抜描
2月19日。
アテナによる攻撃の日にち。
60億キロの距離を挟む両者は。
5000年間の思いを。
この数時間にぶつける。
「それが今の私にできる、最善の策なのだから。」
「光を全く反射しない、漆黒のバラだとしても。」
『お慕いしております、ガラン殿。』
『神は今、私を産み落としたのだからな。』
四者の想いが、それぞれ交錯する。
地球とアテナ。
その大きな枠組みには、全くとらわれず。
四者は、それぞれが違った想いや目的を基に行動することになるだろう。
ただ一つ間違いないことは。
この四人が、この戦争におけるキーマンであるということ。
数十隻にも上る戦艦が参戦する、大宙戦が予測される。
だが、その命運を握っているのはごく少数の人間。
たった四隻の戦艦が、途轍もなく重い質量を持っている。
泡沫は浮かぶ。
沈みに沈んでいた、あの頃の私。
吐き出したモノだけが、ただ浮かんでいく。
手を差し伸べられるのを待っている、ただそれだけ。
そんな時に、運よく私はつかむことができた。
水底から引っ張りあげようと奮闘する、細く白い腕を。
水面の明かりに同化していて、気づくのが遅れてしまったけれど。
あれは私にとって救いの手だった。
それは誰にも否定できない事なんだ。
だけど、改めて思うんだ。
私はキミの手を、もう一度握ることはできるだろうか。
私が握ることを許されるのは、拳銃だけではないだろうか。
あの拳銃の筒を捻じ曲げて、結んでしまおう。
二度と悲しみを呼び起こさないように。
それを二度とキミに向けることはない。
私はそう信じている。
願わくば私以外の何者でも、そうであってほしいと。
あの頃よりも、随分と起きるのが辛くなった。
身体にかかる重圧のようなものが、日に日に強くなっている。
慣れてしまった黒いローブ。
僕の象徴であったあの軍服は、もうどこに行ったのかすら分からない。
今まで手に入れてきた勲章も、名誉も。
一度全て捨ててしまおう。
これが間違った選択だったということは分かっている。
もはや、生まれた瞬間から僕は間違えていたのかもしれない。
訪れるのは夜だけ。
朝日を、夜明けを拝むのはいつになるだろうか。
もしかしたら、もう見ることはできないのかもしれない。
黒は、闇は。
僕の重さを更に、更に増やしていく。
視界は狭く。
呼吸は浅く。
身体は痩せ、精神にはヒビが入り。
時々我に返る自分を、強引に抑え込んでいく。
未来のことは、考えるな。
ただひたすらに、やるべきことをしろ。
今を、生きるんだ。
暗闇は寒く、寂しく、恐ろしい。
今はそう、ただ一人を待つ。
頭の後ろに鉄の筒が触れる感覚を、まだ覚えています。
でも、どうしてか。
その記憶は、最悪の記憶ではないような気がします。
むしろ、どちらかと言えば善い記憶です。
貴方は言いました。
私は善い人だと。
野暮なことを言うつもりは、毛頭ございません。
貴方ほどの人が言うのなら、それはそうなのでしょう。
貴方が居てくれたから、私は死なずにいられたのでしょう。
誰も死なせたくない、という思考は。
この世界では間違いのようです。
誰かが死に、誰かが生きるからこそ。
平和が得られるというものなのですね。
あの殺しは、間違いだったのでしょうか。
今となってはもう分かりませんが。
正しいこと、というものは。
否定されることの方が多いらしい。
なぜなら、それが正しいと分からない者も中にはいるのだから。
私はなぜここに立っているのか。
私はなぜ戦う必要があるのか。
そこには深い理由や、やむを得ない事情なんてものは必要ない。
ただ、正しいから行うのみ。
何が絶対的に正しいか、それが分かれば争いは起きないのだろう。
人にはそれぞれの正しさがあるのだろう。
だから人々は争うのだろう。
生憎、私は争いが嫌いではない。
さあ、存分に戦おう。
相手が神でも悪魔でも、構いはしない。
私は私のために。
キミたちはキミたちのために、戦え。
足音を響かせるその地の感触はいかほどか。
それが狭い艦内の廊下であれ。
装飾の施されたカーペットであれ。
果てしない草原であれ。
船倉のコンクリートであれ。
四者が会する時は、すぐ近くにまで迫っている。
抜錨。




