あと十日
「一番艦から七番艦、全て出航準備完了!!!」
「よし、ストッパーを下ろせ!!!」
2月9日。
マレニアおよびヴァレルが予告した地球襲撃の日にちから、10日前。
地球連合第一艦隊は新たな艦隊長の命令のもと、地球圏警備のために出撃準備を完了させた。
「ガラン隊員、早く並べ!!!」
「…。」
ガランは俯いたまま、ヘルメットを小脇に抱えて力なく立っていた。
現在の状況では、自分が何のためにここに居るのかが分からない。
私は艦隊長であって初めて、『ガラン・グアナフォージャー』であったのではないか、と勘繰ってしまう。
あの頃のガランの威厳は、既になかった。
地球軍の警備網は実に強固であった。
行方不明となっている第二艦隊を除く、全艦隊が地球圏全域に集結。
見る者、居る者すべてに大規模な戦闘を予感させていた。
そして、全艦隊員は自らの故郷を守ることだけを考えていることだろう。
ただ、一人を除いて。
「ガラン殿も堕ちたものだな…。艦隊長時代は、あれほど国に対する忠誠のあるお方はいないと思っていたが…あくまで彼も人の子であったということか。」
嫌でもそんな声が聞こえてくる。
以前のガランであれば、全く意に介することは無かっただろう。
だが、今のガランはかつての『英雄』ではなく。
身も心も、戦闘機部隊の一隊員に過ぎないのだ。
何が彼をそうさせたのか、と問われれば、『一連の動乱全て』としか説明することはできない。
今、ガランの心を支配しているのは、国への忠誠や溢れる闘争心ではなく。
ついこの間、最悪の出会いを果たしたばかりの一人の女性であった。
彼女を何とかして地球の民として受け入れることはできないだろうかと、そればかりを考え続けていた。
だが。
重ね重ね申し上げるが、今のガランは総裁代理でも、艦隊長でもない。
仮にマレニアを仲間に引き込むチャンスがあったとしても、それをモノに出来るかどうかは厳しいところがある。
ただの一隊員として、何が出来るのか。
ガランが今考えるべきはそこである。
本当ならば、艦隊長としての地位を剝奪される前に行動を起こさなければならなかった。
しかし、あの時のガランにそれを強いるのはあまりにも酷であった。
時は人を待ってはくれない。
ただそれは刻一刻と過ぎ、物事は進んで行く。
その間に、誰が、何をしていようと。
『いやはや、キミが任を請けてくれて助かったよ。丁度欲していたんだ。両者を消すにあたって、必要な人材を。』
「…僕は、貴方に味方するわけではありません。」
同時刻、アテナ地下都市部。
牢から出されたタイラーは地球軍の軍服から、フード付きのローブへと着替えさせられていた。
『ハハ、そうだったな。…似合っているじゃないか、暗殺者らしくて。』
フードを深く被ったタイラーの表情は余計に暗く見えてしまう。
両手をポケットに突っ込んだその後ろ姿は、鎌を持たない死神のようであった。
「本当に、人の神経を逆撫でするのがお上手ですね…。」
タイラーは正直、誇張抜きにこの世の全てが憎らしくなっていた。
隣を満足げな顔で歩くヴァレルは勿論のこと。
飢えに飢えた自分を他所に楽しげな生活を送っているらしいガランやマレニアも。
眉間には深いシワが刻まれ、その形相は更に闇へ落ちていく。
『まあ、そう怒らないでくれ。キミは私が上機嫌なのが気に食わないのだろう?』
ヴァレルは気味の悪い笑顔を露呈させながら、タイラーに問いかける。
「はい。途方もなく不快です。」
『この展開はまさに私の思い通りなのだよ。長きにわたって根回ししてきたことが、今まさに実を結ぼうとしている。』
タイラーの返事などには聞く耳持たず、ヴァレルは嬉々として話し続ける。
今この男を殴り飛ばせないのが、あまりにも口惜しい。
『私はおよそ15年前、右目を失った。』
タイラーは大きくため息をつき、フードを更に深く被りなおす。
この男の声が、できる限り自らの耳に届かないように。
『そのわけを、聞きたくはないか?』
「…。」
聞きたいはずもないが、ヴァレルは沈黙をYesと捉えて口を開いた。




