艦から発艦しましたが…」
「ああ、知っている。ここからも見えるからな。」
艦隊長の視界には、小さくなっていく戦闘機が映っていた。
腕を組み、椅子にもたれかかりながらそれを見つめる。
「先程、戦闘機部隊長から連絡があった。あれに乗ってるのはガラン殿だ。」
報告に来た副艦隊長も、艦隊長が指さす方を共に見つめる。
だが、その姿はもうほとんど見えなくなっていた。
「あの人が何を考えてるのか、私には分からん。でもな…」
暗闇に消えていった、戦闘機。
だが、その先には確かに光があるように思えてやまない。
「艦隊長としては全く彼には及ばない私でも、あの人が…戦局を良い方向に向けてくれるくれることぐらいは分かるんだよ。」
艦隊長は静観を貫いた。
それは、かつての輝きを取り戻しつつあるガランへの信頼と。
自らが部下だった時代も無茶を許してくれた、ガランの懐の深さへ敬意を示したものだった。
「敵レーダーには正確に、私の座標が表示されている頃だろうが…。」
ガランに対する砲撃は飛んでこない。
単純に的が小さいというのも一つの要因ではあるだろうが、それよりも大きいのは。
「敵艦隊の攻撃艦から見れば、私の前にマレニアの護衛艦が立ちはだかって見えるはずだ。」
今現在、ガランが飛ぶのは護衛艦群の真ん前。
図らずも、マレニアたちが守ってくれる形となっている。
遠くに、これまでに何度も見た艦影が浮かんでくる。
あの艦に対する良い印象も、悪い印象もひっくるめてしまおう。
ガラン達地球連合は、これからあれに世話になる。
それは、確かなことのなのだから。
『ハッチを開ける…!?』
アテナの軍人は、驚愕の声を上げる。
当たり前の反応だ。
敵軍の軍人を、艦の中に入れてしまうということなのだから。
『彼はこの戦いにおいて戦略的に重要な人物です。事情は後で説明いたしますので、今は彼を出迎える準備を。』
艦内の軍人、近衛師団たちは、頭に疑問符を抱えながらも指示通りに動き出す。
地球を裏切った者を、匿おうとしているのか。
そう勘違いする人物もいた。
まさか逆だとは思うまい。
マレニアは艦下部のハッチ前まで移動。
そこではガランを乗せた戦闘機が、今まさに搬入されるところだった。
コックピットからヘルメット越しの頭が覗く。
そのヘルメットを、外して機内に置いたのが見えた。
ゆっくりと機体から身体を出し、梯子を降りてくるガラン。
ヘルメットの代わりにかぶるのは兵隊帽。
その足が地に着くと、目線は真っ先にこちらを向いた。
コツコツとこちらへ向かってくる足音が、やけに遅く感じる。
二人とも、双方にとって待ちわびた時だった。
『…お待ちしておりました。』
「ああ。久しぶりだな。」
マレニアは上ずった声で。
ガランは落ち着き、優しい目つきで。
二人はがっしりと握手を交わす。
父ケネスとのそれとは違い、本当の同盟を意味する握手。
「例の証拠は、準備できているか?」
『はい。これから艦全体に流そうと思います。』
「僭越ながら申し上げるが、キミの家に火を放ったのはヴァレルだと…私は思う。」
『…!?』
「キミも自分の身について、しっかり警戒した方がいい。そして、証拠となる発言があれば、辛いとは思うがしっかり録音しておくんだ。」
『ああ、そうだ。オーグメント家に、火を放った。』
『…ッ…ゥッ…!』
あの時のマレニアはうずくまり、嗚咽を洩らしながらも。
自身の端末を介して、録音を行っていた。
それもまた、自分が生き残るためだったのだ。
ヴァレルのあまりにも惨い独白が、艦内を駆けた。
『今現在をもって私は、The Athenaの全権限をガラン・グアナフォージャー殿にお渡しします。』
どよめきと、歓声が半々。
だが、次第に歓声が増えていく。
近衛師団の艦員たちは、既にマレニアの決定を受け入れていた。
「では、これよりは私が指揮を執らせていただく。幸いまだこちらの艦の情勢は、敵に漏れていない。」
マレニアの横に立ち、軍人たちに呼びかける。
ガランが発する、最初の指令。
「地球軍陣営までの移動を試みる。」
艦首を反転し、移動の準備を開始する。
護衛艦が動いたことによって、マレニアが寝返ったことが敵に伝わるのは時間の問題。
早急な移動が求められるが、その心配は必要ない。
「艦首モーター起動、ワームホール展開。」
この艦なら、空間をジャンプできるのだから。
「敵艦が目の前に現れました!!!」
「なにッ…!?!?」
ガラン殿はどうなったんだ。
早く迎撃の準備を…。
その時、無線を通して通信が届く。
『こちらは地球連合所属護衛艦、The Athena。艦長のガラン・グアナフォージャーだ。』
…やってくれましたね、ガラン殿。
通信は全艦隊に届いており、護衛艦を撃つ者はいなかった。
『皆に問いたいことがある。』
ガランはただ一言だけ、艦隊総員に問うた。
『今一度、私に付いてきてくれる者は…居るか?』




