精神世界
『また、いらっしゃったのですね?』
「キミこそ、いつでもここに居るのか?」
居ることを期待していたが、まさか本当に居るとは…といった具合。
ガランの目線の先には、一対の席。
相も変わらずカフェのテラス席のような風貌である。
『折角ですし、お掛けになっては?』
「あ、ああ。」
マレニアは特にティーカップなども持っている様子はなく、机の上で手を組んでただ景色を見つめていた。
仮面越しの景色は、何色に見えているのだろうか。
「…今日は随分機嫌が良さそうじゃないか?」
『そうですか?』
ガランはマレニアの対面に座ると、半分しか見えない彼女の表情を眺める。
『気持ちは、楽になったかもしれませんね。』
「なぜだ?」
その表情は、確かに柔らかかった。
マレニアは視線を周囲からガランの方へと移動させる。
『少なくとも、貴方が私に二度と会いたくないわけではない事が分かりましたので。』
「…間違ってはいないな。」
少なからず、また会話する機会を欲していた。
それは間違いない。
「ここは、いい所だ。」
『そう言っていただけて嬉しいです。ここが私の、心の拠り所なのです。』
辺りには穏やかな風が吹いている。
…そうだ。
「これは惑星アテナの地表…の景色で合っているか?」
『はい。その通りでございます。』
今なら、情報を引き出せるかもしれない。
…と、いうのは大義名分で。
ガランは純粋な疑問をマレニアにぶつけようとしている。
「キミたちはなぜ、居住区を地下にとっているんだ?」
『深いワケはありませんよ。私たちの思想として、『地上は自然の世界』『地下は文明の世界』というものがあったのです。昔話ですがね。』
要は、会話を楽しんでいるのだ。
「不便なことをするな、キミたちは」
『慣れればそうでもありませんよ。』
ガランの心の内にあった深い闇が、徐々に明度を上げていく。
『ですが、やはり陽の光を浴びるのはよい事です。だから私は、こうして精神世界で太陽を見るのですよ。』
しかしその太陽も、偽物…偽りのモノである。
アテナで暮らしている限り、本物の太陽を拝むことはない。
5000年の間、アテナの人々はそういった環境で子を産み、死んでいった。
「その仮面はサングラスの機能も付いているのか?」
『あら、付けたら良かったですかね?フフフ』
ガランはこの日、マレニアに対して初めてジョークを飛ばした。
『では、そろそろ戻らせていただきます。』
「ああ。私はもう少し日向ぼっこしていくよ。」
マレニアは自身の端末を立ち上げ、EXITの文字をタップする。
青々とした草原は、一瞬のうちに消え去っていった。
仮面越しの視界に映るのは、見慣れた自室。
見慣れた、無機質な、何の変哲もない自室だ。
精神世界のものとは違う、お洒落でも何でもないゴテゴテとした椅子に座る。
背もたれにもたれかかるようなことはしない。
背筋をピンとのばし、目線も真っすぐ前を見ている。
休まる気がしない。
あっちに入りびたりたくなるのは、アテナの首長として育てられてきた弊害かもしれない。
ため息を短くつく。
すると、そのタイミングを見計らったかのようにドアが三回ノックされた。
『入ってください。』
ガチャリと扉が開く。
そこにいたのは、無表情ながら生気を感じる顔をしたヴァレルだった。
『マレニア様、ご報告がございます。』
嫌な予感がした。
また、多くの血が流れる予感が。
『第三惑星、『地球』への攻撃作戦が完成しました。』
やはりか、といった胸中。
『それはいつですか?』
『二週間後にございます。それまでに艦隊の整備を行いますゆえ…もちろん、マレニア様にも『The Athena』にご搭乗、参戦していただきます。』
握られた掌が、湿っていくのを感じた。
敵本土での決戦が、近いのだ。
『マレニア様のご搭乗は、全軍の士気に関わります。決して、体調など崩されないように調整をお願いいたします。』
それだけ言い残し、ヴァレルは部屋を去る。
扉が閉まる直前、彼の口が小さく動いたのが見えた。
しかし、それが何を意味する動きだったのかは分からなかった。
『もうすぐだ。もうすぐ、あの日の行動が意味を成す。』




