一度生まれた者は
タイラーは、この男の話を真面目に聞いていた事を酷く後悔した。
だから聞きたくなかったのである。
反吐が出るとはまさにこのことだろう。
『キミの戦艦の性能は、申し分ない。我々が第三惑星に攻勢を仕掛けたとき…戦闘の混乱に乗じて、二人を始末してくれ。』
だが、もう自分がやるべきことはそれしかなかった。
自分をこんな状態、精神にした者に死を。
既に亡き者として捜索すら行わなかった者に死を。
…否。
今はそちらの方が都合がいい。
「僕は亡者。死神として、二人を刈り取ります。」
壁越しに聞こえる声が、通り過ぎていった。
動悸と嗚咽、その両方が自らの口から洩れていくような感覚。
だがその二重の響きは、限りなく抑えなくてはならなかった。
「…ッ…ゥッ…!」
聞こえなくなった声を確認すると、次第に嗚咽を洩らしていく。
その制御が出来ているのが不思議に思える。
だが、彼女は理屈ではないもっと本能的な部分でその制御を行った。
聞いているのが相手方に知れれば、自らの余命は二週間ではきかなくなってしまうことぐらい、誰に聞かなくても分かる歳である。
もはや、自分にとっての味方は誰一人として居なくなった。
決戦までの二週間、首を吊らずにいられるか不安だ。
それが事実的に本末転倒な思考であるということが分からないくらい、マレニアの心身にはストレスがかかっていた。
今になって、なぜヴァレルが自分に固有の戦艦を預けたのかが分かった。
あれは、自らを消すためなのだと。
今ではもう、父と慕っていたヴァレルは居ない。
いや、最初から居なかったのだ。
思えばヴァレルから愛情と呼べるシロモノは受けたことがないように感じられる。
つい先日までの15年間。
あの人から泥水を分けてもらうまでの15年間は、空っぽだったと。
『一度生まれた者は、そう簡単には死なない…!!!』
そう、彼は私に銃を突きつけながら言いました。
今は貴方のその言葉が、とてもよくわかる。
私の父も、母も。
そう簡単には死なないはずだったのです。
でも、貴方も知っているでしょう。
人の殺意は…何気ない人の殺意は、簡単に人を殺すのです。
私が貴方の父を、殺してしまったように。
殺意を持たねば、人を撃つことはできません。
私は本来持ちたくもなかった殺意を、ヴァレルに持たせてもらいました。
そう言ってしまうと、言い訳になってしまうかもしれませんが。
ああ…それにしても。
もう開くことのない両眼から、涙が溢れて止まらない。
裏切られた?
そうではない気がします。
元からあの人は、味方ではなかったのです。
では、私の味方って?
分かりません。
味方してくれる人のために動きたい。
それはそうです。
でも、そんな人いるでしょうか?
分かりません。
どうしてこうなってしまったのでしょうか?
分かりません。
分かるのは、これがヴァレルの殺意によって始まった物語だということだけです。
被害者ぶるつもりはありませんが、私たちは巻き込まれたのでしょう。
今、どうしたらいいのか私には分からないのです。
ああ、ああ。
今すぐにでも貴方と、この収拾のつかなくなった感情を共有したいです。
そんなことを言ったらご迷惑でしょうが…。
『ガラン殿…何もかも、貴方の仰る通りでした。』
私は壁を背に、泣きじゃくりながらそう呟きました。




