渾然一体
唸りを上げるのは、艦のエンジンか。
あるいは、船員たちの闘志の雄叫びか。
その中心に佇むは。
この戦いを望む者、望まなかった者。
だが、この場に居るからには。
自らの全霊を以て、戦い抜くのみ。
言い訳、理由、戦う意味。
その全ては何一つ必要ない。
渾然一体を抜け出して、ただひたすら生き抜け。
『艦首モーターを起動しろ。ワームホール準備。』
『了解!!!』
2月19日、地球標準時・午前5時30分。
惑星アテナ外殻内。
船倉から宇宙空間に出港していたアテナ軍全艦隊が集結。
アテナ事変の際はヴァレル・ケムカランが艦長として指揮を執っていた艦、『The Athena』の全権限はマレニア・オーグメントが保持。
ヴァレルが今回艦長登録した艦は、『The Blade』。
その名の通り攻撃に特化した艦である。
宇宙における艦隊戦にて、攻撃に特化した戦艦というものは後方からの攻撃に徹することがほとんどである。
前衛は所謂タンク部隊、装甲の厚い護衛艦が行うことが多い。
The Athenaはそういった護衛艦に分類される。
もちろん前衛の方が危険度は高いため、通常ならば戦略的重要人物を護衛艦に乗せることはまずない。
今回のような特別な事情が無ければ。
なお、今回のThe Athenaはマレニアに近い近衛師団とも言える人物たちが乗る艦となっている。
そうした人物たちも総員、消してしまおうというヴァレルの策略が見て取れる。
軍事行動に関する知識や権限は、マレニアよりもヴァレルが大きな影響力を保有しており、こうした采配は勘の良い数名の軍人に意図を悟らせた。
しかし、それに対して不平不満を垂れる余裕は、各人全くなく。
『ワームホールの起動準備が完了しました。』
『よし。第三惑星まで飛べ。』
いよいよ、地球圏における決戦が幕を開けることとなるのだった。
午前6時前、起床時間になる直前に勝手に目が覚める。
すぐにわかる。
そして、思い出すのだ。
今日が、その日だと。
非常事態を知らせるサイレンが鳴り、自分以外の全ての艦隊員も目を覚ます。
ガランは、その時には既に軍服に袖を通していた。
『レーダーに敵艦多数あり。各人、戦闘態勢に入られよ。』
ついに来たのだ、この時が。
最後のボタンを留め終えたガランは、フゥと一つ息を吐く。
「全く、非常識な時間にドアベルを鳴らしてくれるものだ…ヴァレル・ケムカラン。」
胸に勲章を多数張り付けた、ただの戦闘機部隊員。
そんな称号も、今日に限っては都合が良いのかもしれない。
艦隊全体のことを考えず、ある程度自分勝手な行動が出来るのだから。
人がせわしなく往来する艦内の廊下を、早足で歩く。
背筋を伸ばし、胸を張ったその姿は。
模範的な軍人の姿であった。
ガランは過去、同じ場所を通ってきた。
向上心を持ち、ひたすら戦ってきたあの頃を思い出せ。
ただ上を目指して走り続けた、あの頃を思い出せ。
いつも横にいたはずの友は、今はいない。
だが、そんなことは関係ない。
またいつの日か、横に居直ってくれることだろうと信じているから。
敵艦隊の力は強大だろう。
おそらく、まともにやり合っては負ける。
そんなことは、容易に想像がつく。
そして自分が今やろうとしていることは、一隊員がやるにしては壮大すぎる絵空事だ。
だが、それをやらねば我々は負ける。
何としてでも、彼女との対話を図る。
そして、味方に引きずり込む。
ヴァレルは悪魔だと、彼女自身も気づいたころだと思う。
相手の一戦艦が寝返って、どうこうなる話ではないかもしれない。
でも、ガランとしてはそれでよかった。
勝ち負けよりも大事な意味が、そこにはあると。
そう考えることしか、今のガランにはできなかった。
それと、プラスアルファで戦局に良い影響をもたらす可能性があるものと言えば。
「議員のお偉方は分かっちゃいないと思うが、私の艦隊内での人望は想定よりも厚いと思うぞ。」
ガランの頭の中には、既にプランが出来上がっていた。
今一度、自分が全艦隊の指揮を執れるプランが。
「敵艦隊は本艦隊より前方0.1天文単位の距離にワープ。微速でこちらへ近づいてきている。」
戦闘機部隊長が、ホログラムに表示された報告書を音読する。
接近の度合いからして、残り数分で戦闘状態に入るだろう。
「艦隊長からの指令があるまでは、戦闘機部隊は待機命令が出ている。」
ガランはその報告に、静かに頷いた。
それでいい。
待機命令とは名ばかりで、任務が無いということは。
これで、自分は自由に動くことができる。
「では、これをもって一時解散とする。艦内の助力を各自で行ってほしい。」
部隊長の前で隊列を組んでいた面々は、その声を聞くと足早に。
それぞれの方向へと向かっていく。
各々、助けたい人が居るのだろう。
それは大いに構わない。
だが、ガランだけはその場に居残った。
その様子を見た部隊長が声をかける。
「ガラン殿。どうかなされましたか?」
彼はガランの、戦闘機部隊長時代の部下だった。
動こうとせず、自身の目をじっと見つめるガランの姿を見て。
様子を探るように、おずおずと声をかけたのだった。
「立場をわきまえずに申し訳ないが、折り入っての頼みがある。」
ガランは部隊長に最敬礼で頭を下げた。
そのガランを見て、部隊長は慌てた様子で。
「頭を上げてください!そんなことをされなくてもガラン殿の頼みとあればお聞きいたします!」
焦った部隊長の声を聞き、ガランは頭を下げたままフッと微笑んだ。
身体を起こすと、重力によって乱れた髪をかき上げて帽子をかぶり直す。
「キミは、昔から変わらないな。」
もう少し部隊長としての威厳を大事にしなさい、とガランは告げて。
自らの願いを申し立てた。
「簡単な話だ。戦闘機の格納庫に、私がいつでもアクセスできるようにしていて欲しい。」




