いつかあなたと
「タイラー・ハイケンベルク副艦隊長。貴公は先のアンノウンとの接敵時、冷静沈着な判断によって艦隊員を危機から救った。よって、貴公の副艦隊長としての任を解き、第二主力艦隊・艦隊長に任命する。」
辺りに万雷の拍手が轟いた。
「どうした。あまり嬉しそうではないな?タイラー。」
「だって、坊ちゃんと離れることになっちゃうんですよ?第二艦隊は配属されるエリアも全然違うし…」
それを聞いたガランは笑い、タイラーの肩に腕を回す。
「離れていようとそうでなかろうと、私たちは同じ宇宙に居るんだ。寂しがることはない。」
タイラーは複雑そうな表情で、呟く。
その声は、ガランに届くか届かないかの小さな声であった。
「いつか、あなたと戦ってみたいものですね。ガラン坊ちゃん。」
ガランは微笑む。
「ああ。いつか、また一緒に戦おう。」
邪気の無いガランのその言葉に、タイラーは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「只今戻りました。」
「おかえり。お互い、一仕事終えたって感じだな。」
グアナフォージャー家。
ここはガランの実家である。
「プラネット・ナインの調査準備が整うまで、暇を頂きました。」
「良いじゃないか。どう過ごすんだ?」
一足早く帰っていたケネスと言葉を交わす。
「この家に残って家事をします。少しでも父さんの負担を減らしたいので」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。」
「総裁の仕事は大変でしょう?私にはそれくらいしかできることがないですから。」
ガランは休暇を取ることはほとんどない。
軍に従事してからはそれに拍車がかかったように仕事をこなしている。
趣味が仕事、そんな人間だ。
だがそんなガランにも、遊ぶのが仕事であった幼少期があった。
タイラーと出会ったのも、そのころだった。
20年前。
学園初等部、入学式。
この日は、政府の要人とその息子が出席するとして、会場に緊張感が漂っていた。
その緊張感の発生源が、在りし日のガラン・グアナフォージャーである。
今日参列した父兄は、自らの子に口を酸っぱくして説いただろう。
『グアナフォージャー議員の息子にだけは、失礼のないように。』
と。
そのせいか大多数の子供たちは積極的に会話を楽しむ中、ガランだけは席にポツンと佇んでいた。
ガランは子供心に自分の存在、立場を理解していた。
こうなることは分かっていた。
自分は今後、国のために役立たなければならない存在。
いわゆる『普通の幸せ』なんかはどう足掻いても手に入りやしない。
私は私なりの、幸せを見つけるのだ…と。
「ガラン坊ちゃんっていうのは、あなたですか?」
物思いにふけっていたガランは、急にかけられた声に仰天した。
「はい。そうですが。」
声がした方を向けば、一人の男子が立っていた。
「僕、タイラー・ハイケンベルクっていいます。よろしくお願いします」
綺麗な茶髪に透き通るような青い瞳。
身なりもきちんとしていて、良い家の出身なのだろうと予想がつく。
だとするならば、親御さんは何をしているのだ。
私に接触するのは危険なことだと、言い聞かせなかったのか?
ガランはそのままタイラーに訊く。
「はい。言われましたけど、一人は寂しそうだなーと思って声かけちゃいました。」
優しさなのか、なんなのか。
分からないが、ガランとタイラーの邂逅は、このようなものだったのだ。
それからというもの、主にタイラーがガランの後ろをついて回るようになる。
中等部になっても、二人は親友のままだった。
「ガラン坊ちゃんは、将来何になりたいですか?」
進路希望調査書を前に頭を抱えるタイラー。
「…私は、中等部を卒業したらすぐに軍隊に入ろうと思ってるよ。」
「なんでですか?坊ちゃんならお父さんみたいに、政治家になって大金持ちからのバラ色の人生~ってできるんじゃないですか?」
そう甘いものではないとは思うのだが。
「私は…生まれ育ったこの星を、人を守りたい。それだけだよ」
この時期は、10年間にわたる統一戦争が始まる直前だった。
その兆候は、既に一般市民にも感じることができるくらい高まっていた。
「それから、タイラー。」
「はい?なんですか?」
教室にはガランとタイラー、二人だけ。
「バラ色の人生って、何色なんだ?いろんな色のバラがあるだろう?」
紅い夕日が、カーテン越しに差し込んでいた。
2666年、いよいよ統一戦争が始まった。
戦闘区域は陸、海、空、宙、地球全土に及んだ。
120億を超えていた世界人口はこの10年、人類史で初めて減少することになる。
ケネスが首相を務める、後に戦勝国となる国。
その宇宙軍に、ガランは配属されることになった。
そして、この男も。
「ここから先は戦場だ。タイラー、死ぬ覚悟がないなら、今からでも」
「いや、坊ちゃんと一緒に居られるなら死ぬ覚悟あります!」
ガランは呆れ、短くため息をつく。
「まあ、好きにするといい。」
軍の生活は、辛いこともあったけど。
ガラン坊ちゃんと一緒なら楽しめた。
実を言うと、初めて会った時。
僕は坊ちゃんを助けるつもりで声をかけたんだ。
一人は辛い、そう思って。
でも、助けられていたのは僕の方だったみたいだ。
僕の家は裕福で、何不自由ない生活に見えたかもしれない。
でも、僕自身は何も持ってはいなかったんだ。
才能も、友達も、何もかも。
でも、そんな僕を友達として接してくれた。
ガラン坊ちゃんは、素晴らしい人だと思う。
軍の中でもどんどん昇格していく。
僕もそんな坊ちゃんを必死になって追いかけたんだ。
自分と、敵と、あらゆるものと戦いながらの生活を続けていたら、いつの間にか戦争は終わっていた。
そして、僕たちは地球連合の第一艦隊に乗ることに。
最近、変な感情に苛まれることが多くなってきた。
僕は、ガラン坊ちゃんに相当執着しているのを自覚してる。
なんとも言えない、言葉にできない感情が生まれてきた。
何でもできる、頼れる坊ちゃんに対しての…嫉妬ではない。
充分認めてくれていると分かっている。
だけど、僕の力を彼に認めてほしい…ような。
その結果出てきた言葉が、あの『いつかあなたと戦いたいものですね』だったのだ。
彼が、その言葉の真意に気が付いてくれるのはいつになるのかな。
そして、僕が僕の、この感情に気づくのも。
いつになるのか、見当もつかない。