信用
2月6日、地球連合議会。
今日の議場は、荒れていた。
「第一艦隊が警備に就かないとはどういうことだ!!!」
「グアナフォージャー総裁代理は何をしている!!!」
「地球の民の命を何だと思っているんだ!!!」
あちこちからヤジが飛ぶ。
ガランが出席していない議場の真ん中では、議長が必死になってヤジを治めていた。
「グアナフォージャー代理は、御父上を亡くしたことで傷心なさっていることと思います。どうか、どうか手心を」
「ならばなぜ彼を代理に任命した!!!」
「それとこれとは関係ないだろう!!!」
これまで圧倒的な実績で築き上げてきていたガランの信用が、少しずつ崩れ始めている。
ガランは次第に、現実の世界から目を逸らすようになる。
アテナ陣営が攻勢をかける二週間後までの間。
ガランはマレニアと共に、精神世界に閉じこもり始めた。
「アテナの人工惑星は、地球を模して作られているのだよな?」
『そうですね。海や大陸の配置など、ほとんど同じに作られています』
二人はいつもの草原で、会話を続けている。
お互いの星が、どれほどの動乱に当てられているかも知らずに。
「この草原は、場所としてはどのあたりの景色なんだ?すまない、植生には疎くてな」
ガランは、もう何の迷いもなく笑顔を見せるようになっている。
『この景色は先日の首脳会談時にご着陸いただいた宇宙港周辺のものとなっておりますから…地球で言いますとユーラシア大陸、ヨーロッパ地区ですね。』
「そうか。私は北アメリカ出身だからな…見たことがないわけだ」
ガランの幼少期、ヨーロッパ地区は戦争前の軋轢によって他地区の住民は立ち入りが困難な状況にあった。
太平洋の端から端までを1時間で繋ぐ海底鉄道があろうと、高度36000キロメートルの宇宙エレベーターがあろうと。
技術的でない別の要因によって、手の届かないところはまだ存在していたのだ。
「素晴らしい所だ。」
『オリジナルには敵いませんよ。』
「いや、私にとってはこれがオリジナルだ。初めて見た景色なのだからな。」
ガランは心底感動していた。
果てしなく先まで続く草原と、遠くに見える岩山。
ちらほらと生えている中くらいの背丈の木。
こんなにも美しい景観を、人の手によって作り出すことができるなんて、と。
お互いが景色を眺めるように周りに目を向けると、一瞬の沈黙が訪れた。
なぜかガランはその沈黙に、胸がざわつくような不安感を覚えた。
そしてそのなんとも言えない感情を感じたのはマレニアも同じだったようで、慌てたようにちぐはぐの言葉を紡いだ。
『ガラン殿、何か私に質問はありませんか?』
間を繋ぐための発言としては、あまりにもありきたりな手段。
だが、今のガランにとっては願ってもいない言葉だった。
聞きたいことなど、指折り数えていれば年が明けてしまう。
「悪ふざけした質問の方がいいかい?」
『…真面目なものでお願いします』
「そうか。じゃあ…」
ニヤついて頬を掻いていたガランは、下を向くと。
人が変わったかのように、艦隊長としての表情を取り戻した。
「『光速を超えた移動方法』について、教えてほしい。」
『やはり、といった具合ですね。』
「想定済みかい?いや、確かに軍部の人間として技術面についての疑問は絶えないのだよ。」
物質は、光速を超えた速度で移動することはできない。
それは地球人にとって古くからの常識であり、事実であるはずであった。
しかし、そこに現れたアテナの船。
あの船は地球人の常識と光速の壁を、いとも簡単に破壊していった。
それには何らかの特殊な技術が備わっていると考えた方が自然であろう。
ケネスとの首脳会談時に、アテナが所属する文明は銀河系全土にわたって反映していることが判明。
直径10万光年の銀河系を股に掛けて文明を維持することができるのは、その技術の恩恵もあってのことではないのだろうか。
『特に難しい事をしているわけではないのですよ。』
「そうなのか?我々には到底達せない領域だ。」
マレニアは机の上にホログラムを表示する。
そこには小さな宇宙船の模型と、数直線のようなものが出現した。
『厳密には、私たちは超スピードで移動しているわけではありません。』
「では、どうやって?」
『空間を、ショートカットするのです。』
数直線の一部が切り取られ、模型の宇宙船は端から端へとジャンプした。
『ガラン殿は、『ワームホール』という文言を聞いたことはないでしょうか。』




