『何か』
「急速旋回、反物質ブースター起動用意!」
全艦が、来た道を戻るように太陽の方を向いていく。
たった一艦の船を前に、地球連合の第一主力艦隊が逃亡を図ろうとしているのだ。
『反物質ブースター、起動完了しました!!!』
光速移動のための準備が終わった。
「目標地点を地球に変更。全艦、速力最大!」
エッジワース・カイパーベルトには幾本かの光の筋が刻まれ、後にはデブリほどの小さな小惑星群が残るのみであった。
1月14日、23時56分。
第一主力艦隊、地球着。
陽が落ちた港は、今まで居た宇宙となんの遜色もないほど暗かった。
旧アメリカ合衆国、ニューヨーク。
ガランは各艦長に、乗組員の安全確認を指示。
自身は今回の事案を、父・ケネスに報告するべく移動する。
急を要する事態である。
ガランは耳に付けた端末に二回ポンポンと触れ、起動する。
彼の網膜には、青白いホログラムの画面が映る。
昨今では各器官にコンピュータを埋め込み、それらを小型の端末とリンクさせることが主流となっている。
エアタップでケネスとのメッセージ画面を開き、通話を試みる。
『ツー、ツー…』
どうやらケネスは寝ているようで、繋がるまでに少々時間がかかった。
5コールほどしたのち、ガランの耳にはくぐもった声が聞こえてくる。
『おぉ…ガランか。任務ご苦労様、無事で何よりだ』
本当に寝起きであろうそのガサガサした声は、ガランに少しばかりの安心感を覚えさせた。
『今から帰るのか?まだ仕事が残ってるなら無理せず頑張るといい。お前は昔から生真面目な子だったからな。根詰めすぎないように。』
「父さん…いえ、ケネス総裁。実はその任務で問題が発生しまして…」
1月15日、地球連合議会本部。
『未承認の超高性能艦…ですか。』
『ガラン・グアナフォージャー艦隊長の証言によると、1.4天文単位の距離を一瞬にして移動したとのこと。』
『レーダーの故障では?』
『出発時、帰還時共に異常はなかったとのことです』
議員たちの声が口々に飛んでいる。
「思ったよりも大事になってしまいましたけど…」
「私語は慎め、タイラー。我々二人は状況説明のためだけにここにいる。」
その末席に、現場にいた責任者であるガランとタイラーの姿もある。
『ガラン艦隊長、状況の詳細をお聞かせ願えますか。』
その声にガランは立ち上がり、マイクを握る。
『私が確認した当時、アンノウンは1.6天文単位先に居ました。そこで交信を試みましたが返答は無く…そこからはご存知の通り、アンノウンは距離を一瞬にして詰めてきました。』
恐ろしい経験だった。
今思い出しても冷や汗が吹き出てくる。
『その場での戦闘などは発生していないのですか?』
『戦闘状態に発展しかけたことは事実です。タイラー副艦隊長からの助言があり、全艦隊員に戦闘準備を命じました。直後にアンノウンから攻撃準備と思われる高エネルギー反応があったため、彼の慧眼に感謝をするばかりです』
その隣、タイラーは満更でもないような表情でガランを見上げていた。
『軍の人間としての意見をお伺いしたいのですが、ずばり今回のアンノウンに心当たりはありますか?』
『現状では何とも言えません。我々は軍事技術の最前線に居ると自負しておりますが、超光速での移動技術などは開発しようとも思ったことはありません』
だが、本当に何も心当たりがないと言えば噓になる。
一番考えたくない事ではあるのだが。
『アンノウンと遭遇した周辺の領域に、大きな時空のゆがみ…重力の存在がないか調査をお願いしたいのです。』
場がどよめく。
『それは…太陽系の外縁領域に新惑星が存在する可能性がある…ということですか?』
『可能性は0ではありません。惑星が存在し、そこを根城にしている知的生命体がいるとしたら、今回の件もあり得ます。』
21世紀から、太陽系外縁ではそこに『何か』の重力が作用している痕跡がしばしば目撃されてきた。
人はこれをプラネット・ナイン仮説と呼ぶ。
長年の間仮説の域を出なかったが、事態はこの一連の動乱で次第に動き始めることになる。
【交信記録・26770114】
第一艦隊01 17:10『こちらは、地球連合宇宙軍です』
第一艦隊01 17:10『貴艦の識別コードをお教えください』
UNKNOWN 17:23『ー ・・・・ ・ ・ー ー ・・・・ ・ ー・ ・ー』
【THE ATHENA】