広い宇宙
艦のあちこちから、機械の駆動音が響き始めている。
それは、攻撃に備えるための防衛本能をかき立てる音だった。
そんな艦内を、早足で歩く。
走ることはせず、あくまで早歩きで。
時折帽子を正しながら、ガランは歩く。
胸に付けた勲章の数、それに見合う凛とした眼差しで。
「…。」
前へ前へと動いていた、脚が止まる。
その、次の瞬間。
大気で充分に満たされた、艦内に。
轟音と共に、大きな揺れが訪れる。
ガランはよろけることもせず、ただひたすら立ち尽くす。
いよいよ、始まったか。
主砲から放たれた第一弾は、当たることはないかもしれない。
それはあちらも、こちらにも共に言えることである。
ここが正念場だ。
再び訪れた沈黙の中。
私は、私のやるべきことをする。
今を生き、未来を生きる。
殺しはしても、殺されはしない。
帽子を正すのはこれで最後だ。
自身のロッカーからヘルメットを取り出し、小脇に抱える。
自らの手腕で、戦いを終わらせるために。
『…。』
同時刻、アテナ陣営。
護衛艦・The Athena。
自らの腕で戦局を左右しようと動くガランとは対照的に、マレニアは指令室の中央でただ佇む。
戦闘が開始され、目の前には行き来する光の線がちらほらと見えだした。
護衛艦の攻撃力は、攻撃艦のそれと比較すると大幅に後れを取る。
後衛の攻撃艦が主となって、地球軍艦隊を墜としにかかる。
『マレニア様、本艦はどう動けば?』
横から声がかけられ、トリップしかけていた精神が元あった場所へと戻る。
とは言っても、マレニアには何をするのが正解なのか分からない。
それもそのはずである。
この位置にマレニアを一人で配属したのは、ヴァレルが彼女を消すため。
最も危険度の高いこの場所に、マレニアを置くことさえできればよかったのであるからだ。
『…このまま様子を見ましょう。戦局が動き次第連絡をしてください。』
明らかに実戦慣れをしていないマレニアの返答に、艦隊員は少々心配げな表情を浮かべる。
その時だった。
そんな中、通信室から予想していなかった一報が入る。
いや、ただ一人だけ、それを予想していた人物がこの場に居た。
『敵戦闘機が単機で本艦に直行してきます!墜としますか?』
その言葉は、確かにマレニアへ生気を与えていく。
戦闘の緊張により蒼白であった顔色は、徐々に赤みを取り戻していった。
そうですか。
やっと、来ましたか。
先程の弱々しい指令とは程遠い、ハッキリとした声でマレニアは返答する。
『ハッチを開けてください。戦闘機を保護します。』
「ガラン・グアナフォージャーだ。部隊長から話が通っているはずなのだが。」
地球連合宇宙軍、第一主力艦隊一番艦。
戦闘機格納庫前。
「はい、確かに。ですが、本当にやるんですか…?」
ガランは部隊長に、格納庫解放の理由を伝えた。
直属の部下だったからこそ、信頼してのことだった。
そして、格納庫の担当者に理由を聞かれれば、そのまま伝えると良いとも。
そのまま、『私にはアテナの護衛艦を一隻味方にすることができる』と伝えたのだ。
部隊長はそれを信じる。
軍でのガランは、あまり冗談を言う性格では通っていなかった。
だが、それも彼女の前に限っては別である。
冗談も言えば、笑顔を見せることもある。
軍部の任務ではなく、完全なプライベートでのガランの姿だった。
格納庫の担当者が、不安げに訊く。
これまで宇宙での戦闘で被害を被ったのは、統一戦争時代の戦闘機のみ。
要は、戦闘機は現状宇宙で死ぬ危険性のある唯一の戦法なのだ。
そんな担当者の心配もどこ吹く風。
ガランは覚悟の決まった眼で、こう言い放った。
「前に言わなかったか?『私の腕を舐めてもらっては困る』と。」
「ハッチ開放を頼む。」
『…了解。』
ゴウンゴウンと音を立てながら、戦闘機が真空にさらされていく。
これは単なる自殺行為ではなく、素人が考えた無謀な作戦でもない。
根っからの軍人が、偶然と必然を黄金比でブレンドした、最高級の軍事行動である。
そこにはエッセンスとして、私情も多少は含まれている。
だが、それが灰汁となることはないだろう。
「一号機、ガラン・グアナフォージャー。出る。」
戦闘機の固定が外される。
エンジンの出力が徐々に上がっていき。
機体が動き出す。
ピピピッと、警告音が鳴った。
「加速が速すぎるとでも言うのか?すまない、手癖でやってるもんでな。」
安全装置に半笑いで文句を垂れながら、お構いなしに戦闘機を加速させていく。
慣れ親しんだ機体、その感覚。
今ガランを包み込んでいるのは、奇妙な…されど心地の良い高揚感だった。
弓形陣をとった艦隊から、ただ一機だけが離れていく。
時折、敵艦隊の主砲から放たれたビームが横を通り過ぎる。
だがそれは、弾幕と言うほど濃いものではなかった。
ガランにとっては、ぬるいものである。
「さあ、戦局が動き始める時間だ。」
広い宇宙でただ一人、そう呟いた。




