ワームホール
「ワームホール…名前はよく聞くが、実在するのか…?」
SF作品などでよく耳にする名前である。
空間と空間を繋ぐ、虫食い穴。
『はい。というのも、ワームホールの役割を持った物体は古来より自然に実在していましたが、それを私たち人類が利用しやすいように作り替えた形です。』
ある地点の空間に穴を開け、その穴を別の場所へと繋げる。
これが、一般的なワームホールの仕組みである。
「古来より実在していた…?それは、我々も知っているものか?」
『はい。』
空間を歪ませ、穴を開ける。
そんな芸当ができる自然の物体と言えば。
『ブラックホールです。』
空間という物は、重力によって少なからず歪む。
それはコーヒーカップのような、小さく軽いものでも同じである。
そして、その空間の歪みが限りなく無限に近づいている状態こそが、ブラックホールなのだ。
空中で四方を固定された、伸縮性のある布を想像してほしい。
その布の真ん中に、コーヒーカップを置いてみる。
すると布はカップの重さによって中央を沈ませるだろう。
これが、空間の歪みである。
今度はより大きく重い、鉛の球を置いてみよう。
先程よりも布は大きくたわみ、繊維の一本一本がプチプチと音を立てて千切れていく。
最終的に重さに耐えきれず、鉛は布を貫通する。
後には、鉛の大きさの穴が開いた。
この、『あまりにも大きな歪みによって穴が開いた状態』こそがブラックホールなのだ。
『ブラックホールは空間に穴を開け、その穴は別の場所へと繋がっています。』
空間から別の空間への移動は、四次元に広がる別世界を介しているとの予想もある。
しかし、三次元の住人である我々にとっては、それを理解するのはあまりにも困難である。
「しかし、ブラックホールに突っ込んではただでは済まないだろう。」
ガランの言う通り、ブラックホールは限りなく無限に近い重力を保有している。
そんな場所に突入しては、船ごと圧縮されてはしまわないか。
『その通りです。ですが、私たちは名案を思い付きました。』
銀河文明、その先駆者の案はこうだった。
『反物質を応用することにより、ブラックホールから質量のみを取り除くことに成功したのです。』
地球陣営が光速飛行に必要としていた、反物質による『負の質量』。
それを、銀河文明はブラックホールに適用した。
『正の質量と負の質量は性質が違い、ぶつかり合って歪み自体が0に収束するということはありませんでした。よって空間の歪みをそのままに、ブラックホールの重力を無効化できたわけです。』
細かい部分までの理解はできないものの、ガランは納得の表情を見せた。
それと同時に、1つの新たな疑問が生まれてくる。
「だがそれだと、ブラックホールのある場所にしか移動ができなくないか?」
移動方法に大前提として、『空間の穴』が必要であることに変わりはない。
何者かがその穴を開けるか、穴が開くまで待つかをしなくてはならなくなる。
『そういうわけでもございません。…実は、貴方がたはもうすでにあと一歩のところまで来ていたのですよ。』
ワープ技術の開発まで、あと一歩。
ガランにとっては絵空事のようで、まるで実感はなかった。
『思い出してください。物体は光速に近づくにつれ、質量を持ち始めます。』
光速移動に反物質が必要だったのも、そのせいであった。
光速に到達したとき、物体の質量は無限を指す。
『そして、空間の穴は質量によって開かれます。』
「…!」
速く、重くなった物体は空間を歪ませ、最後には穴を開けるのだ。
そう。
物体の光速移動によって、人工的にブラックホールを創り出すことが可能なのである。
『私たちの船の先端には、本来微弱な質量しか持たないモーターを搭載しています。』
そのモーターを光速で回転させることで、空間に穴を開けていたのだった。
「…なるほどな。我々は答えの近くに居ながら、ずっと遠回りをしてたわけだ。」
『ですが、私たちも完全に超光速移動をモノにしたわけではありません。』
電波、情報。
質量の無いものの移動である。
それらはブラックホールの質量には反応するものの、空間の歪み自体は意に介さず、直進し続ける。
いわばワープが不可能なのである。
『銀河系の端から端まで情報を伝達したい場合は、実際に人が赴く必要があります。』
「一周回って先祖返りしたのだな。」
『面白いですよね。』
江戸時代、街から街へ飛脚が走り回っていたように。
銀河文明では、人自らが情報を伝達しているのである。




