願わくば
「では、私はそろそろ戻る。面白い話が聞けてよかったよ。」
『はい。とても有意義な時間でした。』
マレニアとの雑談を終え、ガランはEXITの表示をタップした。
ガランの周りを包んでいた、理想郷とも言える空間から。
目に映る景色は自身がよく知る、実家のリビングに姿を変えた。
…あまりこの場所は魅力的に感じない。
空気も澱んでいれば、愛すべき人ももういない。
こんな星の内政をするくらいなら、マレニアと話していた方がよっぽど生産性があるのではないかとすら思ってしまう。
「…今やることは無い。寝よう」
ガランは以前の生気を失い、自堕落な生活へと足を運びつつあった。
『賛成多数により、この議案を可決いたします。』
そのころ、連合議会ではガランの進退に関する議決が出ていた。
・ガラン・グアナフォージャー総裁代理は現状、総裁代理としての職務を行うにふさわしい状態でないと判断。
・議会への欠席多数、第一艦隊の地球圏警備放棄など、様々な職務怠慢の存在を認識。
・同名の総裁代理および第一艦隊長としての任を解くことを決定。
・以後、ガラン・グアナフォージャーは第一艦隊・戦闘機部隊員としての任を請け負うものとする。
ガランがそれを知ったのは、翌日の昼前だった。
だが、その議決に反対する気も起きなかった。
当然のことだろうと、自分でも理解していたからだ。
ガランの心境のどこかで、『もう戦争などどうでもいい』という感情が芽生え始めている。
無気力、怠惰。
地球の重力にそれらがプラスされ、ガランの心身を重く、重くしていく。
気が付いたときにはもう、後戻りができないところまで来てしまっていた。
ベッドから起き上がる気のないガランのもとに、一件の着信が入る。
それは、第一艦隊・新艦隊長からの軍事招集だった。
マレニアが予告した日にちにまでは、まだ余裕があった。
だが、そんなことを知るはずもない新艦隊長は、一刻も早く警備に就こうと船を抜錨させようとしていた。
まだ時間があることを説明しようにも、その手段がない。
それに現在のガランの階級は、艦隊長どころかただの部隊員になっているのだ。
そう簡単に話を聞いてもらえる立場ですらない。
ガランは重い腰を上げて、軍服に袖を通した。
胸元の勲章の数と、今の身分にはいささかのギャップを感じる。
しかし、今のガランはそんなことを気にしてはいなかった。
ただ、予告された日までの間、話すはずだったマレニアの顔が頭に浮かぶ。
すまない。
およそ二週間後のあの日まで、キミと話すことが私の役目だったはずなのに。
次に会う時は敵同士として、だなんて。
願わくば、キミがアテナを裏切って。
どうか地球の民として、我々と歩んでいけたら…。
それができれば、どんなに良い事か。
『…もともとは、こうして一人で風景を楽しんでいたのですよね。』
果てしなく広い草原も、宇宙の前では猫の額。
だが、人間から見ればどちらも広いの一言で片が付く。
そんな広い草原のど真ん中に、一対の机と椅子。
いつも対面に座っていた彼は、まだ来ない。
『この数週間で、色々なことがありすぎました…』
未知との邂逅から始まった、動乱。
複雑に絡み合った運命は、どちらに傾いていくのか。
それはまだ、分かりはしない。
だが、1つ確かなことは。
『ガラン殿は私にとって、大切な存在になりつつあるのでしょうね。』
それはお互い様なのだろう。
『私の役目は地球を私たちのものにすることだと、ヴァレルは言います。』
でも、それはなんだかおかしな話だ。
かの星にも人がいて、その人その人の生活を営んでいる。
私たちには私たちの星、アテナがあるじゃないか。
でも、それではダメらしい。
本来地球に住むべきなのは我々なのだ、とヴァレルは言う。
私たちの故郷は、かりそめの住処でしかないのだと。
『…もう少しの間、構ってくださいと言ったではありませんか。』
ガラン殿。
『私は、お待ちしますよ。』
二週間後の、あの日まで。
この世界に、少しでも顔を出してくれるのを。
また私と、少しでもお話をしてくださることを。
戦が始まってしまったら、もう二度と会うことはできないでしょう。
国の首脳たる私たちが、前線に出る以上。
勝負がついたときは、私たちのいずれかが死んだときになるのでしょう。
だから、どうかガラン殿。
願わくば、貴方が地球を裏切って。
どうかアテナの民として、私たちと歩んでいけたら…。
それができれば、どんなに良い事か。




